第九話 夜戦
前回のあらすじ
落ち込むアメリーオを励ますジョセーフォ
そしておいしい食事と酒はすべてを忘れさせる
空には満天の星が広がり、夜の帳が山々を覆い隠していた。
笑い声の絶えなかった晩餐も終わりを迎えていた。林檎酒の酒樽も半分空いたところだ。
私とジョセーフォはテーブルの上を片付けて、デザートのクイックブレッドを並べて、茶を淹れ、今日の訓練の反省会を開いていた。
もっとも、反省が必要なのは私だけだったが。
「崖の上昇気流を使った急上昇は、高度が低いところでは有効な手段だが、大型翼竜が飛行するような高高度に到達するのは難しい。特に怪我が治ったばかりの飛竜とあれば、最高速度という点でも到達高度という点でもかなり不利だと思う」
「だけどジョセーフォ、飛竜だと大型翼竜を攻撃しようと思っても、普通に行ったらあの高度に届かないよ」
「それはそうなんだけれど、そこは風精の力を使うと多少はなんとかなるよ」
風精とは風の力を司る妖精だが、普通の人間には見えない。魔法的な力として認識されている。
「そうか、じゃあ気休めにしかならないけど、風精のお守りを装備してくかな」
「それがいいと思う。そうしないとせっかくの運動性能がもったいない。あと駐屯地に戻ったら、少し風の魔法を勉強したほうがいいな」
ジョセーフォの言うとおりだ。私は空中戦理論ばかり勉強していて魔法の方は怠っていた。火の魔法などの攻撃系の魔法は体質に合わないのか、なかなか習得できないのだけれど、風の魔法なら多少は筋があると言われていたから、戻ったらちゃんと勉強しよう。
「あと、モリーゴには早く咆哮を使えるようになってもらわないとな」
咆哮とは大量の魔力を風精などに乗せて吐き出す、威力の高い攻撃手段だ。咆哮は準備に時間がかかるうえ、周りの風精を集めてしまうので、気流が安定しなくなり、飛行性能が著しく低下する。さらに、飛行中に使用すると、反動と乱気流で姿勢を維持するのが著しく困難になるという欠点もある。
これは竜種しか習得できない攻撃方法なので、竜騎士とはいえ、言葉が通じないモリーゴに教えるのはなかなか難しい。でも、これが使えれば、長槍で攻撃するのとは桁違いのダメージを与えられる。
「うーん。それは時間がかかりそうだけど、やってみるよ」
「高高度を飛行する敵はゆっくりでもいいから、後ろからついて行ってチョコチョコとちょっかいを出しながら、相手が速度と高度を失うのを待つしかないよ」
「やっぱりそうかな」
やっぱりそうだ。ジョセーフォは私が短期決戦で片付けようとするのを、最初から見抜いていたんだ。悔しいけど負けは負けだ。明日の訓練に備えよう。
ジョセーフォはレオポルドの艦橋で寝るからと言って、上着を羽織ると洞窟の上に登っていった。
私も毛布を引っ張り出すと、すでに小さないびきを立てて寝ているモリーゴの腹を枕にして眠りにつくことにした。
虫の音すら聞こえない静かな夜だった。
むしろ静かすぎたのかもしれない。
耳が痛いほどの静寂の中で、二人と二匹の寝息だけが響いていた。
突如、ジョセーフォとレオポルドの叫び声がこだまする。
「アメリーオ!朱飛竜の大群だ!」
洞窟の入り口に捕まるレオポルドの艦橋からジョセーフォが叫ぶ。レオポルドは静かに滑空して飛び立って行った。
私は鎧の部品をかき集めると、モリーゴを叩き起こす。
「ドヲタ!ドナコデタ?!」
「朱飛竜の大群が来た!すぐに出るぞ!」
三分で鎧を着込んで、モリーゴに鞍を付け飛び乗る。
洞窟から全力で走って飛び出すと、真っ赤に焼けた夕日に照らされた入道雲のように、朱色の竜の群れが大きな塊となって飛んでいる。
「どうしよう……」
