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竜騎士と俺  作者: 5u6i
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第一話 伝承

 クソ暑い夏だった。

 八月も終わりに近づいていると言うのに、秋の気配など微塵も感じさせず、鼓膜が破れそうなくらいの蝉の声が容赦なく襲ってくる。

 砂利道同然の山道はぐねぐねとカーブを描いて、ブナや楓の林を抜けている。それは、葛が生い茂るなだらかな丘の真ん中に、ポッカリと口を開けているトンネルに繋がっていた。

 トンネルの入り口の近くカーブに陣取り、三脚を構えてトンネルにカメラを向けている一人の男がいた。


 男はしがないフリーのライターとして、地方の伝承や秘話を集めては記事にして地方紙に寄稿していた。

 一月前にネットで見たある噂が気になって、愛車の中型バイクを飛ばしてこの村にやってきたのだ。

 その噂とはこうだ。

『毎年、お盆の最終日の夕方に、村境の県道のトンネルから一台のダンプカーが猛スピードで出てくるが、これを見たものは異界に連れて行かれる』

 隣村の銅山からの鉱石を運ぶために戦時中に作られたこのトンネルは、工事の際に相当数の死者が出たいう。

 その後銅鉱山も閉山されて寂れた雰囲気から、一昔前は有名な心霊スポットとして知られていた。

 もっとも、十何年か前のバラエティ番組で心霊スポットとして紹介されたものの、ヤラセが発覚して今や誰も心霊スポットだなんて思っていない。

 噂が流れたりするものの、誰もが「またあそこか」と相手にもしない。そんな場所だ。


 今回の噂についても、お盆の最終日である八月の十五日にはこんな山奥のトンネルの周りに、何人かカメラを持った連中が集まって来たようだ。

 結果は空振りで、噂話も数時間でネットの海に消えていった。


 今日は八月二十五日。人影もない山道にただ蝉の声だけが響いている。

 男は今日こそがその噂を検証すべき日だと確信していた。お盆の最終日というは八月十五日という意味ではなく、旧暦の七月十五日だと気づいたからだ。

 この地方は新暦の八月十五日にお盆をむかえるのだが、この村とトンネルを超えた隣の村だけは旧暦の七月十五日がお盆なのだ。

 沖縄以外で旧暦のお盆をやる地方はほとんどないから、誰も気づかないのだろう。


 この日、男は昼過ぎに麓の村に着くと、人々にダンプカーの噂話について聞いて回っていた。

 ほとんどの人がその噂について何も知らなかったが、何人かは昔似たような噂があったと証言した。

 鉱山がまだあった昭和四十年代に、お盆休みに走ってるダンプカーがいるとか噂が流れたが、実際にはダンプカーではなく行商のトラックだったという話だ。

 件のダンプカーの写真が取れれば特ダネ中の特ダネだが、仮に空振りだったとしても、夏らしい怪談話として検証結果まで含めて一本記事が書けるだろう。

 男はそう考えると、使い古した防水紙のメモ帳に鉛筆で記事の冒頭部分を下書きしていた。


 午後六時を回ると焼けるような日差しも弱まり、やがて蝉の声はヒグラシに変わる。

 学生時代に陸上部で絞った身体も、毎日重い機材を担いでいるおかげで衰えていないとはいえ、この暑さの中をただ待ち続けるのには燃費が悪い。

 時刻は六時十五分。もうすぐ日没の時刻だ。山肌を流れる空気がわずかに冷たくなってきている。

 噂話では夕方となっていたが、日没から一時間も見ておけばいいだろうと思った。

 ここは下の町から、ろくにメンテナンスされていない砂利道同然の山道で、二〇キロも離れている。焼け付くような午後の日差しを浴びて身体中ベタベタなので、できれば、ビジネスホテルに戻って一風呂浴びたい。

 男はそう考えると、ベタついた手をタオルで拭い、メモ帳をしまうとカメラのファインダーを覗く。


 日没を過ぎ、真紅に染まっていた辺りも段々と薄暗くなってきた。遠くで雷の音がする。

 山の上には大きな雷雲がもくもくと鎌首をもたげていた。

「うへえ、こんな時に雷は勘弁してくれよ」

 一応、もしもの時のために、テントと雨具は荷台にくくりつけてあるが、これを使うようなことにはなりたくない。

 男がそう思った矢先、トンネルの中から爆音が鳴り響き、大きな黒い塊がこちらに向かってくるのが見えた。

 心臓が高鳴り、全身が燃えるように熱くなる。ポツリポツリと降り始めた雨には目もくれず、男は必死にカメラを構えて目を凝らす。

 あと五〇メートル……二五メートル……一〇メートル。男は必死でシャッターを切る。シャッターの連射音が雨音にかき消される。

 雷鳴とともに辺り一面が真っ白に光った瞬間、『それ』はトンネルから飛び出した。


 ダンプカー程もある青紫の鱗に覆われた巨大なトカゲだった。

 それは、男とカメラとバイクを弾き飛ばすと、コウモリのような大きな翼を広げ、激しい雷と雨の中、大きく弧を描いて雲の中に消えていった。


用語解説


・お盆

 サンスクリット語の『ウランバーナ』を音写して盂蘭盆会(うらぼんえ)となり、略して『お盆』と呼ばれるようになった夏の仏教行事。

 盂蘭盆経というお経に、釈迦の弟子である目連が修行中に神通力で、亡くなった母が餓鬼道に落ちて苦しんでいるのを見つけ、これを救うために施しをした故事から、祖先の霊を供養する行事となったとされる。

 旧暦の七月十五日前後に行われていた行事だが、新暦になってから八月十五日に行われる。地方によっては、新暦の七月十五日前後や、旧暦の七月十五日に行われるようだ。


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