第十話 暴走
前回のあらすじ
夜の帳に紛れて、凶暴な朱飛竜の群れが頭上に現れた。
奴らを街から遠ざけるために、必死に戦うが……
俺は必死だった。俺と同じくらいの体格の朱い飛竜に囲まれ、鋭い足の爪と尻尾の攻撃が繰り出される中を、とにかく飛び回っていた。
騎手のいない飛竜の攻撃は、戦略もなにもあったもんじゃなかった。ただひたすらに突撃して来て、爪と尻尾を叩きつけてくる。
最初のうちはアメリーオが長槍の一突きで片っ端から倒してくれていたのだけれど、何十匹と相手にしていると流石に俺もアメリーオも疲れてくる。
「Morigo! Iru! Tenu rapide! Iru supren! Iru malsupren! Denove kaj denove!」
行けと言われても、俺はもう息が上がってしまって、そうそう動けない。アメリーオも長槍を振り回してるが、攻撃が当たらなくなってきている。
それでも何度も上昇と下降を繰り返しながら、一匹ずつ仕留めていって、敵の数も二割くらいは削れた。
そろそろ戦線を一旦離脱しないとまずいんじゃないだろうかと思ったが、アメリーオはまだまだやる気のようだ。
「Iom post iom, konduku ilin al la orientaj montoj!」
首を叩くので振り返ると、鞍にくくりつけられたランタンが、東の山並みを指さすアメリーオを照らしている。
(うへえ、これからこいつら連れてこの山を超えろってことか? 無茶言うぜ……だけど、お前がやるって言うなら、やってやる!)
俺はもうヘロヘロだったが、奴らの突撃を交わしながら旋回して、高度を上げていく。
月明かりがあるし、連中の身体が明るい朱色とは言え、気をつけていないと簡単に見失う。集中力も切れてきたから、残りの数十匹を全部把握はできず、音と気配で動きを察知して、突っ込んで来たところをギリギリで回避する。
「Nur iom pli, Morigo! Supreniru la monton.」
次の瞬間、鈍い衝撃が背中に伝わる。斜め後ろ上空から来たやつを避けきれなかったか。アメリーオの噛み殺した叫び声が聞こえる。
「すまん! 大丈夫か?!」
次は右か。俺はアメリーオを気遣いながら、ざっとかわす。
しかし、一度直撃を食らってスピードを殺してしまうと、なかなかリカバリが難しい。せっかく昇って来たが、一旦高度を犠牲にして速度を上げよう。
アメリーオは痛みをこらえているのか、必死に鞍に掴まっているばかりで、長槍を構えることすら出来ていないようだ。
もう、心臓がもたないかもしれない。翼や尻尾の先が痺れたように感覚が薄れてきている。
いよいよ攻撃を避けきれなくなり、奴らの鋭い爪が俺の尻尾や、翼を引き裂き、背中にしがみついているアメリーオの鎧をバリバリと引きちぎっていく。
痛みなんか、どうでも良かった。どうにかアメリーオを守らないといけない。ただそれだけの思いに突き動かされ、ひたすら山を越えて行く。
峠越えはもう少しというところで、突如、真横から突撃してくるやつがいるのに気付いた。俺は力いっぱい身体を捻ってそいつを避けようとした。しかしその先には、別のやつが振るった尻尾が待ち構えていた。物凄い衝撃と共に、鞍が外れて落ちていく。
「まずい!アメリーオ!」
俺はすかさず、尻尾を振って空中を蹴ると、全力で羽ばたいて急降下した。眼を細めて翼を畳み、かつてないスピードで落下していくアメリーオを追う。
「絶対……おい……つく……っ!」
みるみる地面が迫ってくる、鞍にくくりつけられたランタンが少しずつ近づく。あと少しだ。
「アメリーオ!!!」
落下していくアメリーオに追いついた瞬間、俺は鞍ごと足でしっかりつかみ、破れた翼を思いっきり開いて、水平方向に向きを変える。
翼の膜がところどころちぎれて飛び、尻尾が森の木々に掠る。それでも何度も痛みをこらえながら羽ばたいて、滝の洞窟に向かう。
俺は鱗が濃い青紫なので、木々の間の細い川沿いに地面すれすれを飛んでいれば、夜ならば上空からはほぼ見つからない。
なんとか連中をまいて洞窟に戻ると、洞窟の入り口に爪を引っ掛けて、アメリーオを守るようにドシンと背中から洞窟の中に飛び込む。
鞍にくくりつけられたままのアメリーオを下ろすと、鉤爪で鞍とベルトを押さえて、歯で噛み千切って切り離して、翼で支えるように毛布の上に寝かせる。
鎧はめちゃくちゃにちぎれ、身体のあちこちから血が滲んでいる。元々色白なアメリーオの顔から血の気が引いて、白磁のような白さだった。
