第3章12 【ダークホース】
「今日のピッチングを一言で表すとどうですか?」
試合後が終わり、着替えを済ませ、バスに乗り込もうとしたとき、記者たちに囲まれた。主に埼玉を担当しているのだろうが、相手が日本人であれば、話を聞いておこうということなのだろう。数メートル先にはリン監督も同じように取材を受けていた。
「80点ぐらいですかね。今季初実戦と考えれば悪くはないです。でもこれが自分のマックスかと言うと、そこまでまだ達していないです」
思ったことを正直に口にする。埼玉との練習試合は3イニングを投げて被安打1で無失点。三振は4つ奪った。
「あんな投球で80点だなんて謙虚だねえ」
俺を囲むようにできている輪の後方から声が聞こえた。誰だと思って目を凝らすと見覚えのある顔が見えた。
「いやいや本当ですよ。向こうもきっちり仕上げてきたら簡単に抑えられないですよ。それは大西さんこそ分かっているでしょ」
「まあね」
「でも大西さんなんでこんなところにいるんですか? タイタンズも今日試合あるでしょ?」
「それに気づくかあ」
大西晃が右手に握ったボールペンで頭を掻いた。野球記者歴30年の大ベテランだ。新聞記者として長いこと東京タイタンズを担当している。俺がプロ入りしたときからオリオンズに移籍をするまで、たびたび顔を合わせていた。
「去年のシーズン後に退職したんだよ。今年からはフリーのライターだ。だから自分の気になった現場に自由に行けるってことよ」
「それは俺目当て? それとも西郷くん目当て?」
その言葉を発した瞬間、後悔した。俺と大西さんの会話を静かに聞いていた記者たちの目が一斉に鋭くなった、気がした。
「大西さん、雑談はそれくらいにして、僕たちにも取材させてくださいよ」
他社の若手記者が懇願すると、大西さんは「すまんすまん」と手を挙げた。
「広瀬さん。西郷と対戦した印象はどうでしたか?」
案の定、今季注目ルーキーの話を振られた。
「素晴らしいスイングを持ってますね。日下部みたいな選手になるんじゃないですか? 期待したいです」
「今日は1打席しか対戦がなくて、三振だったわけだけども、次も抑えられる自信は?」
大西さんが再び声を発する。
「次、というか、自分は台湾の球団所属なので。他国の選手にそこまで感情移入はしないですよ」
「そんな冷たいこと言わないでよ」
「いやいや、そこまで余裕がないんです。自分のことだけに集中したいというか。台湾野球もそんなに甘くないですからね」
記者たちの乾いた笑いに身を包まれた。「甘くないわけない」と鼻で笑う姿に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
実際俺も台湾に来た当初は記者たちと同じだった。日本よりはレベルが劣る。そう決めつけていた。しかし、ジーウェイやジェンフのように、ずば抜けた能力を持つ選手はいる。ベアーズという1つのチームで2人もいるわけで、他球団にもそういった選手は何人もいるだろう。俺がチームやファンから活躍を前提条件とされている中で、期待に応えるのは簡単なことではない。
「そろそろ移動の時間です。広瀬さん」
ミーリンがバスから降りてきた。いつの間にかリン監督の取材も終わっていたようで、外に立っているベアーズ関係者は俺だけになっていた。
「みなさん、明日には分かると思います。台湾も捨てたもんじゃないって」
「でも今日だって、広瀬が降りてからはダメだったじゃない。結果的に0―5で完封負けだし」
今日から主力が出始めたとはいえ、ジェンフは欠場していた。明日から試合に出る。そしてジーウェイも明日の先発マウンドに上る。
「まあ、まあ、見てて下さいよ」
怪訝な表情を浮かべる記者たちを横目にバスに乗り込んだ。車内中央の空いた席に腰を下ろす。
「ヒロセサン、アングリー、シテタネ」
隣の席にいたジーウェイが話かけてきた。普段の移動は彼が隣のことがほとんどだ。
「バレちゃったか」
「ヒドイコト、イワレマシタカ?」
心配そうに顔をのぞき込むジーウェイに中国語で「大丈夫」と返す。「明日の試合頑張れよ」と続けると、ジーウェイがサムアップをした。
ジーウェイ、そしてジェンフが日本球団相手にどこまでやれるか。本人たちにしてみれば、将来の野球人生において格好のアピールの場だ。気合いが入っているに違いない。真っ直ぐ車外の景色を見つめているジェンフを見て、心からそう思う。




