第二十四話 旅立ち
前回のあらすじ
凱旋飛行で王都の空を飛び回り、拍手喝采を浴びる竜騎士団でした。
陸軍の軍楽隊がファンファーレを鳴らす。竜王陛下が馬車から降りてきた。今日は空軍の準礼服を着ている。
「アメリーオ、今日はお前が主役だ。がんばれよ」
ジョセーフォが耳打ちする。
「隊長、緊張させないでください」
「第一竜騎士中隊第二竜騎士分隊長アメリーオ・マリア空軍中尉」
「はい、陛下!」
「本日より、第二竜騎士分隊に上空からの国境監視任務を任命する。神官より加護神の祝福を受け、任務を開始せよ」
「詳細は第一竜騎士中隊長ジョセーフォ・アナ・マリア空軍少佐より別途説明する。以上!」
再び軍楽隊がファンファーレを鳴らし、全員で敬礼する。
竜王陛下は踵を返すと馬車に戻っていった。
アメリーオは走り去っていく竜王陛下の馬車を眺めながら呆気にとられていた。
「私が……国境監視任務に……」
部屋に戻ると緊張が解けて疲れが出てきたが、なんとか作業着に着替えてブリーフィングルームに戻ると、ジョセーフォが豆茶を淹れているところだった。
「おつかれ。急な話で少し驚いているかも知れないけど……」
アメリーオにとっては聞かされていなかった急な話だった。宮中晩餐会ではっきりと告げられていたのだが、緊張のあまり理解できていなかったのだ。
絶対の信頼を寄せるジョセーフォの決めたことだから、不安はないのだがそれでもアメリーオは理由を聞いておきたかった。
「隊長……なぜ私だけが国境警備なんですか?」
ジョセーフォは自分の考えを振り返るようにしばらく間をおいてから、ゆっくり言葉を選びながら答えた。
「アメリーオ、竜王公国はこの国土の広さで高い山に囲まれていると、国境警備が疎かになりがちなんだ」
「今回の狂気の種の件も、陸軍が早期に発見できなかった事を悔やんでていて、竜王陛下に対策を要請していたんだ」
「もちろん竜王陛下もそれは認識されていて、早期警戒が出来るように、機動力の高い竜騎士分隊を国境監視任務につけようという話が出たんだよ」
ジョセーフォはアメリーオの目を見て、しっかりと話についてきていることを確認する。
「もちろん、陸軍に比べれば竜は桁違いの機動力が有るのは事実だが、それでも一番離れた北の国境まで行くとなると、どうしても三日がかりになる」
「それでは今回のように狂気の種が現れると、戻ってくるまでに被害が拡大してしまう」
「私なりに悩んだんだ。竜騎士団を分割するべきかどうかとね。つまり、王都は私とレオポルドだけで護る覚悟で、ハオランにアメリーオとカローロの二人で国境監視任務に行かせるかどうかということだ」
「長距離の遠征はカローロの教育にもなるし、頑張ればレオポルドの主砲で狂気の種の進路を逸したりすることくらいはできるだろうと思ったんだ」
詳しく説明されなくとも、アメリーオにはそれがかなり分の悪い賭けである事は理解できた。
「そこにちょうどモリーゴが現れたんだ。アメリーオの調教が良かったから、飛行速度も、到達可能高度も、戦闘の動きの良さもすぐにわかった」
「モリーゴの機動力なら、急げば北の国境から一日で王都に戻れるだろう。竜騎士団の分割が現実味を帯びてきたんだ」
「レオポルドともう一騎の竜がいれば、取り巻きの飛竜たちをかわしながら、狂気の種を攻撃する事も可能だ。進路を逸らせるくらいはすぐ出来るだろう」
「一方でカローロとハオランだけで北の国境まで遠征させるとなると、かなりの不安が残る。遠くでなにかがあっても自力で判断するのは難しいだろう」
「そう考えたら、アメリーオとモリーゴで国境警備してもらうのが一番だろう」
アメリーオはゆっくりうなずく。こういう結論であろうことはある程度予想していたのだ。
「北の国境と言わず、更にその先の竜の住処の方まで行って、竜が調達できそうなら、なおさらありがたい。モリーゴの機動力ならそれも不可能ではないと思うんだ」
「それに、なんと言ってもアメリーオとモリーゴの御蔭でたっぷり追加予算がついたからな」
ジョセーフォがウインクする。アメリーオは困惑していた。そもそも上官命令だからと言われれば拒否できないのに、きちんと説明責任を果たすし、こうやってお茶目に人心掌握するんだから、本当にずるい。
「上官命令ですから、拒否できませんけど」
そして、アメリーオがわざとらしくふくれっ面をすれば、ジョセーフォは笑ってほっぺたをつついてくるのだ。どうやってもアメリーオはこの愛おしい上官に逆らえない。
「ところで、道中の守り神は誰にするんだい?」
「普通は竜騎士なら風の神ですよね……」
「そうだな。モリーゴの咆哮を見る限り、風の精霊の祝福を受けているようだしな」
「でも、旅の神にします」
「ほう、それはどうして?」
「旅先で少し運の良さがあると、きっと楽しいから」
「なるほどね。まあ、うちの神官の祈祷っていっても、ちょっとばかり精霊が懐いたり、運が良くなる程度だろうから、そのくらいのほうが良いのかもしれない」
「ええ、それに風の精霊ついては、祈祷に頼って無理やり引き寄せるんではなくて、モリーゴと一緒に鍛錬することで、精霊の祝福を受けたいと思うから」
