第七話 仲間との空中戦
前回のあらすじ
名前、それは燃える生命。異世界でも一人ずつ一つ持つ大切なもの。
「俺」はモリーゴになった。
洞窟の入り口には例の巨大な竜がいる。身体は大きすぎて入れないので、首だけを突っ込んで洞窟の床に頭をおろしている。俺はそばに近づいて首を突き出して外を見ると、こいつは俺と違って翼の他に両手と両足がある。全身は鎖帷子で覆われ、両手両足で岩をしっかりと掴んで、さらに尻尾で身体を支えている。
「Ho, li estas Leopoldo. Bonvolu esti bela al li.」
思い出したかのように、ジョセーフォが親指で巨大な竜を指して言う。
「Ich bin Leopold der grosse geflugelte Drache.」
竜はこっちを向いて答える。こいつのことを紹介してくれたのか。『レオポルド』のところが同じに聞こえたから、多分それがこいつの名前なんだろう。
「モリーゴ……だ。よろしくな」
俺も日本語で答える。
「Morigo, schoen dich zu sehen.」
レオポルドも彼の言葉で答える。
「Nun, ni reiru al la laboro!」
ジョセーフォがレオポルドの背中の上にするりするりと登ると、アメリーオも後に続く。俺は流石に昇れない。
レオポルドの背中には木製の大きな箱が載っていて、更にその上には大砲が二門と備え付けのボウガンがいくつか、そして艦橋のような櫓が組まれている。
箱の手前側はフェリーのランプウェイのような扉で、ジョセーフォが上から紐で支えながらゆっくりと、手前に倒しながら開いている最中だ。
俺は首を伸ばして箱の中を覗くと、そこは荷室になっていて木箱が何個か見える。アメリーオが中に入って、木箱にロープを括り付けると、俺に向かって手招きする。
「Prenu cxi tiun sxnuron kaj tiri.」
ロープを指差すと引っ張る仕草をしてから、こちらに投げてよこす。これを引っ張れということだろう。ロープの端を口に咥えて引っ張ると、芋づる式に全部の木箱が手前に開いた扉の上に出てくる。
「Cxesu」
これは確か、止まれだ。そう思っていると、ジョセーフォは手早くロープを括り直した。
「Nun, alportu cxi tien.」
今度は上を指差し、洞窟の奥を指差す。持ち上げて向こうに持っていてくれということだろう。口に咥えて持ち上げると意外とずっしり重かった。この体でこの重さに感じるのだから、実際には百キロくらいはあるのかもしれない。そんなのを五、六個洞窟内に運び込むと、アメリーオが俺の背中に鞍を取り付けている。
レオポルドの方はジョセーフォが荷室の扉を閉めていた。何が始まるのだろう。
ぼう!と大きな音と共に風が洞窟内に吹き込んだ。レオポルドが岩を蹴って飛び去っていく。
「Hey, estas tempo por aera manovro trejnado!」
アメリーオが楽しそうに風防メガネをつけながら叫ぶ。遠く上空から雷のような音が響くと同時に、彼女は鞍に飛び乗り、ベルトを閉めながら俺の腹を蹴る。
「ほう、レオポルド相手に空中戦ってことか?面白そうだな」
「Iru!」「ガッテンだ!」
俺は助走をつけて洞窟から勢いよく飛び出す。びょうと夏の暑い空気が足元から拭き上げてくる。俺は一気に翼を広げ、上昇気流を掴むと、全力で羽ばたいて上空を目指す。
この体になったからか、俺は僅かな空気のゆらぎから風向きが読めるようになった。アメリーオの指示がなくても滝や崖、谷間に流れる風を読み、右に左に旋回しながら、どんどん速度と高度を上げていく。
遠くの山の上にレオポルドが旋回しているのを見つけた。かなり高いところを飛んでいる。流石に俺でもあそこまで昇ると息が切れて難儀しそうだ。
振り返るとアメリーオはオレンジ色のカバーのかかった長槍を構えている。
「Kapitano flugas tiom alte. Tie, Aero estas maldika. Vi devas profunde spiri cxi tie. Tiam, supreniru rapide!」
高いところで指をくるくる回し、自分と俺を指して低いところでまた指をくるくる回して、一気に上に向けるジェスチャーをしてみせた。
「連中が高いところにいるから、一旦息を整えてから一気に行こうってことだな。よしわかった!」
俺はスピードを保ちながら旋回して肺いっぱいに深呼吸していた。
空中戦の性能というのはエネルギー機動性理論という理論で解明されている。要は高度と速度と運動性能だ。
レオポルドは俺が追いつくのに難儀するほどの高高度をかなりのスピードで旋回し高度と速度を稼いでいる。俺が上手く崖の上昇気流を使って一気に高度を詰めても、流石に速度が一気に落ちる。だからタイミングが合わなければ、やつの目の前で静止した的になるようなもので、あっという間に蜂の巣にされてしまう。
俺は慎重にあいつの死角から一気に攻める事にして、見つからないように旋回しながらタイミングを伺っていた。アメリーオはしっかりと長槍を構えている。
頭上をレオポルドが飛び去って行くのを見計らって、一気に垂直に切り立った山の岩肌を上昇気流と共に駆け上る。やつの斜め下から一気に突っ込む。
百メートル、五十メートル、二十五メートル、十メートル……距離がどんどん縮まる。心臓がバクバクいっているのがわかる。限界が近い。あと少しだ。
レオポルドはその大きさから想像もつかないような速さで、ひらりとかわす。
「Hey, du hast mich fast erwischt, Junge!」
「Ankoraux ne!」
アメリーオが手綱を大きく引く。
「失速させてターンか!」
おれは翼を目一杯広げると、その場で小さく逆上がりの要領で宙返りをして一気に下を向く。
アメリーオが腹を蹴る。俺は力一杯羽ばたいて速度を上げて急降下する。レオポルドの首元をかすめるように突っ込む。
「Ho, mi sciis, ke vi faros tiun movon.」
艦橋で手綱を片手にジョセーフォがニヤリと笑って、力一杯トマトを投げつけて来たのが見えた。
首元に潰れたトマトのシミが広がるのを感じていた。更に背中に二つ。
「Ho!」
そして三つ目。鈍い音と共にアメリーオが唸る。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
今回ポイントとなる単語をおさらいしておきましょう。
Bonvolu=英語で言うところのPlease
laboro=作業する
Prenu=手に取る
sxnuron=ロープ
flugas=飛んでいる
alte=高い
maldika=薄い
sciis=知っていた
ちなみにレオポルドの喋っているのはドイツ語です。
・エネルギー機動性理論
戦闘機パイロットのジョン・ボイドと数学者トーマス・クリスティーが1960年代に提唱した戦闘機のエネルギー保存と機動性に関する理論。
位置エネルギーと運動エネルギーの変換はジェットコースターを想像すればわかりやすい。高いところから落下すればスピードは上がり、スピードがあれば一気に高いところに登れる。もちろん空気抵抗があればその分はロスする。
一方で質量のある物体は慣性の法則に従って直進しようとするため、進行方向を変えることでエネルギーを失う。スピードが出ていれば急に曲がれず、重いものほど向きが変えにくい。
つまり推力、空気抵抗、重量、速度の比率が航空機の運動性能を表すという考え方。
アメリーオが最初にモリーゴに高いところまで登らせて、急降下、旋回させる訓練を行ったのは、エネルギー機動性理論に基づく機体性能を知るためでもあったのです。
この点でいうと、推力重量比も空気抵抗の悪いレオポルトはかなり不利なので、先に出発して高度、つまり位置エネルギーを稼いでいたのです。