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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第3章  棒球の国より
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第3章19  【眠れる獅子】

 4番打者を力のないサードゴロに打ち取り、ファーストへ送球されたのを確認して、グラブをポンっと叩く。これで5イニング目を切り抜けた。ここまで被安打2、三振6で無失点。文句ない投球を続けられている。


 しかし、打線の援護はなく0対0の試合展開。援護点をもらえるまでは粘り強く投げていくしかない。


 ベンチへ向かう道中、ナインとハイタッチする。「やるじゃないか」と感心したような表情をされる。まだまだこれからだよ、と中国語で返す。


「お疲れ様です。絶好調ですね」


 ベンチの1番奥の座席に座ると、ミーリンがやってきた。その隣には投手コーチの姿もある。


「特に疲れとかなければこの回も行ってもらいたい。点が取られるまでは交代させるつもりはないから、そのつもりで」


 投手コーチからの言葉をミーリン経由で聞く。ペットボトルに入ったスポーツドリンクを口にしながら頷く。


「行きます。最後まで行くつもりです」


 俺の意思を聞いた投手コーチが「OK」と手を叩いた。台湾デビュー戦。今日はこのマウンドを譲る訳にはいかない。


「そろそろ先制点がほしいですね」


 ミーリンが眉を下げる。7回を終了してこちらは7安打で無失点。得点圏までランナーが進むことも多いが、あと1本が出ない。ましてや不動の4番ジェンフは開幕戦からまだヒット0。ジェンフの「開幕」は遠い。


 7回裏となるこの回は1番から始まる好打順。先頭が四球で出て、バントで送るも、3番打者が一塁方向へのファールフライ。2死二塁というところでジェンフに打席が回ってきた。


 俺は次の回の投球に備えて、キャッチボールを行うためにベンチを出た。ネクストバッターサークルから打席に向かうジェンフを見る。表情が強ばっていた。やはり焦りなのだろう。そしてさらに同点の終盤でチャンスという状況もその緊張感を助長させている。


 初球、外角低めの緩い変化球に空振り。完全なボール球を強引に振りにいった。


 続く2球目は内角甘めのストレートを見逃し。あっという間に追い込まれた。内容も悪い。4番打者としての風格や威圧感が全く感じられない。


 それでも応援団から精いっぱいの声援が送られる。勝利を信じ、主砲の復活を信じ、懸命に声を出す。


 相手右腕がセットポジションの体勢から投球動作に入る。しなやかに振られた腕から放たれた直球に、ジェンフのバットは空を切った。


 球場からは落胆の空気に包まれる。期待に応えられなかったジェンフは何やら言葉を発して、ヘルメットを地面に叩きつけた。自分自身に腹を立てているのが表情で分かる。唇を噛みしめて、バッティンググローブや防具を外し、ボールボーイに預けている。


 援護がもらえない。だからと言って腐る訳でもない。俺は俺で、自分の投球をするのみ。0点で抑え続ければ負けることはない。


「すみません」


 投球練習のため、足場を均していると、ジェンフが一言日本語で声をかけてきた。立ち止まることなく、そのまま守備位置のセンターまで走っていった。


「気にすんなよ」


 ジェンフの背中へ語りかけるが、聞こえているのかは分からない。ロージンバックに手を伸ばし、投球練習を始める。


 まだチャンスはある。チームメートたちにそれを分かってもらいたい。俺はまだまだ行ける。だから頼んだ、とプレーで体現するしかない。


 8イニング目にさしかかり、疲労はないと言えば嘘になる。しかし、この停滞ムードを打ち破るために全力投球で抑える。


 先頭打者。初球に直球を投げ込む。151㌔。右打者の外角低めに決まり、1ストライクとなる。


 捕手のイェンフォンもこの1球で察してくれた。カウント取りにいったり、打者の目線をずらすために変化球を要求することはあったが、決め球はすべて直球だった。


 先頭打者を153㌔の直球で三振。続く打者も5球目の151㌔の直球で二塁ゴロと打ち取った。


 3人目の打者も2球で軽く追い込んだ。3球目はカーブで外し、1ボール2ストライク。誰もが次に直球を投げると思う状況だ。


 普段ならそこを簡単に直球でいかず、変化球で散らすのがセオリーだろう。だが、そこであえて直球を投げたい。すべてを察してくれているイェンフォンも俺を尊重してくれた。サインは直球。真ん中高めに思いっきり来いとミットを叩いている。


「ありがとう」


 心の中で呟きながら両手を高く上げる。ワインドアップから左足を上げ、まっすぐ立つ。スムーズに体重移動をして、全身で右腕を振り抜く。


 リリースも完璧だった。ボールの縫い目が指先にしっかりとかかり、バチンと放る。


 左打者の真ん中高めに向かった直球はバットにかすることもなく、イェンフォンのミットに収まった。


 158㌔。


 大歓声を背に、俺はセンター方向へ体を向ける。


「次はお前だぞ」


 守備についていたジェンフを見つめ、指をさす。


 打席のときに強ばっていたジェンフはもういなかった。言葉は交わさずとも、お互いの思いは伝わった。


「任せろ」


 ジェンフは右手で拳をつくり、自らの胸を2回叩いて見せた。


長らく更新を止めてしまって申し訳ありませんでした。

また読んでいただけたら嬉しいです。

今後は週2~3回で投稿していく予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] いっぱいまってた
[一言] 更新ありがとうございます また読み返して来ます
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