「アメリーオ……俺のせいで、こんな目に合わせてしまった……すまない……せめて、助けが来るまで気をしっかり持ってくれ」
微かに震えるアメリーオに毛布を掛けてやる。俺の不器用な鉤爪ではこれ以上何も出来ない。
この世界だと多分消毒といえば煮沸消毒だろう。俺は大きな鍋に水を汲み竈にのせ、残り火に薪をつまんで放り込むと、軽く息を吹き込んだ。
やるせない気持ちだ。俺もこの身体が持つ飛行能力を買いかぶりすぎていた。思うように空を飛べると喜んでいた俺のうぬぼれだ。
闘いとは、そんな甘いものではないのだ。
どういう理由かわからないが、俺はこの世界に来て飛竜に生まれ変わっている。
俺がこの世界で生きていく理由、俺がこの世界にいる価値とは何だ。
アメリーオには傷ついていた俺を助けてくれた恩がある。せめてそれに報いるだけでもいい。それだけでも成し遂げよう。
俺は、アメリーオが首にかけてくれた、お守りのような水色の水晶だけを残して、体にかけられたワイヤーハーネスを引きちぎると、もう一度翼を広げた。
体中傷だらけで痛むが、酷い出血や骨折はなさそうだ。
「ああ、俺はまだ、飛べる……まだ、やれる!」
全身の血液が少しずつ熱を帯びていくのがわかる。
俺はアメリーオに一瞥を投げて、洞窟から飛び立つ。
「Morigo! Atendu! Ne iru! Ne foriru... sen mi...]
アメリーオの微かな声が俺を引き留めようとしている。
だが俺には、勝って報いねばならない闘いがあるのだ。
「アメリーオ、ありがとう」
水晶が、俺の首もとで月の光を浴びて、青く光っていた。
用語解説
・ワンポイント・エスペラント語
今回は前回の話のモリーゴ視点なので、前回第九話のアメリーオのセリフがそのままエスペラント語になっています。
「モリーゴ!行け!スピードを落とすな!上昇と下降を繰り返すんだ!」
→「Morigo! Iru! Tenu rapide! Iru supren! Iru malsupren! Denove kaj denove!」
微妙に訳しにくかったので「上に行け!下に行け!何度も何度も!」と改変しています。
「徐々に東の山脈に誘導するぞ!」
→「Iom post iom, konduku ilin al la orientaj montoj!」
少しずつ、はIom post Iom、Little by littleの訳語です。Kondukuは導くですね。La orientaj montojは東の山々です。
エスペラント語では語尾に「j」を付けて複数形を表しますが、「東の」といった形容詞も合せて複数形になるのが特徴です。
「もう一息だ、モリーゴ。あの山を超えるぞ!」
→「Nur iom pli, Morigo! Supreniru la monton.」
Nurは「わずか」、Iomは「すこし」、Priは「もっと」です。ここはJust a little moreの訳です。あの山は単数なので「j」は付きません。
・ランタン(Lanterno)
松明や松根油を使ったランプなどもあるのですが、風の強い場所や動くときにはそれでは不便です。そこで竜騎士団ではランタンの光源に輝精晶(Brilo kristalo)を使います。
燃料を必要としない光源で雨風の中でも使え、大きなものとなると非常に高価ですが、飛行中に地図を見たり、近くの仲間に信号を送ったりするために使う程度のため、あまり大きな輝精晶(Brilo kristalo)は必要としません。
・輝精晶(Brilo kristalo)
『光精晶(Lumo krisutalo)とも。非常に希少な光の精霊の結晶。古代王国の遺跡には、どういった手法で集めたのかこの結晶が多くみられる。』
(異界転生譚 ゴースト・アンド・リリィ 長串望 著 第三章 地下水道 第六話 鉄砲百合と地下水道 の 用語解説より)
・風精晶(Vento Kristalo)
『風の精霊が宿っている、または結晶化したとされる石。刺激を与えると風を起こしたり、新鮮な空気を生んだりする。その産地によって風の質が違うようだ。』
(異界転生譚 シールド・アンド・マジック 長串望 著 第二章 オールド・レッド・ストーンズ 第五話 石食い の 用語解説より)
アメリーオがモリーゴの首にかけた風精のお守りには、この風精晶(vento-kristalo)が使われており、翼の周りの空気の流れを改善する作用などがある。