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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第3章  棒球の国より
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第3章21  【同じ空の下】

 煌々と照らしだす球場に目が一瞬眩む。肩に力が入り、抜こうにも抜けない状態だ。


「緊張するか?」


 マウンドへ登り、足元がフワフワしていると、日下部さんに声をかけられた。


「緊張しない訳ないですよ」


 思ったことを正直に告げると、日下部さんが「だよなー」と笑う。


「高卒ルーキーでこの時期でいきなり初登板だ。それだけ期待されているってことだし、別の角度で考えれば、それぐらい実力があるってことだ。若人らしく思いっきりいけよ。5点ぐらい取られても俺らが何とかしてやる」


 日下部さんがサードのポジションに入ろうと背中を向けたところで、再び振り返った。


「お前の尊敬する広瀬なら、腹立つぐらいふてぶてしくマウンドに立ってるぞ。荻窪もそれぐらいの方がちょうどいいかもよ」


 開幕から6戦目。最初の3連戦はビジターの福岡だったので、仙台の人たちにとってこれが本拠地開幕カードとなった。北海道との3戦目に僕が抜てきされてしまった。


 確かにキャンプは全力でアピールできるように準備をして入ったし、オープン戦もなんとかこなせた。開幕は2軍で、夏の初めあたりにデビューできたらいいなと思っていた。まさかこんなに早く1軍デビューできるとは。でも早いに越したことはない。与えられたチャンスをものにしてやる。


 と、意気込んだはものの、マウンドに立つと足の震えが止まらなかった。高校野球とは違う雰囲気。ナイターということもあり、満員の甲子園とはまた違った感じだ。


 そんな状況で日下部さんが声をかけてくれた。「5点ぐらい何とかしてやる」というのも説得力がありすぎる。肩の力がすっと抜けた気がした。


 広瀬さんは2週間前に台湾デビューをしたらしい。台湾のプロ野球は日本より早く開幕。そしていきなり完封を成し遂げるのもさすがすぎる。そこからもう2試合投げて3連勝。圧倒的な投球をしているようだ。


 もちろん憧れの投手の様子は動画で見た。躍動感のあるフォームから繰り出されるキレのある速球。あれを僕も投げたい。


「ぶっちゃけ今日は結果なんか後回しだ。お前の持ち味を存分に発揮させよう。細かいコントロールも後回しだ。真っ直ぐでどんどん押していくぞ」


 投球練習を終えると、捕手の藤島さんがマウンドに駆け寄ってきた。ミットを口元で覆い、今日の方針を改めて伝えてきた。試合前のブルペンでも同じことを打ち合わせ済みなのだが、念を押してくるあたり、そこを徹底させたいとのことだろう。


 思い切りやってみよう。


 サインに頷く。もちろんストレートだった。ふーっと深呼吸をして、大きく振りかぶる。本気のプロにどこまで通用するだろう。長いプロ人生を送りたい。そのための記念すべき最初の1球だ。


「あ」


 力みすぎた。左打者の外角低めを狙ったが、球がうわずった。真ん中高めにボールが行く。甘い。


鋭くバットを振り抜き、右翼スタンドに運ばれた。


「まじか。打ち損じはないってか」


 甘い1球を見事に打ち抜かれた。高校までは多少コースが甘くなっても、力で押し込めたし、打ち損じも多かった。だがプロは見逃さない。とんでもない世界に来てしまったのかもしれない。


 呆然とダイヤモンドを回る選手を見る。いきなりやられた。先が思いやられる。


「荻窪、口開いてんぞ。いきなり派手にやられたな」


 打者がホームインし、日下部さんがすかさずマウンドにやってきた。笑いを堪えてるのがひしひしと伝わる。


 日下部さんを筆頭に、内野陣がマウンドに集まる。いきなりタイムを取られた。


「すみません」


 頭を下げようとすると藤島さんに背中を叩かれる。


「謝んな。気にするなって言っただろ。俺は真っ直ぐでいけると思ったから、思い切りやれって言ったんだ。これも経験だ。ルーキーの尻ぬぐいは先輩たちに任せろ」


 藤島さんがフォローをしてくれる。なんてありがたい人なんだと思っていると、一言付け加えられる。


「まあデビューのファーストピッチでホームラン打たれる奴は見たことないけどな」


「アメリカニモ、イナイネ」


 モーリスさんが余計な一言を発し、日下部さんが吹き出す。それに釣られて、僕以外のメンバーが堪え切れずに笑ってしまう。口元まで覆っていたグラブを顔まで上げて隠し、笑い声を必死に抑えている。


「モーリス日本語のヒヤリング上達したな」


「バカ、カメラに抜かれるだろ。ほら、散れ」


 と、藤島さんが一言注意をするが、当の本人も顔がにやついている。回れ右をして足早にホームに戻った。


 なんて賑やかな人たちなんだ、と思う。試合中であるのにこんなにリラックスをして臨んでいる。


 日下部さんも、モーリスさんもだからあんなに活躍できるのだろうか。高校時代、監督に「お前は真面目すぎる」と言われたことがある。もう少し気持ちの余裕を持てということなのだろうか。


 藤島さんが再びストレートのサインを出した。2番の右打者。攻め方は変わらない。


 また大きく振りかぶって投げる。今度こそ外角低めに決まった。147㌔。よし、と心の中で呟く。


「それでいいぞ」


 藤島さんからの返球を受け取り、すぐに構える。サインに頷き、直球を投げ込む。


 さっきと同じ所に決まり、2ストライク。藤島さんは3球勝負でいきたいらしい。


 全力で、かつ力みすぎず。絶妙なバランスで投げる。ホームランを打たれたところと同じコース。真ん中高めに狙って投げる。


 思っていた以上に球が伸びた感覚があった。打者が振ったバットはボールの遥か下を振り、空振り三振。プロ初アウトを三振で取れた。


「できんじゃねえか」


 サードを守る日下部さんがグラブをポンポンと叩いた。三振に取ったボールが捕手の藤島さんから、ファーストのモーリス、セカンドの橋本さん、ショート浪川さん、日下部さんと回る。


「あと全部三振で頼むな」


「それは絶対無理です」


 ボールを受け取りながら、日下部さんからの要求に苦笑する。


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