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私達は夏と冬、どちらが好きかといえば冬のほうが好きだった。


夏は暑い。

雨もたくさん降る。

太陽はすべてを照らすし。

その光は生きている者たちに元気を与える。


あぁ、どれもが、私達を・・・苦しめる。


暑さは回避できない。

私は耐えることしかできない。


雨は流してくれない。

彼の心の闇は張り付いたまま消えてくれない。


太陽は照らすだけ。

私達に今日があると絶望させてくれる。


光は私達を苦しめる。

私達は静かに暮らしたいだけなんだ。

ただ・・・手をつないでゆっくりと眠りたいだけなんだ。


なのに夏はそれを許さない。

冬の今のように、二人でいさせてはくれない。


だから私達は・・・夏が嫌いです。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「・・・ごめんなさい。」


俺はリビングを覗いてそう呟いた。

握りこぶしを作って、そう呟いた。


理由は単純。


俺は今から実の親、母親を殴るからだ。


これにだって理由はある。

俺の家族の・・・愛のなさに嫌気がさした。

その上、それを普通だと判断する両親が頭にきたからだ。


俺の家族は狂っている。

能力の優劣を基準に愛を作っているのだ。


故に現在、不出来と評価された弟の地位はここにはない。

家族としての立ち位置は存在しない。

だからなのか、昨日・・・弟は失踪した





弟は優秀で、優しいやつだった。

はじめは全員を愛し、誰からも愛され、差別なんてせず、俺の知る中で一番強い人間だった。


だけどそれは俺の嫉妬を引き金に、全て真逆になった。


家は実力主義。

結果を出せないものは蔑まれ、無碍にされ、いないものとして扱われる。

そのために優秀な弟は家族で一番の有力者となり、俺が一番力の下な奴隷とされた。

そんな中、俺は弟に劣等感を感じてしまう。

弟は俺を兄として慕ってくれていたのに、俺は弟を目の敵にしてしまったのだ。


俺は人を蹴落とすことに関しては、誰よりも秀でていたらしい。

弟を罠に嵌め、弟の大切なものを壊し、プライドを粉々にして、踏みつけ、蹴落とし、叩き潰して・・・俺は弟を社会的に殺した。


それから弟の目は変わった。

全てに敵意を持った。

全てを愛さず、嫌い、無意味と蔑んだ。

天才と言われた頭脳は、その本領を発揮することを止め、優しい性格は第一に己の身を守るようになった。


勿論、家では立ち位置が逆になり、弟への優遇は最低となる。

飯は与えられれば良くて、親からの罵倒は聞かないほうが珍しいことになってしまった。


俺は心から歓喜した。

俺が耐えれなかったことを、優秀と謳われた弟が喰らっている。

弟がしなかった最低な行為を、仕返し、いや、八つ当たりとして与えている。

それが最高に、最悪に俺のストレスを解消してくれた。


弟の落ちていく様子をみて笑った。

多分、一番気持ちが良かったのだろう。

醜く、最低に、屑のように笑えていた。



でもそんな気持ちはすぐに俺自身の心を傷つけることとなる。



ある日の夕食。

弟は与えられず、何時もどおり外に出た。

俺はどんな貧相な飯を食っているんだと後をついていくと・・・再度弟は優秀だと認識させられた。


弟は貧相な飯を食っていなかった。

海へといき、海岸から小さな体で大きな魚を楽々と釣り、手持ちのサバイバルナイフで料理していた。

洞穴で火をおこし、そこに隠していた鍋で取ってきた山菜を揚げ、塩を振り食べていた。


痩せ細った猫にも魚の余りをあげ、彼は一つの命を救っていた。


俺は理解した。

こいつはどれだけ苦しめようと一人で生きていける。

愛されなくても、信じられなくても、ちゃんと生きていける強さを持っている。


そう嫌にも理解させられ、人を蹴落とすことでしか生きていけない自分に絶望した。

今までのしてきたことを思い出し、罪悪感で胸が締め付けられた。

逃げることすらもできない自分の弱さにプライドは粉々になる。

