第3章14 【豪腕】
ジェンフの先頭打者本塁打でベアーズは先制。しかし後に続くことができず、初回の攻撃は1点止まりだった。
「予言者、次も頼むよ」
ミーリン経由でジェンフなりの礼を受ける。
「予言なんかなくても打てるだろ?」
「まあね」
ジェンフは口角を上げながら、自らの守備位置であるセンターへと駆けだしていった。冗談ではない。自信を持って発した言葉のように見えた。より高いレベルで野球をしてみたい、と常日頃から考えているジェンフ。こんなところで打てなければそれまでの選手だと思っているのだろう。
「もう1人の自信満々な男の登場ですよ」
ミーリンがマウンドへと視線をやる。シーズン前の練習試合ではあるが、鬼の形相で足場を均すジーウェイの姿がある。
身長197㌢、体重82㌔。ほっそりとした体格でマウンドに佇む姿は棒のようだ。
「ひょろいな」
と観客の多くは思うだろう。実際、俺も桃園の空港で初めてジーウェイに会ったときは同じようなことを思った。そして再び以前の俺のように、これから見るジーウェイの投球に驚かされるだろう。
ノーワインドアップの体勢。左足を1歩引いた後、三塁方向へ体を向けながら、左足を上げる。背筋を丸め、足を高く上げる独特のフォームだ。そのまま横手気味に腕を振り抜く。
決してきれいな投球フォームではない。が、糸を引くような直球が繰り出されて「ドスン」と地に響くような捕球音がする。
「なんだこの投手は」
「速くね?」
「何者だよこいつは」
球場全体がどよめく。それを聞いて、したり顔をしながらジーウェイは捕手からの返球を受け取る。
「やっぱり気合い入ってますね」
ミーリンが嬉しそうに手を叩く。1球投げたことで、調子がいいことが分かり、ホッとしたのだろう。ミーリンとジーウェイは幼なじみ。昔からこのようにして彼の投球を見守ってきたのだろう。
当のジーウェイは黙々と全力投球を続ける。まだ投球練習ではあるが、お構いなしだ。変化球を投げることもなく、淡々と直球のみだ。打撃に備える埼玉の選手たちは困惑した表情を浮かべている。
ジーウェイの投球を受けた捕手が二塁に送球をしたところで、先頭打者が左打席に入った。遊撃手から二塁手、そして三塁手から一塁手へとボールが回されたところで、ジーウェイにボールが戻る。
ジーウェイは、マウンド後方に置かれたロージンバックに手を伸ばし、帽子を深く被り直す。ふーっと息を吐いて、捕手を見つめる。
「プレイ」
審判の右手が挙がると同時にジーウェイは首を縦に振る。
「ストライク」
左打者の外角低めに直球が決まる。150キロは優に超えているだろう。相手打者は反応すらできなかった。
ボールが返されると、ジーウェイはすぐにプレートにつき、構える。サインに1発で頷き、テンポよく投球動作に入る。
「OKOK」
ミーリンがうんうんと納得の表情を浮かべる。再び外角低めに直球。バットは空を切った。
間髪を入れずにジーウェイは腕を振る。「ちぎって投げる」という言葉がピッタリな印象だが、相当な速さの直球がホームベースへと向かう。
「速い」
「速い」
俺とミーリンは同時に呟く。
高めのつり球に引っかかって3球三振に打ち取った。
「今のかなり速くないですか?」
「昨日の広瀬さんよりは速いのは間違いないですね」
「いつの間にそんなに毒づくようになったんですか?」
「冗談ですよ」とミーリンは舌を出すが、すぐに真面目な表情へと戻る。
「球場の球速表示はされてないので、バックネット裏で記録しているスコアラーさんにあとで聞かないと分からないですけど。でも150キロ後半は確実、もしかしたら、って感じですかね」
「俺もそう思います」
ジーウェイは、キャンプの序盤から普通では考えられない球速を叩き出していた。だが、ここ数週間で1番良い球だったのは確かだ。すぐに確認できないのが悔やまれる。
「ちなみに台湾人で最速は何キロなんですか?」
「158キロですよ。去年のジーウェイが記録を塗り替えました」
「もしかしたら今年大台に行くかもしれないですね」
160キロ。これほどの直球を投げる投手は世界でも限られる。そんな世界最高峰の境地にジーウェイなら辿り着けるかもしれない。
そんな期待を台湾の豪腕にかける。仲間として、一投手として、彼がどこまで成長していくのか、楽しみで仕方ない。
歓声で我に返る。2番打者のバットをへし折り、ボテボテの打球を一塁手が捕球して、そのままベースを踏んだ。
「絶好調だな」
「広瀬さん、でもここからですよ。この3番バッター、すごいです」
ミーリンが唇を噛む。確かに、ジーウェイの事ばかり考えていたせいで、相手の存在が頭から抜けていた。
打席に入る前に、素振りを続ける若きスラッガーに目をやる。
「3番、ショート、西郷。背番号7」




