遅いわ。
軽微なグロ表現があります
返り血が、俺を染めている。
鎧の上を滑り、服に染み込み、虹色に染める。しんしんと冷える。冷える。指先から、足先から、憂鬱と苦悩が染みてくる。筋に刃を入れる。押さえた死骸の血管から、凝固し始めた血が飛び出す。
『これが、殺すということだよ』
脳裏にそう囁く声がある。
そうか、これが……。
時は十数分ほど前に遡る。
「やった……のか……?」
ソレが体液を吹き出して動かなくなったとき、俺も同時に膝をついた。怪我はない。残念ながら、くっ……魔力が……的なあれでもない。
想像してみてほしい。
帰宅部で、握力で女子に負け、持久走はクラス最下位。カラオケのために鍛えた腹筋と背筋しか取り柄がないこの俺が、鎧を着込み、歌を歌いながら、鉄の棒を振り回した後にピンピンしていられるだろうか。(いや、ない。)
レザーアーマーは敏捷にマイナスがつかないからお薦めだとか言ったやつ、出てこい。着せてやるから。マフラー、手袋、コート→学ラン→カーディガン→ベスト→カッターシャツ→肌着→腹巻きの真冬コンボより重いから。なんならそこに剣道の胴もつけていいくらいだ。流石に言いすぎだ。一人ツッコミひとりボケは疲れた心に染み入る哀しさかな。
『革鎧は全然軽い方だよ』
無視しないでください。全然軽い、だなんて中学生みたいな言葉遣いをするんだな。
『まあね。……そうだ』
なんだ?
『魔法に興味はない?』
うーん、唐突だな。あれか、僕と契約して〜ってやつか?
『契約すると魔法が使えるの?』
……忘れてくれ。忘れてくれ。
『まあいいや、こいつの頭の中には核がある。それに触ると魔法が使えるようになるんだ』
へえ。それは面白そうだな。
『それは良かった……解体、頑張れよ』
えっ?
というわけで冒頭に戻るのだ。
うん、端折るのは良くないな。簡単に言うと、ヨレヨレの体で死体をかっさばき、魔法の核を探している。
切れない包丁で牛の筋を切ったときくらい辛い。手応えは消しゴムだが。俺魚もおろせないのに……まあこいつ骨ないけど……
ああ、由美ちゃん、肉切るのの下手だなって笑ってごめん。幼馴染といえど、言っていいことと悪いことがあったよ。『けっ、リア充かよ』そんなこと言っちゃいけません。
そういえば、筋肉だけっていうのも気持ち悪いな。皮に手応えがあるし、これは外殻か? 貧弱だな。外殻と筋肉って蟹みたいだ。いや蟹は違ったか? 海老か? わかんないや。『うるさい』うるさいって言う方がうるさいんだぞ。
えっと、開放血管系か閉鎖血管系か……うーん、これは果たして生物だろうか。めっちゃ虹色だし。なんで混ざってるのにこんなに虹色なんだ? あれ、三原色ってなんだっけ『赤と青と緑』それは光だ……
心の中で延々とつぶやきながら探していると、何か固い手応え。おや、と思って手を伸ばす。
肉をかき分けると、握りこぶしぐらいの無色透明な水晶のような石の中に、ゆらゆらと火が燃えている。綺麗だ。虹色の血にまみれても汚されることなく輝いている。俺は魔法のことも何もかも全て忘れて、その冷たい表面に指を伸ばした。
『まだ触っちゃだめだ!』
遅いわ。
われは石のうへに手を置き、
石のうへに意識はなく、
目の前が真っ暗になった。
2018/03/03 改稿しました