第四話 騎乗訓練
前回のあらすじ
美味い飯と安心して休める場所ってのは重要だ。
傷も癒えてきた俺は、初めて空を飛んだ。
その日の午後は彼女を背中に載せて飛ぶことになった。
彼女はいつもより重そうな革張りの鎧を着込んで、毛皮の帽子に風防メガネをしている。
俺の背中にはやや大きな乗馬の鞍みたいなのがくくりつけられた。背中というよりちょうど重心のある腰の上の辺りだ。乗馬の鞍と違うのは、槍を掛けておく場所が何箇所かあることくらいか。
角には革紐が結ばれ、鞍の前の突起に巻き付けてある。かなりゆるく繋いであるので、首は自由に動かせる。
腹ばいになると、彼女が鞍に上り、革紐であちこちを鎧にくくりつけている。しばらくすると両方のかかとで軽くトントンとお腹を蹴られた。
「Stras」
立てってことかな。俺は尻尾で支えながら立ち上がる。
角につけた片方ずつ紐を引っ張られた。髪の毛を軽く引っ張られたような感じだ。
「Dekstra... Maldekstra... 」
右、左ってことかな。引っ張られた方に首を振る。また両方のかかとで軽くお腹を蹴られた。
「Iru」
行けってことかな。ゆっくりと歩いて洞窟の入口まできた。角を両方同時に引っ張られた。
「Cxesu」
俺は翼を広げる。ワクワクしてきた。
「Iru!」
ふわりと宙に舞う。頭上の太陽が樹海にくっきりと俺の影を映す。翼に上昇気流を感じながらゆっくりと旋回する。風が気持ちい。
「イヤッッホォォォオオォオウ!最高だぜー!」
眼下の滝が芥子粒程になるくらい登ったら、お腹の少し後ろの方を蹴られた。
「Sube.」
もっと行けってことかな。でもさっきと蹴られた場所が違う。悩んでると、首をグイグイと押された。
「Deveno.」
下に行けってことか。俺は翼を広げたまま首を下げて下降し始めた。
「Bone!」
なんだか褒められている気がする。
徐々にスピードが上がる。風切り音が大きくなる。
角を引かれる。今度は上昇でいいんだよな。
首を上げ尻尾を下げてスピードを一気に高度に変えていく。
お腹の前の方を蹴られる。これは進めだ。俺は大きく羽ばたく。グイグイ加速しながら昇っていく。
「Bone farita!」
また下降する。今度は右旋回しながら下降。途中から左旋回しながら下降。そして樹海迫ってきたところで一気に切り返し。
今度は旋回しながら上昇だ。左右の力の加減を微妙に変えながら羽ばたく。意外と難しい。そしてまた下降。
今度はごく軽くツイツイと角を引かれる。
「Iru rekte!」
よくわからないので後ろを振り返ると、手のひらを地面と水平に前に出している。水平に進めってことか。
「Bone!」
下降したスピードを殺さずにまっすぐ進む。地面がすごいスピードで流れていく。そして上昇。
「Nun, mi ne diros kion fari. Flugi kiel vi sxatas. Sed ne mortigu min.」
今度は手綱にも鐙にも何も指示がない。どうしろって言うんだ。
「どうすればいいんだ?」
「Flugi kiel vi sxatas!」
やはり指示がない。俺はしばらく悩んだ。
「そうか、竜騎兵なんだから、空中で戦闘するわけだ。全部の動きを細かく指示しきれないから、自分で考えて動けってことだな?」
それなら、ちょっとびっくりさせてやろうかな。
俺はありとあらゆる曲芸飛行をやってみせることにした。錐揉み急降下からの急上昇、宙返りにバレルロール、テールスライドにストールターン。
ハートループにバーティカルエイトにナイフエッジ。無尾翼で翼の形状を変えられるから、実に色々な動きができる。
「言わなかったか?俺は航空ショーのカメラマンをやってたこともあるんだぜ!飛行機の動きなら知ってるぞ」
振り返ると彼女はまるで涼しい顔をしている。なんだ、俺の負けか。
「Hmm, Estis amuza.」
逆に言えば、これくらいの動きをしても、彼女を振り落としてしまう心配はないってことだ。
「Nun, iros hejmen.」
彼女は俺の首をトントンと叩いて、滝の洞窟を指さした。
洞窟に着くと、彼女はすぐに飛び降りて、また俺の首に飛びついた。
「Bone farita!」
嬉しそうだ。俺も嬉しい。
用語解説
・竜騎士の装備
飛竜に騎乗する装備は、基本的には馬と同じように考えれば良い。
体の大きさの割に翼の部分が大きいので、騎乗できる場所が限られるうえ、長い尻尾があるため、重心も見た目より後ろにある。
鞍は腰のあたりに取り付けるが、飛竜は空中での運動能力も速度も早いため、馬に比べるとかなりしっかりと固定する必要がある。
鞍を取り付ける金属のワイヤーと革で出来たハーネスを先に肩の方から太腿の付け根辺りに掛けて回し、工具を使って括り付ける。
そのうえに鞍を載せ、槍を乗せるホルダーを取り付ける。手綱は角があれば角に、なければハミを噛ませてそれに結びつける。
鞍には鐙がついているが、馬と違って落下を防ぐためにこれに騎手のブーツをベルトで括り付ける。
乗馬の鞍と決定的に違うのは、小さな背もたれと、腰を支える安全帯がついている事だ。とにかく急激な動きが大きいので、二重三重に安全装備がついている。
・ワンポイント竜騎士語
今回ポイントとなる単語をおさらいしておきましょう。今回は方向を示す単語です。
Stras=立て
Dekstra=右
Maldekstra=左
Cxesu=止まれ
Iru=行け
Sube=下がれ
Deveno=降りろ
Spreniro=昇れ
DekstraはDexterで素早い右手ですね。それの反対なので左はMal-Dekstraという感じです。
そろそろおわかりの方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこれ、エスペラント語です。




