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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章29  【静寂のボールパーク】

 車を球場まで走らせる。昨日、球団から呼び出しがかかったからだ。ドラフト会議の翌日ということで、契約更改にしては早すぎる。そもそも契約更改ならば、その旨を前もって伝えられるはずだ。


 嫌な予感しかしない。言い渡されるのはトレードか、戦力外通告か。


 トレード加入1年目。7勝7敗とはいえ、1軍に昇格してから先発ローテーションは守り抜いた。見切りをつけられるのは早すぎるのではないだろうか。


 放出でないとすればなんなんだ。頭がなかなか追いつかない。


 あと10分もすれば球場に到着する。事務所で編成部長と話をするまで15分といったところだ。普通であれば、15分などすぐに過ぎ去ってしまうのだが、今日は1分が、球場までの道のりが、とてつもなく長く感じる。


 気を紛らわせようと、ラジオをつける。ローカル番組のようで、ドラフト会議が話題になっている。


「来季のオリオンズは楽しみですね」


 女性パーソナリティが明るい調子で話す。昨日のドラフト特番と同じだなと思う。話すことはそれしかないのか。


「戦力の上積みはありますからね、私も若い奴らに負けないように頑張りたいと思います。期待しててください」


 聞き覚えのある声がスピーカー越しに聞こえる。「なんで」と1人で突っ込みを入れる。


「なんで南雲さんが出てるんだ」


 普段の歯に衣着せぬ話し方は封印して、丁寧に語っている。「外行き」の態度に思わず頬が緩む。


「南雲選手から見た来年のキーマンはずばり誰でしょうか?」


 パーソナリティが尋ねる。南雲さんならば「私です」と言う程の度胸は持ってる。


「私です」

「ほんとですか」


 パーソナリティが楽しげに笑う。予想外の言葉だっただろうが、こちらからしてみれば予想どおりで、こちらも声が漏れる。


「というのは冗談で」


 南雲さんが照れくさそうに続ける。


「まあ実際問題は広瀬でしょう。彼ならもっとやれますよ」

「ほう、広瀬選手ですか!」

「去年移籍してきて、高校時代の片鱗が見られてきましたよ。これから脂の乗ってくる歳になりますし、期待です。彼がもうひと伸びしてくれれば、チームとしてはかなりのプラスになります」

「なるほどー」


 女性パーソナリティが間延びした声を出す。日下部だとかモーリスだとか、高宮をキーマンと想像していたのだろう。こちらも予想外な回答で「そうきたかー」と頷いているように聞こえる。


「あいつならやれます。今頃ラジオ聞きながらにやにやしてると思いますよ」


 なぜラジオを聞いていると分かるのだろうか。


「ええ、広瀬選手も聞いてるんですか?」


 パーソナリティが笑う。うけたと南雲さんが思ったのか「捕手の勘は鋭いもんですよ」と調子づく。


 南雲さんの直感は中々侮れないなと思う。シーズン中も何度も助けられた。


 南雲さんの思わぬ登場により、だいぶ気が紛れた。球場の駐車場に入ったところで、ラジオを切る。南雲さんとパーソナリティの楽しげな会話が続いているが、その内容は後日じっくり聞くことにしよう。


 車から降り、鍵をかける。いつもなら通り過ぎる球団事務所の玄関へ向かって歩き出す。


「こんにちは」


 受付に座る、職員にあいさつをすると、職員はすぐに察したようで、「少々お待ちください」と電話の受話器を手に取った。


「広瀬さんがお見えになりました」


 職員がそう告げた後「ええ」「はい」という相槌が何度か続き、受話器を置いた。


「森塚部長が迎えにいらっしゃるようなので、もう少々お待ち下さい」


 丁寧な対応にお礼を言い、立ったまま辺りを見渡す。数年前、オリオンズが初優勝したときの胴上げ写真が大きく飾られていた。若き日の浦和さんが写っている。あれ以来、オリオンズは優勝に輝いてはいない。


「懐かしいねえ。また優勝したいものだね」


 急に聞こえた声に驚き、左を向く。森塚部長が俺と同じように写真を見上げていた。


「お待たせ。じゃあこちらへどうぞ」


 森塚部長が歩き出し、その横に並ぶ。これから何を言われるのか。心臓の鼓動が大きくなる。


 応接室のような部屋に案内され、座らせる。そういえば、初めてこの事務所に来たときに、部長と磯島監督と話をした場所だ。


「そんな怖い顔しないでよ。リラックスして聞いて」


 森塚部長が諭すが、こちらは気が気ではない。「これから飲みに行こうよ」とかそういう呑気な話ではないのは分かりきっている。


「オリオンズはもう何年も優勝に至ってない。今年も4位だった。球団としてはやっぱり容認できないよね。今年と来年は特に優勝を狙っていこうと思う。まだオフレコ情報なんだけど、FAで吉織くんを獲得するし、メジャーから大物ともほぼ契約合意にまで達してるんだ」


 やはり高宮が言ってたことは正しかった。普通であればクビになる選手に向けて、ここまでチームの内情を説明しないだろう。クビではないのか。


「ドラフトで荻窪くんも獲れたしね。投手陣の整備はある程度できたはずだよ。そこで広瀬くんにはお願いがあるんだ」


 となると配置転換ということか。吉織さんや荻窪は先発で使いたいだろう。外国人投手もおそらく先発型。ならば広瀬はリリーフに、話なのだろうか。編成部長がわざわざ呼び出して通告することではない気がするが、これしか考えられない。


「広瀬くん、オリオンズは君を来季の戦力として見ていない。自由契約にさせてもらうよ」


 突然の言葉に、口をぱくぱくと開けることしかできなかった。


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