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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
37/61

第2章30  【杜の都から】

「どういうことですか」


 状況をうまく飲み込めない。自由契約?クビになったということか。


「形式的に自由契約にさせてもらうよ」


「育成契約ですか?」


 形式的という言葉が気になる。白石のように育成契約を新たに結び、選手登録枠を空けるということなのだろうか。


「いや、申し訳ないが、広瀬君にはチームから去ってもらうよ。それは変わらない」

「なら、どういうことですか」


 不愉快さを隠しきれない。森塚部長の言っている意味が分からない。


「球団の勝手な意向ですまない。だが、すでに君の次の所属先は決まってるんだ」


 頭の中にクエスチョンマークが絶え間なく出現する。森塚部長はトレードではなく、確かに自由契約と言った。自由契約なのに、所属先が決まっている。それじゃあ不自由契約だ。


「これは政治的な移籍になってしまうことは否めない。もちろん断ることもできるけど、断ったら本当の意味での自由契約になってしまうよ」

「納得できる自信はないですけど、説明はちゃんとしてください」

「そうだよね。まず君の来季の所属先から言わせてもらうよ」


 森塚部長が頭を軽く下げ、続けた。


「桃園ベアーズだ」


 聞いた事のない球団名だった。「とうえん」と言われて地名なのか、親会社の名前なのかすら分からない。独立リーグでもピンと来ない。


「ベアーズは台湾の球団だ。オリオンズと来季からパートナーシップ協定を結ぶことになる。台湾野球発展のためにスタッフを派遣したり、経営や育成のノウハウを伝えたりして友好を築きましょうという感じかな」

「それと私の自由契約とどういう関係が?」

「ベアーズは台湾でも強豪ではあるが、経営状態はよくはないみたいでね。売り上げアップのためにも、スター選手がほしいということらしい。いろいろと交渉をした結果、広瀬君に台湾でスターになってもらおうということだ」

「ということだ、と言われましても」


 こんなことを言われて納得する人はいない。球団のビジネスに選手が巻き込まれていいはずはない。


「向こうでの契約は1年。あとはオリオンズが買い戻すと約束するよ」

「1年契約が満了すれば、自由に他球団と契約できますよね?私がオリオンズと再契約する保証はないはずですが」


 俺は正論を投げつける。契約が終われば、フリーエージェントだ。オリオンズではない球団移籍することもあり得ることだし、何よりこの一件でオリオンズにはだいぶ不信感が生まれた。


「そのときには謝罪も込めて最大限の敬意を持って条件提示をさせてもらう。君が他球団に行こうとそれはそれで仕方がないことだよ。まあでも他球団はオリオンズ復帰を邪魔しないだろうとは思うけど」


 他球団に圧力をかけるつもりだ、と咄嗟に思った。選手たちの知らないところで何か大きな力が動いているのは確かだ。


「でもこれってプロ野球の規約違反では?」

「違反ギリギリというところかな。自由契約をする時点で、広瀬君の保有権はオリオンズにない。だから、君の好きなようにしていいのは確かだ」

「でもなんでこんなリスクのあることを?」


 疑問に思うことだ。圧力をかけたところで、戻ってくる保証があるわけではないのに、なぜ台湾に選手を送り込むのか。


「1つは、さっき言った通り、台湾野球発展と友好球団のためだ。少なくないお金が動いている訳だし、そっちにも誠意を見せないと」

「1つということは他にも?」

「見てみたいのだよ」


 森塚部長が顔を上げる。それまで俺をしっかり見つめて話しているばかりだったが、目線を天井に向け、何かを考えているようだった。


「台湾とはいえ、大エースとして君臨する広瀬君を見てみたいものだよ。野球ファンは皆、あの堂々とマウンドに立つ甲子園優勝投手をもう1度、目の当たりにしたいんだよ」

「それは私を口車に乗せようとしているだけですよね」

「まあそれもあるけどね」


 森塚部長は否定することなく笑う。


「でも嘘はついてないよ。我々の勝手な未来予想図だと、広瀬君が成長して戻ってきて、白石君も怪我が治って、常勝チームを作る。来年、広瀬君が戻りたくなるような魅力的なチームを作り上げるように頑張るよ」


 断ることもできると言っていたが、おそらく拒否権はないだろう。とりあえずは台湾へ渡り、野球をやるしか選択肢がない。


「それと1つ、広瀬君にとって朗報があるよ。もちろん活躍したらだけど」


 分かりました、と席を立った時に森塚部長に呼び止められる。


「来年の秋、日本と台湾のプロ野球代表チームが交流戦を行うことになった。日米野球ならぬ日台野球だ。台湾リーグ代表として広瀬君が日本代表に投げる可能性もある。ということは、日下部対広瀬という対決になったらみんな燃えるよねえ」


 ならば、オリオンズに野球で復讐をするしかない。台湾代表として日本代表に投げ勝つ。そのために練習を積み重ねるしかない。


「君の活躍を期待してるよ。また再会できることもね」


 森塚部長の声を背に、俺は球団事務所を出た。


 やってやる。やってやるしかない。2年連続の移籍、しかも今度は海外ときた。慣れない環境でうまくいかないことも出てくるだろうが、自分の球を信じて投げ続けるのみだ。


読んでいただきありがとうございます。次話から第3章【棒球の国より】がスタートします

お楽しみに!

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