第十七話 帰還
前回のあらすじ
狂気の種との熾烈な戦いを制したのは、モリーゴとハオランの咆哮だった。
そして、狂気の種から、皆を守ったのはアメリーオの風魔法だった。
「やった……のか……」
私はゆっくりと燃えながら堕ちていく狂気の種を眺めていた。風精の長槍を握りしめた手がまだ震えている。
主を失った橙色の飛竜達は、私達に目もくれず、散り散りに飛び去っていく。
「やりましたよ!」
隣来たカローロがガッツポーズをしている。
「そうか、やったのか!」
喜びが少しずつこみ上げてくる。モリーゴも振り返ってうなずいている。
「アメリーオ! カローロ! よくやったぞ!」
上からジョセーフォの声がする。
私は涙を止められなかった。
ハオランとカローロが森に降りて、狂気の種の残骸を一部回収してきた。
私達は上空で隊列を整えると、大きな竜の刺繍が入った国旗と竜騎士団旗を掲げ、城がある王都を目指してゆっくりと飛ぶ。
雲ひとつない空に輝く太陽が眩しい。遠くの山脈まで緑の絨毯が広がる。
ジョセーフォが黙祷している。
足元にポッカリと開けた小さな草原がある。所々に崩れた石造りの建物が残る。二十年前の狂気の種発生時に、咆哮で焼けた痕だ。
彼女はこの場所で、両親と妹、友人の殆どを失い、なんとか逃げ延びた王都で、竜王公国陸軍の将校だった叔父のもとに身を寄せて育ったという。
そして騎兵学校を主席で卒業し、成人になるやいなや軍に入り、歴史書に残っていた竜騎士団を復活させた。
これまで数年に一度のサイクルこの地に現れ、自然災害として立ち去るまで耐えるか、竜王公国領土外に追いやるのが精一杯だった狂気の種を、ついに倒すことが出来たのだ。
ジョセーフォも時折顔を隠しながら、目頭を押さえている。
王都の第三城壁を越えて王都管轄区域内に入ると、広大な果樹園や麦畑が広がり、畑道沿いに人々が並んで、こちらに手を振っているのが見えてきた。
やがて水車小屋や農産物市場などが並ぶ地域があり、第二城壁を超えると、所狭しと並んだ石造りの家々に竜王公国旗が掲げられ、人々が屋根に登って手を振っている。
物珍しそうにあちこちを眺めていたモリーゴも、ただならぬ雰囲気を察して緊張しているようだ。
ハオランにまたがったカローロは、はしゃぎっぱなしで、時折ジョセーフォにたしなめられている。
やがてひときわ高い第一城壁が見えてきたら、時計回りに周りをゆっくりと転回しながら上昇する。
「アメリーオ、カローロ、城内広場への着陸許可がおりたぞ!準備を急げ」
「わぁ! 城内に竜で入るのは初めてだよ!」
カローロは目を輝かせる。
竜の住処と言われるこの地方に、たった一人で数十もの飛竜を手懐けて竜騎士団を作り、近隣の国々からの侵攻を防ぎ、竜王公国を築き上げたのが竜王と呼ばれるこの国の国王だ。山塊の麓にあるこの大きな城も、竜騎士団に護られたがゆえの繁栄の証だ。
しかし、竜騎士団はわずか二代で消滅した。一度強力な竜騎士団によって、竜王公国という自治領が出来てしまえば、高い山脈に囲まれ、平地には森しかなく、竜しか住まない上に、数年おきに狂気の種という災害が襲うこの土地に、近隣の国々も攻め入る理由がなくなってしまったのだ。
そうして八十年以上竜騎士団の存在は忘れられていたのだが、四代目となる現在の竜王は、ジョセーフォの狂気の種を倒すという思いを汲み、ささやかながらも竜王公国空軍、つまり竜騎士団の設立を認めてくれたのだ。
そして、わずか数年でジョセーフォは竜騎士団を完全に復活させ、狂気の種を倒せるほどに成長した。
竜騎士団の凱旋を国を挙げて祝うのも、そんな経緯があったからなのだ。
城の周りを取り囲む、ひときわ高い第一城壁の上には、国王直属の警護団員が並び、最敬礼で私達を迎えている。
城内広場は広くあけてあり、周りには馬に乗った陸軍将校達が正装で整列している。
レオポルドが旋風を巻き起こしながら、ふわりと広場の中央に着地した。続いて私達ももすぐ後ろに着地する。
