歩きスマホ、ダメ絶対
俺はどこで間違えたんだろう。
某ライトノベルにハマり、SOS団を作ろうと言い出した阿呆を止められなかったときか?
グループへの招待を受けてしまったときか?
メッセージを見るのに横断歩道でスマホを開いてしまったときか?
夕方に、たった一人でこの魔の交差点を渡ったときか?
そもそも真っ黒な学ランを着ているのが悪かったのか?
俺はいろいろな間違いを犯した。特にこのような状況に置かれているのはあの阿呆のせいだと思うので、阿呆を止められなかったことが一番の失敗だったのかもしれない。
だだっ広い荒野だ。俺の目の前に広がっているのは。
超常現象は存在したんだ。だって今俺はそれを体感している。
アホだとか高二病だとか散々言ってごめん、村上靖。でも俺、さっきトラックに撥ねられちゃったからさ、多分もう謝れないや。某社の速いトラックに撥ねられると異世界であった。ははっ、笑えねぇ。なんて馬鹿馬鹿しい。
およそ日本ではありえない景色、西部劇の舞台のような景色の中で、ビル風のような強風が暴れまわっている。なんと呼ぶのか知らないが、あの干草が丸まったようなやつがころころ転がっていく。
それ以上にありえないのは俺の格好だ。一年半連れ添った相棒は跡形もなく消え去り、蝋の引かれた革の鎧、荒い木綿のズボン、膝までのブーツが、最初からそこにあったような顔をしている。そして、アレな話で申し訳ないのだが、その、感覚的に、たぶん、うん。察して欲しい。時代考証がしっかりしていることを称えたい。
アレな話ですっかり飛んでしまったが、俺の右手には剣がある。くすんだ銀色で、刃渡り60cm位の、いわばショートソードだ。そして、左手には盾がある。サークルシールドと呼ばれるような雰囲気のやつだ。これらが発泡スチロールのように軽かったら、俺はこれを夢であると断定していたが、両手のブツは残酷なリアリティでもって俺の筋肉を虐めている。
まあ何が言いたかったかというと、俺の出で立ちは冒険者そのものだ。勇者じゃない。だって木の棒じゃないし、布の服でもないから。ありえないだろ? 俺さっきまで学ラン着てたんだぜ?
さらにありえないのはこの状況である。
そういえば一昨日の英文法チェックテストで、「ケンタが目を覚ますと、彼は見知らぬ人に囲まれていた」なんて文が出たな。先生は「コレは一体どういう状況ですかねHAHAHA」とか言っていたが、今の俺はケンタを笑えない。
シュンスケが目を覚ますと、彼は広い荒野で見知らぬ人々と一緒にいた。あ、俺、戸張俊介といいます。どうぞよろしく。
俺の今の状況は、ケンタ以上に混沌としている。
俺と同じように冒険者のような格好をした人が、周りで倒れていたり、起き上がってきょろきょろしていたり、呆気にとられていたり、混乱して喚いていたり、幼稚園……いや、台風の日の動物園くらいカオスな状況である。
そしてあれだ、トラックに撥ねられた、見知らぬ場所、見知らぬ人々、手には武器、ときたら、
《……シイヨォ……》 《…ニィ……ハ…》
《ワス……デ……》 《……ハハ……ハ…》
《ウタ………タヲ…》 《This……e…ther……d》
ほら来た。主人公に敵対する(っぽい)謎の生物。
どうせ正体は人々の負の感情の塊とか言うんだろう。まあこいつは…負の感情にしてはあまりに鮮やかだが。21世紀初頭の、あの微妙な合成映像みたいな、絶妙な違和感を感じる。背景と世界観が違いすぎる。
あれを説明するのは難しそうだが、ちょっとやってみよう。
悪夢の名残の、あの鮮烈な印象だけを煮込んだような、綺麗だけど心の底がぞわぞわするような色をしている。大きさは2mちょいぐらいかな? 形容しがたい生物のようなものに、人の顔が現れては消える。現れる顔は全部目を閉じていて、何か一言だけ呟いて消え、塗りつぶすようにまた顔がでる。
なんか棒が出てるな……あれはなんだ?
目を凝らしてみると、あれはたくさんの手足のようにみえる。うーん、気色悪い。そうだな、シルエットがマイルドになった千匹の仔山羊を某イカゲームで塗りつぶしたような感じだ。うん、我ながらいい例えだ。
にゅっと手が出る、足が出る、顔がでしゃばる。あの生物はざわざわとうごめくそれらによって前に進んでいるようだった。地面側の顔は引きずられて痛かろう。きっと皮膚がズルズルだ。
混乱していた人々は段々と動きを止めて、その生物を見た。色のないがらくただ、とつぶやいた人がいた。足の早い化鼠だと言った人がいた。どうやら人によって見えるものが違うようだ。なんというテンプレート。俺と同じように見えてるやつがいたら将来のお嫁さんなんだろ? 俺知ってるからな。
そんなことを言っている間に、あの生物の近くにいた、一人の無謀な青年が右手の棍棒でそれを……突いた。
2018/03/03 改稿しました