一日の終了
「雲りじゃなかったらここの景色は綺麗に見えたかな?」
茜と俺は水田が隣接している道を歩く。
畑にはおじいちゃんやお婆ちゃんが仕事をしていてこちらには気づいてない。
茜は太陽の光が雲によって遮られていることに不満を持っているらしい。
「ねぇ、前から思ってたけどなんでそんなに景色が好きなの?」
前からの疑問を茜にぶつけてみる。
俺と茜は二人にいる時、散歩をするのが習慣だった。
山に登ったりも海に行ったりもした。
同じ場所でも茜は生き生きとした目をする。
俺はそれが不思議でならない。
俺にとっては視界に映るものなんて全て嫌なものでしかないのだから。
「綺麗じゃない?こんな・・・こんな世界の中にあるんだよ?
・・・君と同じなんだよ。」
茜は先にいる俺のとこまで、トコトコと近づき俺の顔を手で挟む。
「暗闇の中で・・・たった一人、光を失わず、自分を持ち続ける君と・・・同じなんだよ。
何よりも綺麗で、一緒にいると暖かくて、私を満たしてくれる・・・。
だから私は好き。
君も・・・全ての景色も・・・。」
茜はいつもこうだった。
他人の前ではいつも仮面のような笑顔で、お手本のような笑顔で、接し続けた。
けど俺の前では、こんな顔を赤くして、子供のように純粋で、俺に彼女の本当の笑顔を向けてくれる。
初めは何だこいつと思った。
こいつも周りと同じだと思った。
けど今なら違う。
こんな笑顔を持っているのなら・・・
茜なら縋られてもいい。
依存してくれていい。
甘えてれてもいい。
頼り続けてくれていい。
茜なら・・・許せるし・・・俺もそれを望んでる。
俺は茜の手を取る。
そして先に進む為に歩みだす。
茜は無言の俺の顔を見る。
そして行った。
「ふふふっ、そんな顔してくれるだけで十分かな。」
顔は湯あたりしそうなほど熱くなっていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
3時間ずっと歩き続けている。
途中でジュースを買ったりコンビニで買ったおにぎりを食べたり休憩はいくつか挟んだりした。
まだたったの数時間。
ただいつもとは違う行動をしているその数時間。
今までで一番充実していたと自覚したのは解放された気分に気づいたときだった。
たまに茜の髪型を変えたり、他愛もない会話をする。
それこそ、縛られ続けてきた俺達には二人のとき以外できないことだった。
これができる時点で・・・解放されたことの証明になるだろう。
・・・しかし普通のことだ。
俺たちがやってるのは普通のことなんだ。
会話なんて誰もがすること。女子が髪型を変えるなんてよくあること。
そんな普通の事に俺たちはとてつもなく喜んでいる。
普通に考えれば異常なことだった。
けどそれを理解しても別に何も思わない。
茜は幸せになってくれている、それだけで十分だった。
それだけで俺としても嬉しい。それで満足できる。
けどそれでいいのか・・・俺の疑問は募るばかりだった。
ーーーーーーーーーーーー
夕日が俺たちを照らす中、俺達は山の入り口へと行き着いた。
俺は茜に言う。
「・・・山に入るのは明日にしよう。
明日歩けるのなら2つ目の山までは行けるだろうから。」
「?今日は登らないの?」
「・・・山は僕たちでは危険すぎるよ。
感染症起こして苦しむこともあるし俺の熊や猪にあって骨をおられることだってある。」
「私死のうとしてるんだよ?」
「死ぬことと苦しむことは違うよ。
俺は最後の一秒まで君と楽しく行きたい。
そこに苦しみだけがあるなら俺は行かせない。」
となれば山で泊まるのはなし。
だなら寝床を確保するのが課題だが・・・これは簡単か。
確かここの近くに公園がある。
筒状の遊具があったから夜に行けば警察に見つかることも雨に濡れることも、虫除けをすれば危険に合うこともないだろう。
でもまだ身を潜めるまでには時間はある。
「・・・スーパーにでも行こうか。」
俺達はスーパーの中に入る。
中は暖房が聞いているのか暖かい。
耳の冷たい時に来る痛みが和らいだ。
「・・・なにか食べたいのある?」
俺は財布を取り出す。
茜は遠慮しているのか首を振った。
「・・・流石に・・・」
そこからの言葉は出ない。
でも言いたいことはわかる。
ここで俺に甘えてしまえば、茜は堕落してしまうと思っているのだろう。
だが俺は、茜は自暴自棄にならない強い人間だから大丈夫だと思っている。
今だってちゃんと明確な意思を持って行動出来てるんだ。
それにこの後はどうせ死ぬ。
俺は最後ぐらい甘えてもらいたい。
「死ぬんだろ?・・・ならいいじゃん。」
俺は本心を言った。
その本心に茜は・・・
「手羽先唐揚げ!甘辛鶏皮!軟骨唐揚げ!」
むふーっ!と息遣いを荒くして、赤く頬を染め、楽しそうに言った。
久しぶりの茜の我儘に聞いて俺は笑顔になる。
「オッケー!・・・って味、しつこくない?」
その後、暗くなって真っ黒な公園の中で懐中電灯をつけて買ってきたものを食べる。
「辛っ!美味っ!」
「・・・米ほしい。」
やはり米という穀物は偉大ということを再認識したのと・・・
「手羽先美味〜いっ!!
