愁は覚悟を決める
俺は誰からも天才と言われた。
万能だと何度も言われた。
書道もサッカーも野球もテニスもバトミントンも体操も剣道も柔道も・・・勿論勉強だって何一つ出来ないことは俺にはなかった。
そんな俺だ。
人間の見にくい部分、美しい部分、世界的に平均に知られていること、知られてない事、全て見た。
そのおかげでこの世の人間は俺と同じやつもいれば、俺とは違って馬鹿も多くいると若くして俺は理解した。
馬鹿は愚かだ。嫉妬することしか脳がない。
考えようとする頭がない。
身近な奴で言えば兄だ。
兄は俺と比べられ、俺に嫉妬し俺に何度も暴力を振るい、悪い噂を外に流せるだけ流した。
俺からすれば兄なんて自分を磨き上げることを諦めた弱者のようにしか見えない。
俺にとっては面白くもない兄のことなんてどうでもよくなった。
しかしこの世はどうでもいいことこそ重要視しないといけないらしい。
同年代も、年上も、ましてや大人でさえ、俺に嫉妬する者全員がほぼ同じ事をし始めたのだ。
もうその行動など言わなくてもわかるだろう。
世界で誰もが知る・・・イジメだ。
しかしそれでも俺は皆から天才と言われる。
そんな俺にとって、イジメなんてもの別になんてことはない。
ただ俺が人間を嫌いになり、馬鹿共には制裁を下すだけのことだった。
それだけだから・・・何一つ問題は・・・ない・・・はずだった。
けど俺は気づく。
そう思う俺こそ、俺が嫌う馬鹿より愚かであるのだと。
俺は手っ取り早く、自分に害する者を片付けるべきだった。
俺は初めて・・・失敗した。
簡単な失敗だ。見返せば直せるほどかんたんな失敗だった。
なぜ天才の俺が失敗したのか。
それはごく単純で、馬鹿たちが敵である俺にあらゆる物事で偽の情報を押し付けたのだ。
俺は馬鹿共がそこまで頭を使うとは想像もしていなかったため、この時も無視を貫き通した。
油断・・・そのせいで俺は恥をかく。
認めてくれたものは俺の失敗に失望し、俺を見てはくれなくなった。
俺を信じてくれる存在は目の前で歩く少女以外いなくなったのだ。
俺は俺自身を攻めた。
持ち合わせてた自信なんて消え去るほどに自分を攻めた。
誰も信用ならないと分かっていたはずなのに、俺は油断してしまった。
散々思い知らされていたというのに、いらないプライドを保持するのを優先して人生が変わる瞬間を無駄にしてしまったんだ。
喪失感と怒りがそれを実感させたのだ。
それから俺は頭を使うのを極力避けた。
嫌なことを完璧に記憶する頭を働かせたくはなかった。
そのために音楽に固執し、音を遮断した。
見たくないものを見ないために寝るのを趣味にした。
そのおかげで俺は至って平和な人生になった。
でもやっぱり世界は俺を意地悪するのが好きならしい。
俺の全力を出させるように俺の大切なものを使ってこんな試練を与えてきやがった。
「・・・やっぱり俺も男なんだな。」
俺は目の前を歩く少女に聞こえないように呟く。
俺の心は与えられた試練に闘志を燃やしていた。
ここまで苔にされ続けたのだ。
・・・やってやる。
この世で俺を玩具とする神に言ってやる。
「・・・お前の思い通りになんてならない!」
俺は俺の持つ馬鹿で愚かで万能の頭を、誰よりも優れる脳みそを神に勝つまで回転させ続けるのを決意した。
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「茜。こっち。」
俺は茜の手を引き住宅街を通る。
しかし上を見れば監視カメラがあった。
曲がり角の影に身を潜める。
この街の大抵のカメラの位置は覚えられる限り覚えている。
「・・・こっちの道を通ろう。」
「うん。」
俺は、映らないために遠回りであっても別の道を行く。
これを何度も繰り返した。
一秒でも多く茜と一緒にいる為に、理不尽に・・・引き離されないために・・・。
「人・・・殆どいないね。」
飯屋の並ぶ街道の裏道を通っていると表街道を覗いた茜がポツリと呟いた。
表街道には車は行き交うものの歩く人の姿は映らない。
自転車すらない。
「あ、いた。あれはランニングしているのかな?」
一人のおじさんがスポーツ用のピチピチとした服で走っている。
「なんで走るのかな?こんなに寒いのに。」
「痩せたいとか、筋肉、体力をつけたいとか、暇だからとかじゃないの?
大抵はしょうもない理由さ。」
俺が茜のその問いに答え、歩みを止めないために強く手を引く。
「あぁ、もう少し見せてくれても・・・。」
「今、気にするのは俺達の事でしょ。
他のことなんて気にしないで。
俺だけを見てて。」
「・・・はいはい。」
茜は笑いながらついてくる。
言ってて恥ずかしいが本心だから仕方がない。
・・・。
「・・・コ、コンビニ寄ろうか。」
「そうだねぇ〜、ふふっ。」
茜は恥ずかしがる俺を見て笑う。
言わなければ良かった。
「取り敢えず食料買ってくるからここで待ってて。
茜は誰にも見られないように隠れてて。」
「わかった、待っとくね。」
茜は俺からトレンチコートとバックを受け取り、裏街道の定食屋の裏手に隠れた。
俺は走ってコンビニの所まで行く。
そして、中に入り飴や缶詰真空パックされたチキンと数本の水を買った。
・・・うぅ、普通に重い。
バックにはギリギリ入るけどこれは運ぶのが大変だ。
そんなことを思いながら茜のいるところに戻る。
茜はカイロで手を温めていた。
「おかえり。」
「・・・ただいま。」
俺達はうっすらと笑いながら言う。
やっぱり俺は茜とだと笑える。
人生を楽しく思える。
ついてきて・・・正解だった。
俺達は買ってきたものをバックに詰める。
そして再び歩き出す。
俺達は無言で歩き続ける。
なにも話す話題なんてない。
お互いに死のうとしているのだから語り合う未来もない。
こんな現状だから、もしかしたらと、幸せの生き方を、人生の過程を・・・話す気分になんてなれない。
沈黙が二人を包む。
けど・・・・・それでいい。
別に気まずいわけじゃない。
お互いを知っているから、沈黙が安全だと知っているから・・・これが俺達にとって、手を繋ぎ前に進み続けるこの今が・・・何よりも安全で、心より安心できた。
数キロ歩けばそこには山がある。
そこを登り超えて、ひと目見てわかる田舎道をまた数キロ歩き、また山を超え、街を歩き、最後の森を抜ければ目的地がある。
・・・俺の予想では一週間で俺達は捕まる。
この世の警察は馬鹿じゃない。
いくら監視カメラに映らなかろうと、感も思考能力も手数も警察が上。
いくら天才の俺が頭を使おうと逃げられないのなんて明白なんだ。
でも・・・勝つだけなら、目的を果たすだけなら一週間もあれば充分なんだ。
やりたいことも、茜の願い事も、全部が全部、一週間で事足りる。
彼女の為にやりきろう。
俺の為にやりきろう。
この世に神様がいるなら、そいつに一泡吹かせるためなんだ。
俺は最後の覚悟を固めるように茜の手を強く・・・強く・・・強く強く・・・握った。
彼女の手は・・・とても温かかった。
「・・・歩こうか・・・ゴールまで。」
俺の声は二人を固く繋ぎ止めるものとなった。