仲間という、同じクズの中にいなければ落ち着かない愚かさに成長していないと苦しくなった。



結局俺は何一つ、力を手に入れてなんていなかった。


ごめんなさいと心が何度も謝罪した。


謝ったところで許されないだろう。

俺がしてきたことは許されちゃならないことなのだから。


自分の犯してきた罪の重さを自覚する。


それができるだけで、自分のいる世界が変わった。


今まで素晴らしかったものが、全部醜くなる。

見るに耐えないものだっとのだと分かってくる。

吐き気がする。俺はそんな中にいた。

憧れを、自分を愛してくれた者を、その優しさに漬け込んで、蹴落としすほど醜くなっていた


家族も同様だ。

この家庭は狂っているんだって、遅くも理解した。

締め付けられる胸は枯れない涙を流す。


溜め込んでいたものを吐き出すかのように、心が溢れ出てしまう。


ベットを涙で濡らす中、俺はまた新たな闇に囚われた。


罪悪感が俺の体を貫くたびに・・・自分から未来を閉ざしていった。


そんな俺は、見ていた光を、目指していた先を、憧れた高みを・・・これは罰なのだろう。







この日、見失った。






俺は足を前に出し、キーボードを打つ母親のもとへと向かった。

母親は俺を見ても何も話さず仕事に戻る。

俺は負けてはならないと口を開く。


「愁が・・・弟が帰ってきていません。」


母親は一瞬キーボードを打つ手を止めた。

俺の顔を見て・・・口を開いた。


「だから何?」


すぐ仕事に戻る。

ほら見ろ、これが俺の親だ。

この血が俺の中にも流れてる。

吐き気がする。この血のせいで愛してくれたものを傷つけた。

この血のせいで俺はクズになった。


この血のせいで、今すぐにでも死にたくなる


でも死ねない。

俺に死ぬ勇気なんてないから。

死ねば償いができないから。


俺は言わなければいけない。

弟を助けるために、弟を救うために。


「あんたの息子じゃないのかよ。」


自然と言葉は出た。

俺が言えた義理ではないだろう。

けど言わなければならない。

言うことしか俺にはできない。


俺の言葉を無視して仕事を続ける母親を睨む。


「あんたが腹を痛めて生んだ子供じゃないのかよっ!」


母親は面倒くさそうにため息をついた。

そして次発せられるであろう言葉は俺たち子供を苦しめることとなった。






「望んで生んだんじゃない子供を愛せるとでも思ってんの?」







俺は怖くなった。

見捨てられる。

言葉を続ければ俺は捨てられる。


偽りでも愛を向けられることはなくなる。


いや、今更、俺に対する愛なんて気にしてなんていなかっただろう。

この小さな体で孤独でも生きていけるようになるまでの保証。

ただ、それだけの為に俺の足が無意識に後ろに行こうとした。


その時、過去の思い出が蘇る。


走る俺の後ろを、必死に全力で小さい体を動かし追ってくる弟を思い出した。


そうだ、あの時、弟は石につまずいて転んだんだっけ・・・?


涙流しながら俺に言ってたっけな・・・。


『お兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!』


あいつは痛みに泣いたんじゃない。俺が隣にいないことに泣いていた。

立ち上がれないのだろう。足から血が出ているから。

走れないのだろう、もう体力なんて残っていないから。

まだ彼は生まれて間もない子供なのだから。


『お兄ちゃんっ!』


そんな無力だった弟は・・・


『・・・・・助けてっ!!』


そう叫んでいた。


その記憶を思い出すと同時に、湧き上がるような怒りを覚える。


(そうだ、あいつだって一人だった。

それを自分の力で、一人で大丈夫なように己の寂しさを努力で埋めたんだ。)


この時だけ「俺では無理だ、ごめん」と罪悪感を感じるなんておこがましいにもほどがある。


(愁は苦しんでまで自分の安心を手に入れた。

辛かったはずなのに頑張って、自分の全力を賭してその手に掴んだ。

しかもあいつはそれを俺たちに平等に与えてくれたのにも関わらず、涙を流させたのは俺達だ。

家族が見捨て、俺が見放した、そのせいだ。)


