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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第3章  棒球の国より
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第3章7  【真っ向勝負】

 俺とチェン・ジェンフの対戦に多くの視線が集まっている。ファンやマスコミはもちろん、それぞれ身体を動かしていた選手たちや、仕事をしているスタッフたちも手を止めて、打撃練習を見守っている。


 帽子を取り、汗を拭う。2月の沖縄といえど、身体を動かせば汗ばむ。ましてや台湾一の打者を前だとなおさら力が入る。


 久しぶりの緊張感だ。打ち込まれれば、開幕投手争いから一歩後退してしまう。


 チェン・ジェンフが1度打席を外し、素振りをする。背番号1、陳建福の文字が見え隠れする。


 深呼吸をし、プレートを踏む。3回バットを振ったチェン・ジェンフが自分の間合いで打席に入り、構える。


 まるで実践のような雰囲気だった。単なる打撃練習では打者が打席を外れることなどない。1度間を空け、一気に集中力を高めたのだろう。彼はそれほど本気ということだ。ではこちらも相応の対応で応えなければ。


 振りかぶる。直球。狙いは外角低め。そこに全力で投げ込む。


 しかし、チェン・ジェンフのバットは全く動かなかった。審判役を兼ねるブルペン捕手が「ボール」と叫ぶ。


「マジかよ」


 マウンド脇に置かれたケースからボールを出しながら苦笑する。確かにボール球で異論はないが、ストライクゾーンからボール半個か1個分外れた際どいコースだった。それを完全に見切った。


 手が出なかったのか、出さなかったのか。どっちだ?


 3球目。今日初めて変化球を投げる。スライダー。内角低めを目がけて投げたが、高めに浮いた。


 チェン・ジェンフはそれを見逃さなかった。バットを鋭く振り抜き、右中間後方に打球が落ちた。


 やはり変化球の精度はまだまだだ。シーズンが始まる前に投げ込んでおく必要がある。


 4球目。2球目と同じコースに直球を狙う。さっきの疑問の答えを知りたい。打たれはしたが、3球目はそのための見せ球だった。


 次はストライクを。これまで以上に集中して投げる。結果、狙い通りのコースへ行った。


 チェン・ジェンフのバットが身体の内側からすっと出る。無駄がない。ボールを捉えると、逆らうことなく逆方向へ流した。


 強い打球が地を這う。芯で捉えられはしたが、ショートゴロだろう。


 5球目は今よりも少しボール気味に投げる。しかしバットは動かなかった。


 やはり見切っているのだと確信した。自分のストライクゾーンを完全に把握していて、ボール球には一切手を出さない。そしてゾーンに来た球はしっかり打ち返す。


 そんな打者は世界的に見てもほんの一握りしかいない。もしかしたらとんでもない打者と対峙しているのかも知れない。少なくとも俺が見た中で彼が2人目だ。日下部祐太。あいつと肩を並べるぐらいの打者が目の前にいる。


 身体の内から熱い何かがこみ上げてくる。俺に残された球数はあと5球。細かいコースは気にせず、真っ向勝負をしてみたくなった。


 6球目、7球目は真ん中高めの直球を当てられはしたが、いずれもチップ性で打球は真後ろに飛んでいった。


 一方で8、9球目と連続でライト前へ捉えられた。


 最後の一球。チェン・ジェンフは右手を挙げ、再び打席を外した。数回屈伸を行い、ブンブンとバットを振る。


 それを見て俺もプレートから足を外す。尻についたポケットに右手を入れ、中にしまっていたロージンバックを触る。


 ふと視線を下にやる。胸には「Bears」の文字、その下には俺の背番号の17がプリントされている。オリオンズに入った時もそうだったが、まだそのユニホームに違和感がある。時間が解決してくれるだろうが、一瞬「あれ?」と思ってしまう。そのたびに移籍したのだと実感するのだ。


 帽子を再び被り直す。プレートを踏んで、深く息を吸い、吐く。


 チェン・ジェンフを睨む。彼もどこか勝負を楽しんでいるのか、表情が明るかった。打席に入り、ベースの端をバットでトントンと叩く。構えるとその表情が一変し、こちらを睨み返してきた。


 今日最後の一球だ。リン監督にもそれなりにアピールはできただろう。今日一番の投球で締めたい。


 内角高めへ向けて精一杯腕を振る。チェン・ジェンフのバットがボールを迎え撃つ。


「バキッ」


 鈍い音が響く。折れたバットが三塁線へと飛んでいく。打球は二塁方向を転々としていった。


 チェン・ジェンフはヘルメットを脱ぎ、こちらへ一礼した。晴れ晴れとした表情へ戻り、笑顔も見えた。


 俺も帽子を取って応える。両者引き分けといったところだろうか。ここまでレベルの高い打者がいると思わず驚きはしたが、また対戦してみたい打者だ。


 マウンドを足で軽く均し、降りる。場内からは拍手が起こった。


 リン監督も満足げだった。主砲とエース候補のどちらも状態が悪くなく、安心しているのだろう。コーチと並んで移動するリン監督の足取りは軽い。


「お疲れ様です。ナイスピッチング」


 ベンチに座ると、ミーリンが隣へ来た。手にはスポーツドリンクが入ったペットボトルがあり、それを渡される。


「ジェンフさん相手だと気合い入りますよね。前の2人の時と雰囲気が全く違いましたよ」


「彼の打席に立つオーラがすごすぎて、こっちも負けられないなって思ったんですよね」


「同じチームなのにバチバチやってて、面白かったですよ」


 ミーリンが笑う。相変わらず美人だなと余計なことを考える。キャンプインして数日だが、日本でも美女がグラウンド内を行き来していると話題になっているらしい。宿舎で見たテレビ番組でミーリンが紹介されていた。


「2人の対戦を見て、燃えている人が1人いますよ。広瀬さんに負けたくないんでしょうね。見てて暑苦しいぐらい気合い入ってますよ」


 ミーリンがマウンドを指さす。その先には、鬼の形相で立つジーウェイの姿があった。


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