軟骨のコリコリ感っ!
最高じゃないすかっ!」
茜はご飯に関すると凄いテンションになる事が分かった。
こう言う高いテンションのいつもとギャップがあり、面白く可愛らしい今の彼女が茜の素だ。
お互い静かに笑いながらご飯を食べる。
そのご飯の時間、俺は心がキュと締め付けられるような感覚に陥った。
理由は単純で、茜は俺と笑い合いながらご飯を食べていると涙をぽつりぽつりと流したのだ。
茜にとってこんな楽しい食事が久しぶりすぎるのだろう。
望んでいたものが死ぬ直前にしか手に入れられたのだから。
・・・泣いても仕方がない。
俺は抱きしめたくなる衝動を我慢して、笑みを絶やさず茜と笑いあった。
口に感じる唐辛子の痛さは、いつもより長く続いたのは気のせいだろう、気のせいであってほしかった。
食事終わり、俺は言う。
「体、洗う?」
別にやましい事はない。
ただ茜は女の子。
ベタベタする感触は嫌いだろうと、言ってみただけだ。
「洗えるの?」
「水に濡れたタオルで拭くだけになるけど・・・少しはスッキリすると思うよ。」
俺はバックからタオルを二枚取り出す。
そしてペットボトルの中にある真水をタオルにかけて絞る。
カイロの近くにおいておいたから温い。
今ならちょうどいいだろう。
「なら洗う。」
茜は俺からタオルを貰い、服を脱ぎ始める。
俺が目の前にいるにも関わらず・・・。
懐中電灯の光が茜を照らすから、肌が見えた。
いつもなら恥ずかしくなっていただろう。
羞恥心のお陰で見れなくなるだろう。
けど、そんな煩悩は茜の体を見て、生まれるのではなく消え去った。
青白くなった痣、赤黒くなっている火傷、他にもいろいろ目を瞑りたくなるほどの傷がある。
あぁ、俺は無力なんだ。
俺は茜の傷を見る度にそう思う。
結局俺は茜を救えなかった。
地獄から連れ出せてやれなかった。
同じ地獄の中で、隣にいてやることしか出来なかった。
俺は茜の手に持つタオルを無理やり奪い取る。
せめてもの償いだ、奉仕として痛くないようにタオルで体を拭いてあげた。
こんなことが自分の精一杯である事に悔しさしかないけれど、してやれずにはいられなかった。
茜は俺を見て何も言わず、体を預けてくれる。
ごめんね。と謝りたい。
俺が強ければ、今頃暖かいベットに寝かせてあげれてたはずだ。
ご飯も腹一杯食わせてやれたはずだ。
溜め込んでいた分の涙を吐かせてやれたはずなんだ。
謝りたい・・・でも謝れるわけがない。
謝罪なんてしたら茜の人生が、茜自身が、不幸だとなってしまう。
そんなのは認めない。
それを真実になんてさせない。
だから俺は無言で茜の体を拭いてやる。
「髪は・・・水使おうか。」
茜に服を着てもらい、外のベンチへと座らせる。
そして、乱雑に切られ整えられていない肩までの長さを持つ髪に水をかける。
「・・・。」
真冬なのに茜は冷たいの一言も発さない。
俺はそれがなぜかを知っている。
茜が冷水で体を洗うなど普通のことだからだ。
誰もが言う不満を言わない・・・慣れすぎていて言うことすら思いつかない茜を見て・・・また心が締め付けられた。
苦しくなる心を抑えつけながら水で髪を洗い、タオルで髪を拭く。
「・・・終わったよ。
はい、カイロとホットレモン。」
「・・・今度は私が拭いてあげよっか?」
「お主は俺を辱めて楽しいのでござるか?」
「うんっ!」
「すっごい笑顔で言うよねっ!」
結局茜は俺の体を拭いた。
下半身は流石に死守したが上半身は茜に全てを見られた。
その上いろいろいじられたのは言うまでもない。
誰もいない音も光もない夜、遊具の中で俺達は腰を下ろし、二人で毛布を被った。
流石にコートを着ているとはいえ、今は冬の夜だ。
少し寒い。でも耐えられないほどではない。
俺はなんとか寝ようとしていると・・・
「にひひっ・・・初めてだね、一緒に寝るの。」
茜が真っ黒な世界の中、俺を包み込むように抱きついてきた。
くらいからよく見えないが、多分茜の顔は少し赤くなっていることだろう。
「・・・寝よう、明日の朝は早いよ。」
「照れてるなぁ〜、可愛いねぇ〜。」
茜はもっとぎゅっと抱きついてくる。
俺は抵抗しない。
だってどこにいるよりも茜の胸の中が居心地がいいのだから。
俺は茜の腰に手を回した。
俺達は静かに眠りにつこうとする。
瞼が丁度重くなって来た頃、茜は言った。
「・・・・ずっとこうだったら良かったのに。」
俺に聞こえるか聞こえないかの声量。
寝る前の独り言で、俺に言った訳ではないのだろう。
けど眠くて意識のはっきりしない俺は自分に言ったのだと思い、返してしまった。
「過去が・・・あるから・・・今が・・・ある。」
俺は抱きしめる力を強くした。
「・・・これから・・・いつまでも・・・こうしていよう。」
俺はたった数時間の眠りについた。
「やっぱり・・・ずるいなぁ〜。」