第十一話 孤独な闘い
前回のあらすじ
朱飛竜の執拗な攻撃を受け逃げ帰るモリーゴとアメリーオ。
アメリーオの敵討ちとモリーゴは単独で戦闘に向かう。
俺は洞窟から飛び立つと、山肌を這うようにゆっくりと高度を上げた。月明かりがだいぶ明るくなって、濃い青紫色の鱗が闇に紛れるといっても、単独で飛んでいたら目立ってしまう。
しばらく目を凝らして眺めると、遠くに橙色の飛竜の大群が東の山脈から引き返して、レオポルドとジョセーフォがやってきた南の方角に向かっているのが見えた。
レオポルド達がどこにいるのか、他に仲間がいるのかわからないが、とにかく俺は橙色の連中を全部ぶっ倒せばいいのだ。
体中痛いのを我慢して、ゆっくりと体力を温存しながら羽ばたいていると、破れた翼がバタバタと音を立てている。こんな破れた翼でどうやって飛んでいるんだろうかと疑問に思っていると、ふとアメリーオがくれた水色の水晶に思い当たった。
そういえばこの水晶を身に着けてから、羽ばたいたときの空気を掴む効率も良くなったし、どういう訳か速度を上げても正面から受ける風が少なく、前に進むときだけ追い風を受けているかのような感じだ。きっとこの世界のお守りか何かなのだろう。地方の伝承を研究してきた俺としては、よくわからない不思議な力というものが実在することは、嫌というほど思い知らされていた。その最たる例が俺だ。俺が今この世界にこんな姿でいるのも、よくわからない不思議な力が働いたからなんだろう。
魔法だの神通力だのに何から何まで頼るほどではないが、実際あるんだから疑っても仕方ない。あるものは使おうという考えだ。
「もしかして、この水晶、どうにかするとより強力な力を発揮したりするのか?」
首もとの水晶が微かに青く光って応えたように見えた。わずかに周りの空気が軽くなったようにも思える。
「使い方はよくわからないが、何かの役には立ってるんだろう」
そうこうしているうちに山頂まで昇って来てしまった。俺は静かに山頂に降り立つと、思いっきり大きく深呼吸した。透き通った冷たい空気が肺を満たすと、全身に酸素が行き渡る。力がみなぎってきた。
「アメリーオ、今からお前の敵を討ってやるからな!」
山頂の岩を蹴って飛び立つと、尾根沿いを隠れるように加速しながら橙色の飛竜の大群を目指す。
山の裏側で隠れながら飛竜の大群の前を横切り、更に速度を上げる。気付かれないように斜め後ろの上空から一気に叩くのだ。
やがて飛竜の声を山の向こうに聞きながら、一気に高度を上げる。水晶のおかげか、レオポルドとの模擬戦闘訓練のときと違い、空気が薄くなるような高度でも、かなり余裕を持って昇れる。
長槍で攻撃してくれるアメリーオが居ないので、こちらも足の爪と翼の鉤爪しか攻撃手段がないが、すれ違いざまに相手の翼に爪を引っ掛けて破る戦術なら、スピードを殺さずに数回攻撃できるはずだ。
敵の飛竜は更に増えていて、おそらく七十から八十匹くらいだろう。一回の急降下でなるべく多く倒して、数を減らしておかないと、最終的に格闘戦に持ち込まれたときに不利だ。
俺ははるか数千メートル下に飛竜の大群を見下ろすと、もう一度深呼吸して、一瞬の無音の後、一気に反転した。
翼を畳むと更に速度を上げて飛竜の大群に突っ込む。鉤爪と角で数匹の翼を破る。突然の攻撃に飛竜の大群はギャアギャアと散りはじめた。
俺は追ってくる飛竜をかわして地面すれすれで反転上昇する。体中の骨が軋ませながら、全力で羽ばたいて上昇する。首もとの水晶が水色の光を放っている。
再び反転して急降下しながら、一匹また一匹と翼を切り裂き、首を掻き切り、追ってきた飛竜を鷲掴みにして地面にたたきつけて反転する。返り血で俺の身体は朱く斑になっていた。
もう二十五匹は倒しただろうか。急降下から反転する度に、身体の痛みが限界を知らせてきていた。徐々に上昇の高度も、降下の速度も落ちてきた。奴らも徐々に広がって、俺の急降下をかわしていく。
「くそっ!もう格闘戦に持ち込むしかないのか」
残りおおよそ半分というところで、水平飛行からの足爪での攻撃に切り替えた。後ろから首根っこを掴んでは加速して他のヤツに叩きつける。喉元に齧りついては、振り回して突撃してきたヤツの鼻っ柱に叩きつける。俺の身体は真っ赤に染まり、それが返り血なのか自分の血なのか、もはやわからない。
ふと見上げると橙色の飛竜の大群の中に、真っ黒な竜がいた。
竜というにはあまりに不格好だった。クジラのような形をした流線型で、首も翼もなく、目は青白く炎のように燃え盛り、大きな歯をむき出しにしている。
こんな生き物は見たことがなかった。
『オマエ ナカマニ ナレ』
不気味なしわがれた声が頭に直接響く。ビリビリと空気が震える。凄まじい頭痛が襲う。
「冗談じゃねえよ!てめぇが親玉か!」
『コバム ナラ コロス』
大きく開けた口の中に青白い光が灯り、耳をつんざくようなキーンと高い音が辺りを震わせる、大量の空気が吸い込まれて行くのがわかる。
「何ぃ!?」
俺はとっさに危険を感じて翼を畳み、首を下げて背を向けて受身の姿勢を取った。
次の瞬間、凄まじい爆音と共に、俺と橙色の飛竜達何匹かが、青白い光共に吹き飛ばされた。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
今回は前回の話のモリーゴ視点なのでおやすみ。
・真っ黒な竜
大型翼竜とも飛竜とも異なる形の竜。クジラのような形をした流線型で、首も翼もない。大きな歯と、青白く燃える瞳を持つ。
モリーゴは見落としていたが、二本の白い足もあり地上を歩くことも、海の上を滑るように進む事もできる。
鱗も尻尾もないので、全く我々が想像する竜と形が違うものだが、この世界では災害を引き起こすような卵生の巨大生物を竜と呼んでいるので、これも竜なのである。