第3章17 【開幕】
「すごい熱気ですね」
球場の独特な雰囲気に圧倒される。同じ野球というスポーツだが、日本と台湾でこうも違うのか。
台湾リーグ開幕戦。本拠地の桃園で行われる。2万人の収容人数を誇る球場はベアーズファンで満員だ。チアリーダーたちがベンチの上で応援の指揮を執るのも日本では見られない光景だ。
スターティングメンバーが発表されて、しばらく経ち、一連の開幕セレモニーが終わった中、今か今かと待ちわびるファンの期待が球場を包む。
そんな様子を俺はバックネット裏後方の小部屋から眺める。2カード目の1戦目、チームにとっては開幕4戦目が俺の台湾デビュー戦となる。間に移動日があり、あと4日あるとのことで、俺は1軍登録されてはなく、当たり前だがベンチに入ることはできない。あらかじめ「棒球」の雰囲気、また本拠地の空気感を知っておいたほうがいい、とのリン監督の判断で、球場で観戦することになった。
俺の初登板はビジターとなる台中マンモス戦。桃園で投げるのはその1週間後の予定だ。
「台湾の球場はどうですか?」
隣に座っているミーリンが顔をのぞき込んできた。日本から台湾へ戻り、オープン戦で登板する機会があったが、ここまでの観客は入っていなかったそれも内野席、外野席関係なく、ファンたちが声援を送っている。ホームゲームではかなり後押しされそうだ。逆に他球場でも似たような状態であれば、かなり投げづらい。
「想像以上に良い雰囲気です。早く自分もここで投げたいですよ」
「桃園のお客さんたちは台湾一熱狂的ですよ。広瀬さんもいっぱい応援してくれると思います」
「そうだといいんですけどね」
ミーリンと他愛もない会話をしていると、男性のスタジアムDJの声が轟き、球場がヒートアップした。
選手の名前がコールされたあと、1人ずつボールをスタンドに投げ入れながら、各々の守備位置へと駆けていく。
「ピッチャー、ジェン・ジーウェイ!!」
最後にジーウェイの名が呼ばれると、今日1番の声援が送られた。それを背後に三塁ベンチから飛び出した若きエースは早々にボールをスタンドへ投げ終え、マウンドへ向かった。
「オープン戦の時から気合い入ってたけど、公式戦となるともっと気迫がこもってますね」
鬼の形相。普段からそう呼ぶのにピッタリなジーウェイの表情だが、いつも以上に目に力がこもっている。心の底から何かに対して怒っているようにも見えるが、決してそうではないことは知っている。
台湾の有名な女優の始球式の際もジーウェイは表情を変えず。華やかに投球する女優との対比がおかしく見えるほどだ。始球式が終わり、そんな表情で握手で女優と握手をするのだから、彼女も困惑していた。
投球練習も全力投球。毎度毎度そんなんでイニングを食えるのか不安になる。
「プレイボール」
台湾野球のシーズンが開幕した。
間髪入れずにジーウェイは投球動作に入る。左打者の外角に直球が決まる。速い。打者は見送ったが、手が出なかったように見えた
「158キロ」
球速表示を見たミーリンが目を丸くする。ジーウェイの自己最速でもあり、台湾球界の最速タイ記録でもある。
いきなりの速球に球場が感嘆の声で埋まる。当の本人はスコアボードに表示された球速に目もくれず、すぐに第2球を投じる。
ど真ん中だったが、打者は空振り。咄嗟にスコアボードを見る。ボールが火を噴きながら右から左へと移動し、159キロと表示された。これまでは淡々と示すだけだったが、記録更新で特別な演出がされていた。
歴史の目撃者となった観客たちはさらに盛り上がった。異様な雰囲気にジーウェイは気づいたのか、スコアボードを一瞥し、すぐに捕手へ向き直す。
「まさか」
変な予感がする。足を高々と上げるジーウェイに集中する。真ん中高めのボール球だったが、打者は空振り。三球三振に仕留めた。
「160キロ」
こいつはバケモノだ。と思わず笑みがこぼれる。




