かくして人は滅びぬ
「リアノさん、僕は世界中の人間を滅ぼそうと思います」
目の前の、少年のようななりをした少女がそう云ったとき、私は別に驚くこともしなかった。
実際彼女は人間を滅ぼす三つの鍵のうちの二つを手に入れているわけだし、最後の一つだっていつでも使える状態にある。むしろ千年以上その状態で、今の今まで滅ぼすという結論に至らなかったのが不思議なくらいだ。
彼女はようやく、人の世界を見続けるのに疲れ果てたのだ。五十何回の人生を知って、ようやくだ。馬鹿馬鹿しいくらい気の長いやつ。
私は彼女の目を見た。初めて会ったとき、彼女はまだ成人もしていないような子供だった。初めてこの場所に来た驚きと喜びで淡い青灰色の目を精一杯に開いていた。
今、彼女は無気力な黒い目で私を見ている。どんな本ももう彼女の心を震わせることはない。あんなに輝いていた彼女の目には、今やどんな呪いもかなわないくらいの深い影が落ちていた。
「……そう。じゃあ、滅ぼしておいで」
彼女は一瞬、彼女の後ろで本を読んでいる少年を見た。私が名前を呼んでやると、少年は顔を上げて太陽のように笑った。小さく手を振って少女のほうに向き直る。
「……良いのですか」
彼が死んでも、と続ける彼女に、
「何を、今更……」
私はくるりと椅子を回した。
「レオナは人間なのに、長く生きすぎたの。この世界も……」
少女──レオナは、乾いた笑い声をあげた。
「そうか、そういえば、僕も人間でしたね」
そうだった、そうだったと繰り返すレオナ。私はまた椅子を回して彼女に向き直り、昔使っていた弓と矢を返す。レオナは虚をつかれたような顔をして、私を見た。
「ついで、だからね。淋しさの獣を、片付けていって」
彼女はは弓の重さを確かめるように握って、軽く引いた。そのまま、独り言のように云う。
「……人を滅ぼすまで、毎日手紙をおくります」
「わかった」
彼女はその言葉に笑うように吐息を吐いて、椅子を引き、席を立った。古い別れの言葉を囁いて、扉から出ていった。
彼女は二度と帰ってこなかった。不思議な魔法を数多く使う彼女は、どんな魔法を使ったか知らないが、毎日私の机の上に手紙を置いていった。手紙が途切れた日、館内の人が全て息絶えた。
館内に残ったのは、私だけ。
私は世界図書館副館長、歴史を守るのが私の務めである。
2018/03/03 改稿しました