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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第1章  新天地
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第1章6  【道しるべ】

「あれはしょうがないですよ。日下部さんのナイスバッティングです」


 白石が慰めるが、そんな言葉は響かなかった。これが今の俺の実力なのだ。真っ向勝負を挑んで勝てる相手ではなかった。しかも、高卒2年目の若手に気を遣われるのも癪だ。


「あの球を右方向のスタンドにたたき込めるのなんてプロでも1人しかいないですよ」


 白石は続ける。彼の気持ちは分かる。日下部との勝負で、俺は打者に立ち向かう気持ちを取り戻しつつあった。昔のように、打者をねじ伏せようという気迫。それを持って投げ、自分でも手応えを感じた。しかし、ねじ伏せられたのは俺の方だった。白石はこれで俺がまた自信を失ってしまうのではないかと心配しているのだろう。


「白石すまないが、少し黙っててくれ」


 タオルを頭に被り、俺は練習場の隅に腰を下ろした。


 分かってはいる。分かってはいるが、白石の言葉が煩わしい。同情されてどうこうというわけではない。プロは実力がすべて。毎年プロの世界に足を踏み入れる人たちがいる中で、同じ人数が去っていく。他人のことを考える暇があれば、自分の心配をするべきだ。白石だって結果を出さなければいつ首を切られるか分からないのだ。


「広瀬さん、でもこれだけは言わせてください。打たれはしましたけど、あの球は本物です。小さい頃、テレビで見た広瀬豪也そのものでした。気を落とさないでください。俺と高宮と広瀬さんでチームを引っ張りましょう。3人で40勝しましょうよ」


「黙れって言ってんだろ。人の心配する前に自分の心配をしろよ」


 思わず大声を出してしまい、場内が一斉に静まった。すぐに「すまん」と謝るが、白石は渋い顔のままで「じゃあ俺は練習に戻ります」と去っていった。


「おいおい、かわいい後輩をいじめるんじゃないよ」


 日下部が笑いながら、隣に座った。なんで日下部はいつも笑っているのだろうか。俺と勝負をしているときも顔をほころばせていた。このにやにやが気にくわない。


「お前と話す気なんてないよ」


「そんな寂しいこと言うなって。白石が言っていることは本当だ。これを見てみろよ」


 日下部が黒色のバットを差し出してきた。さっき使っていたものだろう。


「最後の球を打ったときに、バットにヒビが入ったんだよ。確かに芯を捉えたはずなのに。それなのに使い物にならなくなるのってなかなかないぞ」


「ヒビが入って逆方向のあそこまで飛ばすってお前は化け物だな」


「それは皮肉じゃなくて褒め言葉として受け取っておくよ。でもまああれだ。10年ぶりのフォームで投げて、これだけできたら十分だ。裏方さんがスピードガンでお前の球測ってたみたいなんだが最後が148㌔。この時期だったら文句ないだろ」


「お前も俺を慰めにきたのか?」


「いやそうじゃない。これはオリオンズの4番打者として言う。このフォームをシーズンまで固めろ。ちゃんと投げられるようになれば、1軍でもそれなりに通用する。大崩れはしないと思う。そして俺が打つ。そうすれば試合に勝てる。簡単なことだ」


「俺にはもうそれしか道は残ってないよ」


 今まで迷走を重ねてきたが、やっと道しるべができたような気がした。白石や日下部が言う通りだと信じるしかない。どっちにしろ後が短い野球人生だ。やるなら昔の自分らしく投げたい。それで散れるなら本望だ。


 今年はオフ返上で取り組むしかない。冬場はシーズンをケガなく過ごせる体力をつける。フォームも8割方仕上げ、2月のキャンプで自分の物にする。キャンプインまであと2カ月半。時間はない。


「さてと、俺も後輩をいじめるかな。将来のエースを泣かせるか」


 日下部が立ち上がり、白石を呼んだ。「次はお前と勝負だ」と肩を叩くと、白石は目を輝かせた。


「広瀬さん、敵を討ってきます」と意気込んだが、日下部は白石の投げる球すべてを芯で捉え、打ち返した。終盤には半分泣きながら投げていた姿は、しばらくチーム内で格好のネタにされた。


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