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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章28  【ストーブリーグ】

「地元で昔から憧れていたオリオンズに指名させてもらい本当に嬉しいです」


 おびただしい数のカメラの前ではにかむ荻窪をテレビ越しに眺める。彼がオリオンズに入ってほしいと願ってはいたが、まさか本当にくじを引き当てるとは。夢ではないかと頬をつねってみる。


「相思相愛といった感じでしょうか。荻窪投手が杜の都でどのような選手に育っていくのか楽しみですね」


 画面がスタジオに切り替わり、女性キャスターが微笑んだ。ドラフトの特集番組が放送されているようで、野球評論家やタレントが席に座っている。


「オリオンズは今年4位と今ひとつでしたので、荻窪くんも1年目から十分に出場する機会はあるかと思います。浦和の復帰や高宮の台頭、昨年のドラフト1位の成田も存在感を見せ始めましたが、投手陣は手薄といった状態です。出世魚の白石も大けがで離脱しましたし、荻窪投手のようなスター候補を獲得できるのは大きいでしょう」


 毒舌で名を上げている野球評論家がしかめっ面で得意気に語る。椅子の背もたれに身体を預け、ふんぞり返っている。「私はすべてを分かっている」と達観しているような態度には嫌悪感を抱く。同じ野球人と括ってほしくはないものだ。


「これで選手たちも触発されて、来季は優勝も狙えるんじゃないですか?」


 野球好きとして知られるタレントが、声の調子を上げる。場を盛り上げようとしているが、野球評論家は空気を読まない。


「いやあオリオンズはダメでしょうね。所詮は日下部とモーリスの打のチーム。点を取っても、それ以上に取られたら勝てません。そういった点では荻窪投手なら、ある程度勝ち星を積み重ねられるかもしれませんが、チームとしては厳しいでしょう」


 出演者一同が苦笑をする。ドラフト会議という選手にとって夢と希望に溢れたものを扱う番組でそこまで悲観的にさせることはないだろう、と呆れている。


「荻窪選手と共に、オリオンズがどう伸びていくか期待ですね」


 女性キャスターが笑顔で締めるが、無理矢理丸め込んだようにしか見えない。番組の進行も大変だな、と同情する。


「続いては、埼玉に1巡指名された西郷選手へのインタビューです」

 気を取り直すかのように、一呼吸置いた後、女性キャスターが声を上げる。画面が切り替わり、別の会見場が映された。


 各球団の1位指名選手のインタビューや、くじを外した球団の再指名、いわゆる外れ1位の動向をぼんやりと眺める。ここから何人と対戦をするのか、今から楽しみになり、武者震いがする。


「プルルルルルル」


 呼び出し音が鳴る。テーブルの上に置かれたスマートフォンの画面を見ると「高宮憲太郎」と表示されている。


「テレビ観てます? 谷部さんの発言あまりにもひどくないですかあ?」


 スマートフォンを耳に当てた瞬間、悲壮感漂う高宮の声が聞こえる。


「言いたい放題だったな。評論家じゃなくて、居酒屋で野球談議する単なるおっさんみたいだった」


 高宮に同意をする。元々人気が高い訳ではない評論家であったが、少なくともオリオンズの関係者とファンを完全に敵に回しただろう。ネット上で炎上騒ぎをたびたび起こしているようだが、今日もそうなりそうだ


「白石は来年も厳しいでしょうし、僕らで見返してやりましょう。それとさっきすごい情報仕入れたんですよ」

「なになに? わざわざ電話をくれるということはよっぽどのことでしょ?」


 今まで高宮から電話が来ることはほとんどなかった。グラウンドでよく顔を合わせていたので、直接話をすることが多かったからだ。また練習で会うはずなのに、わざわざ一報を入れてくるということは大ごとだろう。


「もちろん、ビックニュースですよ。大、中、小の3つ用意してますが、どれからがいいですか?」

「じゃあ小さい方から順に。そもそもどこから聞いたんだよ」

「それは情報源の秘匿というやつです。球団関係者じゃなくて、マスコミの誰かというところまでです。球団の人だったら、僕たちに絶対リークしませんよ」

「まあ確かにそうか」

「じゃあ小ニュースから発表します。モーリスが残留します。しかも5年契約です」

「ほうほう」


 確かにモーリスの残留はそれほど大きなニュースではなかった。大変貴重な戦力であり、他球団からの引き抜きが噂されていたが、モーリス自身はオリオンズ愛に溢れる男だった。残留は既定路線というのが大方の見方だったが、唯一驚いた点は5年という長期契約だった。外国人選手は主に単年契約を結び、シーズン後に契約内容を見直し、新たに結び直すのが主だった。それに反し、異例の長期契約ということはモーリスは安定を選んだということになる。30代半ばにさしかかるモーリスはオリオンズに骨を埋める気なのだろう。


「まあそういう反応ですよね。じゃあ中ニュースです。吉織さんがFA宣言します。そしてオリオンズ入りがほぼ確実です」

「まじかよ」


 これには驚いた。吉織恭平よしおり・きょうへいは神宮球場を本拠地とするチームのエースだ。今年13勝を上げ、シーズン連続2ケタ勝利を7年とした。モーリスと同じ30歳半ばで、元々宮城の沿岸部出身ということもあり「引退は故郷で」というつもりなのか。一昨年自由に球団と交渉できる「FA権」を取得し、去就が毎オフ注目されていたが、ここにきてその権利を行使する。FA宣言したときにはすでに移籍先が決まっているとよく言われるが、吉織さんもその通りだ。表向きには声をかけてくれた球団と交渉はするが、オリオンズ入りは確実だ。


「吉織さんが来たら層が厚くなるね」

「ところがですよ。そこで大ニュースですよ。10年前のサイヤング投手がうちに来ます」

「大補強じゃないか。どこから金が出てくるんだ」


 サイヤング賞とは、アメリカのメジャーリーグでシーズン最も活躍した投手に贈られる賞だ。野球の最高峰のリーグで最高峰の投手が手に入れる名誉。10年前ということで、峠を越した選手ではあろうが、日本であればまだまだ通用するという心づもりなのだろう。事実、通用しないことはないだろう。


「親会社も本気で優勝を狙いにきたってことなんじゃないですかね。白石の穴も埋めないとですし、投手力が弱点というのは悔しいですけど、認めないといけない部分ですから」

「となると、競争も激化しそうだな」

「ドラフトで荻窪も決まりましたしね。選手登録枠の関係で、クビを切られる選手増えそうですね」

「あ、すまん。キャッチフォンが入ったから切るわ」


 高宮の声に重なって、「プップッ」と短い機械音が鳴った。高宮に断り、スマートフォンを耳から離す。


 画面に表示された電話番号は球団事務所のものだった。


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