第三話
「嘘だ」
僕は口を開いた。
「美智雄さんが死んだなんて嘘だ。彼は僕を一番に愛していたはずだ」
途端にさまざまな記憶が頭を駆け巡る。君が好きだ、と言った唇。伏せられた睫毛。指はいつも芸術家のように白かった。「僕は君が好きだ、僕に似ているから」……「僕の趣味を知ったら君は軽蔑するだろうね。僕は自分を着飾るのがいちばん好きなんだ。よくよく女のように化粧をしては、夜の街に出かけているのだよ」……「僕は美智雄さんのことがいっとう好きですよ。そんなへんな遊びなんてやめてください」……「君にはわからないだろうね。この苦悩が。僕自身しか愛せないことが」……「誰に言われようとそれは変わらない」……「僕が好きなのは自分と――物言わぬ生首だけだ。そればっかりがいとおしい」……「この性癖は、僕自身でも不思議でならない」……「それでは、僕が生首になったらどうです」……「それはすばらしいだろうね」………………
――ジリジリジリ――何かが焼ける音。美智雄はふたりいるようだった。優しい兄のような美智雄と、悪魔の使いのような美智雄。特異な性癖と美しい容姿で何人もの男女を自殺にまで追い込んでいた美智雄。そして彼自身は、彼の倫理や道徳に反して、その死体を愛してしまっていた。これはいけないことだ、これはいけないことだ、これはいけないことだ……そう口にするほど、もう一人の彼が増長する。渇望する。
発端は僕が実際に自殺を図ったことだった。死ねなかったが――彼は僕を見て青ざめて、「君、二度とこんなことはしないでくれ」と言った。「僕は確かに、奇妙な性癖を持っているよ――けれど、僕はもう、人を殺したくはない。君なら、聡明な君なら、僕を甘やかさずにいてくれるだろう」「けれど、僕が死ななけりゃ、あなたは僕を愛さない」「まったくその通りだ――僕は、どうしたらいいんだろうね。ああ、どうしたらいいんだろうね」彼はしばらく僕の寝ていた病室をぐるぐるとせわしなく動き回って――そして決心したように動きを止めた。「僕なりに結論を出そう。君、つらいだろうが、僕の部屋に早朝来てくれ給え」
――ジリジリジリ――そして早朝、僕が目にしたものは例の美智雄の死体だ。『宮野君、驚いただろうが、どうか悲しまないでくれ。そう、僕は、僕自身の死体を一番に愛しているはずだ。僕が見られないことが残念でならないが、僕は満足そのものなのだ。唯一、きみがどうか健全な人生に戻れることを切望してならない』――ジリジリジリ――ジリジリジリ――
そうして僕は気を失って、目覚めたときにはすべてすべて忘れて、僕自身の妄想でもって美智雄の幽霊を作り出したのだ。美智雄が言う。
「君、連れて行ってほしいかい。僕のところに来るかい」
「いいや、行かないよ」
その瞬間、あんなにも纏わりついていたたくさんの美智雄は霧散して消えた。郵便受けに手紙が届くこともなくなった。僕は来春結婚式を挙げる。最近では、美智雄の存在そのものが、僕の妄想の産物ではないかと思えるのだ。