さすがに負けず嫌いのアメリーオも恐怖で震えた。
暗闇の中で目を凝らしてジョセーフォを探す。おそらく見つからないように静かに滑空して、森の間を飛びながら城から離れた西の山脈に向かうだろう。
「いた!あそこの川沿いを飛んでいる」
万一見つかった場合でも城に被害が及ばないようにしているのだ。そして山脈に沿って高度を上げて逃げ切るつもりだ。下手にレオポルドに近づいて注意を引いてはいけない。
「モリーゴ!奴らがレオポルドに気づかないように、こっちに引きつけよう!」
私はレオポルドと逆の方角に手綱を引いた。
「Leopoldoヱマジヅリネオ?ィャ、ォルカォデラナドリネオ……ヮオヂゾョ、ャヂヅャリョ!」
モリーゴは振り返って一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにニヤリと笑って大きく旋回したのち、朱飛竜の群れに向けてぐんぐんと高度を上げていく。
私は長槍の鞘を外して構えた。顔はこわばり、心臓はバクバクと音を立てている。歯が鳴らないようにギリギリと噛み締めている。
蒼い鱗のモリーゴは夜の暗がりによく溶け込むのだ。影も形も見えない暗闇から、突然私の長槍が朱飛竜の群れをかすめていくのだ。
雲がちぎれるように、朱飛竜の群れは散った。しかしそれもつかの間、再び大きな塊に集まる。
「モリーゴ!行け!スピードを落とすな!上昇と下降を繰り返すんだ!」
何十匹ともしれない朱飛竜の大群に、モリーゴと私は何度も何度も切り込む。
鋭い朱飛竜の足の爪が襲ってくるのを何度もかわし、離脱と突撃を繰り返す。
「徐々に東の山脈に誘導するぞ!」
モリーゴの息が切れてきている。私も長槍を振り回して朱飛竜の攻撃をかわすばかりで、なかなか傷を負わせることすら難しくなってきた。
それでも朱飛竜の数は二割ほど減り、朱飛竜の群れは国境の東の山脈にさしかかっていた。
この山を超えれば辺境領だ。辺境の民にかかれば朱飛竜の群れなど、まさに朝飯前だろう。あとは奴らに任せよう。
「もう一息だ、モリーゴ。あの山を超えるぞ!」
次の瞬間、朱飛竜の強烈な蹴りが私の背中を捉えていた。
「っ!ぐぁあっ!」
モリーゴもその衝撃でよろめきながらも、次の攻撃をかわしていく。しかし、その動きにいつものキレはなかった。
何度も何度も襲いかかる鋭い朱飛竜の足の爪が、モリーゴの翼を引き裂き、バリバリと音を立てて私の鎧を引きちぎっていく。
モリーゴはそれでも、山を越えようと力を振り絞って羽ばたき、高度を上げていく。
私は必死に鞍に捕まり、ただひたすらにモリーゴが攻撃を避けてくれるのにまかせていた。
びょうと朱飛竜の尻尾が空を切る音が聞こえ、強い衝撃が私を襲った。
その瞬間すべてが真っ白になった。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
今回もアメリーオ視点でしたので、今度ばかりはお休み。
・咆哮
『竜種が用いる攻撃方法の一つ。大量の魔力を風精などに乗せて吐き出す攻撃で、竜種が持つ最も威力の高い攻撃手段である。』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第一章 シールド・アンド・マジック 最終話 シールド・アンド・マジック の 用語解説より)
・朱飛竜(Cinabra-Viverno)
橙色の飛竜で、種類としては一般的なもの。身体はモリーゴと同じく小さなダンプカーほどの大きさで、強力な脚と鋭い爪がある。通常は単独で活動するおとなしい竜だが、稀に何十匹と群れると途端に凶暴化して、進路上にある街を破壊し尽くす事がある。原因は分かっていない。