「そうか。でも……お守りくらいは、持っていっても良いんじゃないかな」
ジョセーフォはどこに持っていたのか、空色に光る大きな石のペンダントトップを私に渡した。
かなり値の張る風精晶(vento-kristalo)だ。私は目を見張る。
「軍の予算で買ったんじゃない。私からの餞別だよ」
「ありがとう、ジョセーフォ」
モリーゴとアメリーオは神妙な顔で祭壇の前に立っていた。
西洋の神官の服を着ているのに、祝詞を聞いて榊みたいな木の枝を振り回しているの見ていると、なんだか神道の儀式にも見えてくる。
モリーゴは昨夜の死神の言葉を思い出していた。
『わたしはあなたの意思を尊重して、あなたの知りたかった事がもっとわかるように、お膳立てしてあげただけ』
モリーゴは色々な事を調べたり、見知ったりすることに喜びを感じる性格だった。
この世界に来てまだ数日だというのに、知らない事はたくさんあるし、知りたいことは泉のように湧き上がってくる。
せっかく色々な技能を身につけたのだから、今すぐにでも飛び立ってこの世界を見て回りたい。身体がウズウズして仕方ない。そんな気分だった。
モリーゴとアメリーオは、ジョセーフォやカローロ、そして大勢の人々に見送られながら、滑走路を走り飛び立った。
上空で何度も何度も旋回しながら高度を上げて行く。アメリーオはいつまでも地上に向けて手を振っている。
モリーゴの首もとに大きな空色の水晶が光っていた。
あれから、二週間。
山脈に囲まれたこの土地はどこまでも豊かな森が続く。この広大な領地の隅々まで見回る為に、山々を転々と渡りながら、モリーゴ達は旅を続けている。
未開の森で魔獣に出くわしたり、険しい岩山で橙色の飛竜と一騎討ちをしたり、土産話には事欠かない。
モリーゴとアメリーオは相変わらず言葉が通じないままだ。だが、彼らにとってはそれは障壁にはならない。
彼らは二人で呼吸をするように闘った。モリーゴは意のままにひらりひらりと宙を舞い、アメリーオは蜂のように敵を刺した。
そして、眠るときは互いに背を預けて眠り、腹が鳴るときは同時に鳴り、笑うときは一緒に笑った
神官の祈祷おかげか、旅の神のいたずらか、向かう所どこでも、いつもちょっとした冒険と、美味い飯にありつけた。
数日おなじ場所に留まるとウズウズと旅に出たくなるので、どこかに落ち着くことはできなくなったが、そもそも異世界から来たモリーゴにとっては大した問題ではなかった。
アメリーオと一緒なら、そこが俺の家だ。モリーゴはそう思えるようになっていた。
そう、こんな生き方も、悪くない。
モリーゴは力強く羽ばたいて、新しい冒険に心を躍らせるのだった。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
最後はアメリーオとモリーゴが出てきましたが、お互いに言葉を交わさなくても、考えを察することが出来るようになってきているようですね。
なので、エスペラント語の解説はありません。
エスペラント語は世界共通語となることを目的とした人工言語だけに、文法もシンプルで例外がなく、語彙も英語と共通のものが多くなってきていますので、とっつきやすいと思います。
私もエスペラント語を勉強しながら、毎回テストの様な気分でセリフの翻訳をしていました。
この小説を通じてエスペラント語に興味を持っていただけたりすると、幸いです。
・旅の神へルバクセーノ(HerbaKuseno)
『人神。初めて大陸を歩き回って制覇した天狗ウルカが陞神したとされる。この神を信奉するものは旅の便宜を図られ、よい縁に恵まれるという。その代わり、ひとところにとどまると加護は遠のくという』
(平賀さんはヒーラーなんですけど?! 長串望 著 第八話 どう考えてもダークソーンなんですけど!? の 用語解説より)
・言葉の神エスペラント(Esperanto)
『かつて隣人たちがみな言葉も通じず相争っていた時代に現れ、交易共通語なるひとつなぎの言語を授けて、争うだけでなく分かり合う道を与えたとされる』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第一章 シールド・アンド・マジック 第八話 言葉の神殿 の 用語解説より)
異界転生譚ワールドでは、言葉の神エスペラントの神殿で習得すれば共通の言葉を使えるようになるのですが、竜もこれを習得できるのかは謎です。
少なくともアメリーオ達には竜の発する音が言語だと認識されていないので、言葉の神エスペラントの神殿に連れて行くという発想はないようです。
・ごあいさつ
Dankon por fini legi "Dragoner kaj mi"
Mi esperas vidi vin denove.
Gxis tiam, bona sorto kaj bona apetito!
「竜騎士と俺」最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております。
それまでの間、幸運とよい食事を!