ジョセーフォが竜騎士団旗を掲げながら、艦橋から降りると私とカローロがすぐ左に並び最敬礼する。
ファンファーレと共に、金色で縁取られた荘厳な白亜の鎧に身を包んだ竜王陛下が、奥の扉から入場し、ジョセーフォの前に立つ。
私達は片膝をついて跪き、竜王陛下の言葉を待つ。
「竜王公国空軍第一航空団第一竜騎士分隊長ジョセーフォ・アナ・マリア大尉。貴殿の無事を喜ばしく思う。戦闘概況報告を」
「はい、陛下! 敵部隊、狂気の種一体、及び飛竜八十余体と交戦、狂気の種一体、及び飛竜三十五体を撃墜、残り飛竜四十余体は戦意喪失にて戦線離脱。敵部隊は全滅いたしました!」
横に居たカローロが狂気の種の残骸を掲げると、広場に歓声が上がった。
「分隊長、貴分隊の活躍は賞賛に値する。後ほど戦闘詳報を精査するが、公国の歴史に永久に刻まれるであろう」
「ありがたき幸せにございます、陛下!」
広場の歓声は一層高まり、拍手に送られながら、レオポルド、モリーゴ、ハオランは傷の手当を受けるため広場裏の大講堂に、私達は城内に案内された。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
しばらくアメリーオ視点ですすみますので、お休みします。
・王都の城壁
遡ること百二十年前、竜の住処と呼ばれるこの地で、初代竜王がたった一人で数十もの飛竜を手懐けて竜騎士団を作った。
強力な竜騎士団をもって、近隣の国々からの侵攻を防ぎ、竜王公国を築き上げた。
その最初の本拠をとなったのが、竜王城。これを中心に城下町が発達していった。
竜王城の城壁である第一城壁は対空砲台や高い城壁など、空からの攻撃を想定した造りになっている。
だが、野生の竜が理由もなく人間の居住地を攻撃することもなく、竜王公国以外で航空戦力を持つのは、帝国南部のウルカ人くらいだったため、結局の所過剰装備だった。
しかしその強固な城と竜騎士団の噂は、この地に集まった商人たちの口伝てで各地に広まり、結果として竜王公国に安泰をもたらした。
安定した国家が出来ると、行商の拠点として繁栄し始める。険しい山に囲まれた竜王公国だが、帝国北部の辺境領から聖王国へ抜ける近道でもあり、王都はその中継点としての機能を持ち始めた。
こうして第一城壁の外側に出来た城下町を取り囲むようにして作られたのが第二城壁である。
上下水道の整備などを王都が直接管轄する領域で、渇水期に十分な水量が確保できる人口を目安に城壁を構築した。
後に広い土地を必要とする畑や、果樹園が第二城壁の外側に広がり始め、竜王公国がこれを護る領域を定めたのが、第三城壁。
これも、農業用水の水量で維持できる範囲を目安に城壁を構築している。第二城壁外は生活用の上下水道はない代わりに税金が低くなっている。
公設の食肉市場、青果市場や、軍の訓練場などもこの範囲に作られている。
別段巨人が攻めてくるわけではないので、第二城壁、第三城壁はさほど高くはない。
・竜王公国空軍
空軍のルーツは、初代竜王の設立した竜騎士団である。
しかし初代竜王が設立した竜騎士団は二代目竜王の時代で消滅した。
高い山脈に囲まれ、平地には森しかなく、林業以外のこれと言った資源もなく、竜しか住まない上に、数年おきに狂気の種という災害が襲うこの土地に、侵攻する理由もあまりない為、抑止力としての陸軍があれば、十分だった。
以降、八十年以上竜騎士団の存在は忘れられていたが、ジョセーフォが狂気の種への対応と、国境監視の有用性を竜王に嘆願して復活を認められた。
既に陸軍で頭角を現し始めていたジョセーフォだったが、騎士団長とするには若すぎるとの反発もあり、竜王自らが空軍大将と第一航空団長を兼務して空軍を設立した。
ほとんどの装備が、八十年ものか、陸軍のお下がり。本拠地となる竜厩舎、宿舎は第二城壁外の使われなくなった食肉加工場を流用と言った具合。
空中戦訓練は落下物などの危険を避けるため、広い土地が必要という事情もあって、第二城壁外に本拠を構えるのは合理的ではある。