いくら自分の身が大事だろうと、償わない訳なんて存在しなかった。

左手で女の胸ぐらを掴む。


「ごめんなさい。」


愁へ謝罪した。

俺がしていいことじゃないことを俺はする。

愁がしたいことを俺が今からする。

勝手だろうけど、ごめん。俺はもう止まらない。


右手の拳で女の顔面を殴る。

女は椅子を倒し、地面へと倒れた。


「ふざけるなっ!

望んで生んだんじゃない?だったら生むなよっ!

無責任に俺たちを育てるなよっ!

孤児院にでも預ければよかっただろう!

それに・・・それにな・・・!

お前たちが愛さなくても・・・俺達はあんたらを愛してたっ!

あんた等が大好きだったっ!

この気持ちを・・・なんでこんなにも容易く踏みにじれるんだっ!」


馬乗りになる。

これは俺の叫びだ。

弟のではない。

けど言わずにはいられなかった。


こいつさえまともだったら違ったかもしれないのだから。

こいつさえ愛さてさえくれれば、まともな兄貴で入れたのかもしれないのだから。


叫べば叫ぶほど気持ちは止まらない。

目的がいつの間にかすり替わってしまっている。


ごめんな。


お前を救いたいのに、結局俺自身しか救ってない。


「あんたの手のひらは温かった!安心した!落ち着いた!

でももうあんたの手は怖いっ!

不気味で、痛くて、辛くて、苦しいだけだっ!」


今度は左の拳で殴る。

もう暴力は今日で卒業する。

もう誰もこの手では傷つけない。

この手は守るために使う。


だから今だけは・・・許してください。


母親は俺を押し飛ばす。


「何くだらないこと言ってんのよ!

私を愛してた?知らないわよ・・・あんたたちの我儘を私に押し付けないでっ!」


俺を踏む。何度も何度も踏みつける。

痛い。とても痛い。けど愁の痛みはこんなものじゃないはずだっ!


「押し付けてるのはあんただろっ!

じゃあなんで産んだっ!何故痛みを味わいながら俺たちを生んだっ!

腹を痛めて、先の未来の不安に耐えて・・・俺達を・・・俺を・・・!」


向かってくる足を掴み、引っ張る。

母親が体制を崩したと同時に飛びつく。


「俺だけならまだ気の迷いで済むさっ!俺だけならまだいいさっ!

けどな・・・愁は二度目だろ・・・。

勘違いじゃないはずだ。

間違いなくお腹痛めて産んだんだから・・・愛していたのは・・・本当だったんだろう?」


涙は流れてるのかはわからない。

けど仰向けになる母親はもう抵抗しなくなった。

俺の顔を見て、驚いた顔をして動かなくなった。

母の頬に涙の雫が落ちる。


「あいつは愛してた。俺たちを信じてくれていた・・・。

助けも呼ばず、叫びもせず、ただ待ってくれていたっ!

なのに・・・俺たちの身勝手が・・・あいつを散々傷つけた!」


本当、俺は何様なのだろう。

俺が傷つけたというのにこんなえらく説教できるものか。

この涙さえ、弟に失礼に値する。

でもあいつを救うためには必要なこと。


「泣いていた。俺のせいで!あんたのせいでっ!

たくさん泣いて・・・もう、あいつは・・・泣かなくなった・・・っ!」


生かすことが償いか。

助けることが償いか。

俺には分からない。

だってこの失踪も、あいつ自身が起こしたものかもしれないのだから。


だが俺は償いと思うことをする事しかできない。


母の胸ぐらを両手でつかみ引き寄せる。


「俺はアイツを救いたい!

今後の俺の自由はあんたに与えてやるっ!

好きにすればいいっ!

だから・・・だから・・・!






・・・アイツを探してくれ。」


そう、泣きながら自分にできることをした。

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