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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章1  【ストレート】

 自分の歩幅に合わせてマウンドの土を足で掘る。背中を丸め、ロージンバックに手を伸ばす。一握りして、地面に落とし、右手で帽子のつばをつかんでグイッと下げる。


 俺にとっての開幕戦はチームにとってシーズン4戦目だった。広瀬が投げる、と平日の昼間であるのにマニアックなファンが集まっているのか、普段より観客が多い気がする。


 「オリオンズの先発ピッチャーは広瀬。背番号51」


 ウグイス嬢の声が球場に響くと、まばらな拍手が起こった。華やかさも注目度もない、2軍のマウンドに俺は立っている。


 12月の合同自主トレーニングで日下部と対決をしてから、自分では納得のいくオフを過ごせた。年明けまでは下半身を強くするトレーニングを中心に、高校時代のフォームを取り戻すことに重きを置いていた。キャンプインしてから本格的にボールを投げ始めると、さらに手応えを感じた。実際にオープン戦では3試合に登板して合計15回4失点。結果としては上々だ。


 それでも開幕1軍、先発ローテーションに入れないのがプロの世界だ。


 プロ野球は高校野球のように1発勝負のものではない。143試合、長い長いペナントレースを戦い抜く。最初の1軍登録メンバーだけで乗り切るのは不可能だ。疲れが出たり、不調になる選手は絶対に出てくる。その時に声がかかるように、今は2軍で結果を残すしかない。


「今日はとにかく直球で押していこう」


 試合前、相方の南雲さんにそう言われた。37歳のベテランでこの球団を含め、3球団を渡り歩いた経験豊富の捕手だ。大学卒業後、福岡でプロ生活をスタートすると、入団2年目でレギュラーに定着。移籍した横浜でも長年正捕手として君臨してきたが、若手の台頭で年々出場機会が減っていった。「引退してコーチに」との球団の要請を断り、去年仙台へとやってきた。


 仙台では指導役の立場でチームを引っ張っている。レギュラーではないが、若手捕手の相談に乗ったり、投手には自身の経験からアドバイスをしたりしてる。


 マウンドから南雲さんを見る。サインはもちろん直球だった。直球はその日のバロメーター。直球が良ければ変化球も生きてくる。


 ゆっくり両手を頭上に掲げる。今年の広瀬豪也は違うぞと知らしめてやる。


 全身を使い、そしてできる限り身体を大きく使う。重心は低く、右足でプレートを思いっきり蹴る。


 なるべく身体の前でボールを放す。スーッと糸をはくようにボールが南雲さんに向かっていく。


 「ストライーク!」

 審判の手が上がった。


 外角低めに決まった。先頭打者の初球では手は出せない。自分の感覚でも145㌔は出ていたと思う。


 ボールを受けた南雲さんは立ち上がり、うんうんと頷きながら返球した。「よし」と肩の力が抜けた。


 まずはこの試合、まずはこの回、まずは先頭打者、まずは1球。1つ1つ丁寧にこなしていけばいい。最初の関門はクリアだ。


 2球目のサインも直球。南雲さんは左打者の膝元に構えた。右投手の俺にとって、そこは対角線上のコース。そこを思うように使えるようになれば、1軍でも通用する。


 サインに頷き、息を深く吐く。配球は南雲さんを信用すればいい。後は構えたコースに、ミット目がけて思いっきり腕を振るだけだ。


「ストライーク」


 審判の声が乾いた捕球音と共に響いた。またしてもドンピシャ。球速もさきほどより上がった気がした。


 これで2ストライク。相手を追い込んだ。1球2球遊んでもいいところだが、ここは3球三振で勢いをつけたい。だとすると、今の俺の決め球はスライダー。打者の膝元からさらにグイッと曲げれば、空振りを取れるはずだ。


 しかし南雲さんは俺以上に強気だった。出したサインは直球だった。今日はこれでいけると思ったのだろう。そして俺自身も2球投げたことで、直球に対しての自信が芽生えてきた。2軍で通用しなければそこまでだ。ならばここは押して押しまくるしかない。


 南雲さんは中腰の姿勢。高めの直球は打者にとって浮き上がるように見える。威力のない球は長打になりやすいが、ちゃんと投げれば、打ちづらく、また思わずバットが出てしまう。


 振りかぶる。南雲さんのミットから目を放さず、指先に集中してボールに精一杯回転をかける。


 腕を振りすぎてしまったのか、頭がぶれてしまったのか、咄嗟に分からなかったが、帽子のつばが下がり、視野を遮った。打球が飛んだら、見えなくてまずいと思ったが、拍手と歓声で打ち取ったのが分かった。南雲さんのミットにボールが収まっていること、相手打者の体勢から思惑通りに空振り三振に仕留められたのだろう。


 ふとバックネット裏の電光掲示板に目がいった。球速は150㌔。試合中に球速ばかりを気にするのはよろしくないことだが、思わず右手でグラブをポンと叩いた。


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