第十八話 晩餐会の準備
前回のあらすじ
勝利を噛み締めながら、王都に帰還する竜騎士団一行。
竜王城に直接乗り入れて、竜王自らが報告を受ける緊張の一時。
今夜、晩餐会が開かれるようだ。私達はそれぞれの控室に案内され、鎧を外し、湯を使って飛竜の返り血を落とし、全身の汗を拭って、用意されていた香水をつけた。
浄化の魔法が使えれば楽なのだけど、私達の誰もその魔法を習得していなかった。
日没までまだ時間があるので部屋着のままジョセーフォの部屋に集まって、戦闘詳報を手分けして書き始める事にした。
「隊長、やっぱり全部とはいいませんから、レオポルドだけでも記録水晶を装備すべきですよ」
「確かにそれは一理あるんだが、いかんせんあれは高くてなぁ」
「レオポルドに砲手兼記録係を搭乗させるべきですね」
「そうだな。その方が現実的だな」
それなら誰がいいだの脱線しながらも、どうにか午後までには戦闘詳報を書き終え、それぞれの部屋に戻った。
部屋に戻ると、衣装係が待っていた。ビスチェと浅葱色の長袖のローブ・モンタントを着付けてもらい、コーディネートされた帽子と手袋を渡された。
廊下に出たら、戦闘詳報を提出し終わったジョセーフォが向こうからやってきて、私を見て
「ほぅ、アメリーオも、変わるもんだな」と失礼な一言を残して控室に入っていった。
部屋から出てきたときに階級章付けてなかったら、言い返してやると心に誓って廊下で待っていた。
やがて、黒のフロックコートにグレーのウエストコートを着こなし、アスコットタイを身に着けたカローロが出てきた。普段の子供っぽさはすっかり鳴りを潜め、小柄ながらも落ち着いた大人の色気を放っていた。
「お嬢さん、晩餐会にご一緒できて光栄です」
「なかなか似合ってるけど、私相手にお嬢さんはないだろう」
カローロはコロコロ笑いながら走り去る。黙っていれば、かっこよく見えたんだが。
そうこうしているうちに、ジョセーフォが部屋から出てくる。瑠璃色のローブ・モンタントが長身に映える。さりげない動きがしなやかで洗練されている辺り、さすがは王都育ちだ。
「どうだ、それなりに見えるだろう」
悔しいが何も言い返せなかった。
晩餐会に先駆けて、竜王陛下のお言葉があるというので、大広間に移動する。
大広間には陸軍将校を始めとする軍関係者が一堂に会していて、さすがのジョセーフォもかなり緊張しているようだった。
私達は促されるままに、赤絨毯の大広間の中央に整列して待機していると、礼装に身を包んだ竜王陛下が奥から登場した。
「竜王公国空軍第一航空団第一竜騎士分隊長ジョセーフォ・アナ・マリア大尉」
「はい、陛下!」
「先ほど戦闘詳報を精査し、内務大臣及び関係閣僚、陸軍大将と合議の結果、以下の施策を決定した」
陛下が従者から一枚の紙を受け取り、読み上げる。
「竜王公国空軍について、かねてから上申のあった空軍基地の新設及び竜厩舎の拡張を承認する」
「第一航空団第一竜騎士分隊長ジョセーフォ・アナ・マリア大尉を空軍少佐に昇格、第一竜騎士中隊を新設し中隊長を兼務とする」
「なお、第一竜騎士中隊に対しては、最大で竜二十体までの運用予算を確保する」
「第一竜騎士分隊カローロ・フェルディナンド曹長について、竜王公国軍士官学校への入校を許可し、准尉を任命する」
「また第一竜騎士中隊に、上空からの国境監視任務を主務とする第二竜騎士分隊を新設、
アメリーオ・マリア少尉を空軍中尉に昇格の上、第二竜騎士分隊長に任命する」
「第一竜騎士中隊三名について、今回の勲功を賞して勲等に叙する。以上」
ジョセーフォは赤くなったり青くなったりしながらも、そつなく受け答えしていた。
拍手と歓声の中、私達は順に勲章を受け取る。
大広間に大きな拍手がこだまする。
夜明けの戦闘からずっと身体がこわばったままだったので、大広間から退出して控室に戻ると、緊張が解けて一気に力が抜けてしまった。
ジョセーフォもカローロもきっと私と同じように多分ソファで倒れてるだろうと考えていたら、ドアをノックされたのでびっくりして飛び起きた。
衣装替えがあるので、その前に湯浴みとマッサージでリラックスしてくれとのこと。これは助かる。
浄化と回復の魔法でも同じ効果は得られるけど、時間を使う贅沢というのも確かにある。上流階級の贅沢だ。
地下の大浴場でたっぷり湯を使って身体を洗う。野外に出ずっぱりな私達からすれば、これは本当に嬉しい。
髪を乾かし、バスローブのままマッサージを受けていると、ついウトウトしてしまう。
そうして至福のひとときを過ごしていると、やがて衣装係がやってきて、着付けの時間だという。
私はなすがままにコルセットを付けられ、スカイブルーのサテン生地でホルターネックのロングイブニングドレスを着せてもらい、しっかりメイクをしてもらった。
ジョセーフォはアイボリーホワイトでサテン地に大きな花の模様が浮かび上がるブロケード生地で肩の大きく開いたローブ・デコルテだ。
廊下に出ると、黒の燕尾服に包まれたカローロが、昼の時より更に自慢げに立っていた。完全に自分に酔っている顔だった。
「おお美しき、お嬢様がた……」
言い終わる前に思わず二人で両側からどついてしまった。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
今回もアメリーオ視点ですすみますので、お休みです。
・浄化
『魔法《技能》の一つ。汚泥、汚損、毒、呪いといったステータス異常を回復させる』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第一章 シールド・アンド・マジック 第六話 明けて翌朝 の 用語解説より)
・回復
『最初等の回復魔法《技能スキル》。《HPヒットポイント》を少量回復する。より上位の回復魔法も存在するが、ボスなどと戦う場合には、専門の回復職でもなければ回復薬に頼った方が効率は良い』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第一章 シールド・アンド・マジック 第七話 冒険屋事務所 の 用語解説より)
・記録水晶
『映像と音声を記録できる水晶。成人男性がなんとか抱えられるほどの大きさ、重さで、使い勝手も悪いし高価なのであまり普及はしていない』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第四章 ホット・リミット 第七話 会議 の 用語解説より)
・竜王公国のドレスコード
現実世界の一般的なドレスコードと同じで、竜王陛下主催ともなると、相応の正装が求められる。
昼の正装は男性なら、ベントのない濃い色のフロックコート、中にはウエストコート、そしてアスコットタイ着用。
女性なら、襟と袖の有るローブ・モンタントに手袋とクラッチバッグを持つ。
夜の正装は男性なら燕尾服、女性ならホルターネックのロングイブニングドレスか、肩の大きく開いたローブ・デコルテだ。肘までの長い手袋を着用する。
・竜王公国軍の階級
陸軍、空軍ともに元帥は竜王陛下。陸軍は以下、陸軍大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉と続く。
空軍は人員が少なく、一つしかない第一航空団長を竜王陛下が兼務し、これまた一つしかない第一竜騎士分隊長をジョセーフォ中佐
今回は一つ上の階層として、第一竜騎士中隊を新設した上で、その下に第一竜騎士分隊と第二竜騎士分隊を設けた。
少尉以下は士官学校に入学していない一般の兵で、下から一等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長となる。
特務によって、曹長が准尉として、少尉に近い権限を与えられる。ここから上は士官学校を卒業しないとなれない。