第2章2 【フルスロットル】
「ちょっと飛ばしすぎなんじゃねえのか」
ベンチに向かって歩いてる途中、南雲さんが近づいてきた。マスクを外し、額の汗を拭っている。
「自分でもおかしいなと思うぐら良い球がいってます」
「気持ちは分からなくもないが、まだシーズンが始まったばっかりだぞ。今飛ばしすぎて夏場にへたってしまったら元も子もないぞ。でもいい真っ直ぐだ。お前の長所はこれだよ。それを生かせなかったキャッチャーが悪い。そのせいで10年も回り道させられたんだから、お前怒っていいぞ。対戦するときはぶつけても俺が許す」
「そんなぶっそうな」
ベンチで出迎えたナインやコーチとハイタッチをして、1番奥に座った。南雲さんも「よっこらっしょっと」と隣に腰掛けた。
「今日の調子だと勝負どころでミスらなきゃ大丈夫だろ。正直試合前は心配だったんだけど、お前自信持って投げられるんだな。プロだとなよなよして投げてたから、怪物は何かやばいものに取り憑かれたんじゃないかって思ってたんだよ」
「それを思い出させてくれたのは日下部なんですけどね」
「ああ、噂で聞いたよ。日下部も白石もだが、ずっと野球しかやってこなかったって奴らみんな不器用なんだよ。感情を人に伝えるのが苦手なんだよ。野球しかできないからな。バットや投球で人の心を動かすことしかできねえ。あいつとお前の勝負も、あいつなりの激励だ。これは予想だが、そんときの日下部と、さっきのマウンド上のお前は同じ表情をしてたと思うぞ」
12月、日下部と対戦したとき、彼は心底楽しんでいた。俺もそういった気持ちはあったが、それ以上に不安や、勝たなければならないという執着心の方が強かった。結果、変に力んで打たれた。しかし、今日の2球目から3アウトを取るまで、俺は純粋に投球を楽しんでいた。打てるものなら打ってみろとすら思った場面もあった。
「せっかくプロ野球選手になったんだから楽しもうぜ」と言いたかったのだろうか。
「まあ、さっきも言ったが、俺らが野球をして誰かの心を動かせるっていうのは幸せなことだよな。受けてやるよ」
南雲さんが立ち上がった。ふと気づくと、こちらの攻撃が2アウトになっていた。俺はボールを手に持ち、ベンチ前へと出た。
「少なくとも高校時代のお前は日本中の人の心を揺さぶったんだ。1回できたんだから、今でもできる。お前はここにいるべき投手じゃねえんだよ」
キャッチボールをしながらも、南雲さんは話し続けた。
「俺を信じろ。舞台袖までなら案内してやる。とりあえず今日だ。ノルマの6回まで無失点で抑えるぞ」
「もちろんです。絶対に上で活躍して見せます」
今までの周りを気にしすぎて、自分の投球というものを突き詰められなかった。しかし仙台へ移籍してから、自分とは何かということを冷静に考えられたと思う。
10球ほどキャッチボールをしたところで攻守交代となった。再びマウンドへと歩きだす。
「1つ聞きたいんですけど」
並んで歩く南雲さんに声をかけた。
「俺を買ってくれているのはありがたいんですけど、なんでですか?」
「そりゃあな」南雲さんが白い歯を見せた。
「俺もお前のピッチングに心を揺さぶられた人の内の1人だったからだ。甲子園の映像を見たときに、この広瀬豪也の球を受けてみたいって思ったんだ。後にも先にも、年下の投手で受けてみたいってワクワクしたのはお前だけだったんだ」
「ということは」
「まああれだ」南雲さんは恥ずかしそうに鼻筋を掻いた。
「今日は俺の夢が叶った日だな。いつか2人で上で組むぞ。そのためにはこの回しっかりな」
南雲さんは俺の背中をポンっと叩き駆けていった。