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世界図書館副館長  作者: 灰出崇文
1話 転移したってことでいいのかな
5/5

夢を見た

 真っ暗な部屋だ。


「誰かいませんかぁ?」


 叫んでみる。返事は返ってこなかった。当たり前だ、見た限り(と言っても暗いから一寸先も見えない)誰もいないんだか――ブウウ――――――――ンンン――ら。


 俺は心の中で言いながら、音の方に目を向けた。


 そこにあったのは、大きな白い画面だ。うん、多分画面だ。時計じゃないことは確かだ。


 これは液晶じゃなくてスクリーンのようだが、どれだけ手を伸ばしても触れるものはない。手が白い画面を通り抜けると、ジジッと音がして画面が乱れる。まるで光のスクリーンだ。


 ……こういうのはどうだろう。ライト(right)ライト(light)なスクリーン、その横で俺は日記をライト(write)。この文章は不「ライト(right)」。なぜって俺は英語が苦手。

 くくっ、楽しくなってきた。カタカナで書いたらみんな同じだ。


 ブン、と音がして画面が震えた。手を突っ込んで遊んでいたから壊れたのだろうか。どこからカタカタという音が聞こえるような気もする。


 唐突に画面が暗くなる。えっ、マジで壊したか?


 パッと画面が明るくなり、小さな赤ん坊が白黒の画面の中で動いている。……よかった、壊れたのではなさそうだ。


 ほっそりとした女の人の腕が赤ん坊を抱き上げた。むずがる赤ん坊をあやす手付きはおぼつかないが、深い優しさが見える。指の長い、節くれだった男の手がふわふわとなびく赤ん坊の髪を撫で付けた。


 画面が暗くなる。……やっぱり壊したか?


 画面が明るくなり――よかった――3歳くらいの男の子が画面に向かってにっぱりと笑っているのが映し出された。綺麗な顔だな。将来有望そうだ。俺もこれくらい整った顔の美少年ならモテたのだろうか。いや、過ぎ去ったことを考えるのはやめよう。ここは暫定的異世界だ。


 少年はくるりと後ろを向いて走っていった。ぴょんぴょん飛び跳ねて、走って、戻ってきて、また飛び跳ねる。全てが楽しくて仕方がないような顔をしている。俺にもあんな時代がありました。きっとね。



 また画面が暗くなった。心臓に悪いから止めてくれ。明るくなった画面には10歳くらいの少年が陰気臭い顔で映っている。少年よ、さっきの元気はどこへ行った?


 少年の前には初老の女性が鞭――教鞭?――を持って立っている。

 音がないからわからないが、少年は手に持っている本の内容を読み上げているようだ。あ、少年が本を置いたぞ。泣きそうな顔で手を出して、うわぁ……これは痛い。初老の女性がようやく鞭を置いた頃、少年の手には幾本もの跡が残っていた。



 また場面が切り替わる。



 日常の一場面を映した映像の時はどんどん進んでいくようだった。

 快活で可愛らしかった少年は、いい言い方をするなら影のあるイケメンに成長した。悪い言い方をするなら? そんなこと聞くなよ。考えてないんだから。


 流れていく映像をぼんやりと見つめる。青年は退屈そうな顔をして、学校(多分学校だ)に通い、卒業し、大きな図書館に通うようになった。驚いたことに、女の影は全く見えない。こんなにイケメンなのにな、性格が破綻してるのかな。



 青年が大人の男と呼べるようになった頃、図書館に一人の少女が通うようになった。そこだけ光がとんでいるのかと思うほど明度の高い少女だ。10歳くらいのその少女は男が気になるようで、何度も現れた。男もまんざらでもないようだ。お前……ロリコンだったのか。だから今まで女の影がなかったんだな。



 その少女はその後も何度も現れた。むしろその後ほぼ全てのシーンに現れた。彼は彼女と話すときだけ楽しそうに笑っていた。あ、これガチなやつだ。これって多分誰かの一生を見てる訳だろ? ここに来て他人の性癖なんか知りたくないです。


 男はおじさんになり、母音が一つ増えようとしている。真新しかった黒い服はくたびれて、過ぎた年月の長さを感じさせる。ただ奇妙なことに、少女は一切成長しなかった。どうやら人間じゃないみたいだ。


 少女が全く変わらないのに対し、男はどんどん老けていった。杖をつくようになり、髪は白くなり、どんどん痩せ細っていった。そして真夜中の書架で、一人で倒れ、一人で死んだ。



 画面が真っ暗になる。これで終わり、ということだろう。俺は大きくため息を吐いて、首の汗を拭った。他人の外面内面を全てねじ込まれたような気分だ。俺まだ高校生なんだぜ? 生きるとか死ぬとか、そりゃあ考えることもあるけど、イマイチよく分からない。さっき、俺の目の前で大勢の人が死んだ。どうして怖くないのか、こんなに明るくいられるのか、自分でも分からない。


 自分が血も涙もないような人間に思えて、またため息を吐いた。



 またブン、と画面が震えて、俺は飛び上がった。絵のような筆記体の文章が現れる。

 

Ego Tobari.


 エゴ、トバリ?


 Egoはこの前の単語テストの中にあったな。意味は……自我。トバリとはなんだろう。人名みたいだけど……。自我、トバリ。トバリの自我?


 俺の首を冷たい汗が流れる。誰か知らない人に名前を呼ばれたような不安感。落ち着け、俺。トバリなんてよくある名前だろ。ちょっと色々起こりすぎて疲れているからこんなに不安になるだけだ。



Bibliotheca director.


 ビブリオ……なんて読むんだ? ビブリオなんとかディレクター?

 ビブリオって確か本って意味だったよな。本の何かのディレクター……編集者か何かか? だから図書館に通っていたのか?



 Et dabo tibi "videre oculis veritatem".


 いや、読めないよ。さっきから思っていたけどお前英語じゃないな。フランス語か? イタリア語か? さっぱり分からない。



 Vale.


 もうローマ字読みをしてやるよ。ヴァェ。発音が難しいな、ヴァェ。大きく息を吸い込んで、はい!


「ヴァァァァァェェェェェ」


 あれ、なんか空気が埃っぽいな。そして血の臭いがする。


「うわっ!」


 見知らぬ男の声がした。穴があったら埋まりたい気分だ。


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