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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章19  【シンキングベースボール】

「まず佐々木コーチからの伝言な。次の回も行けだと」


 南雲さんはベンチ裏の壁に寄りかかり、腕を組んでいる。それに正対するように俺が立っている。


「分かりました。次はちゃんと抑えます」


 俺の言葉に南雲さんは息を吐いた。それまでこちらを真っ直ぐ見つめていたが、下を向きかかとで壁をトントンと蹴った。


「それでここからが俺の説教だ」


 南雲さんが一呼吸置いた。再びこちらをにらみ、声を荒げた。


「お前はさっきからあれこれ考えすぎなんだ。まず周りを見すぎ。相手打者が、相手ベンチが、味方が、何を考えていても、何をしようとしても、お前が考える必要はないだろ。味方は勝ちのために最善を尽くしてる。下手に抑えようとか、逆に打たせようとかするな。相手が何を企んでいようが、捕手のリードを信じて投げ込むだけでいいんだ。お前は、どこにでも目を届かせて、どこにも手を伸ばせるような、そんな器用な投手じゃねえ。考えるのは捕手だ。それを信じて、構えた所に思いっきり投げろ。じゃなきゃまた前みたいに戻るぞ」


 途中から胸ぐらを掴まれたが、それが全く気にならなかった。冷たい水を頭からかけられたような気分だった。今までの俺は何をしていたのか。何を考えていたのか。物事を複雑にしすぎていたのかもしれない。チーム事情がどうだとか、相手のバントはうまいとか、ランナーを出してしまったからどうだとか、考えたところでどうにかなるもんではない。野球というものはもっと単純だ。投げて、打って、走って、捕って。ただそれだけなのだ。


「俺の言ったことが理解できたみたいだな」


 南雲さんの怒号に反応して、何人かがベンチ裏に顔を覗かせた。その数名の中には藤島も含まれていたのだが、南雲さんは照れくさそうにはにかみながら、「大丈夫だから」と右手を挙げた。藤島だけが妙に納得したような顔をしてベンチへと戻った。


「まあベンチで説教されるのは嫌だろ。カメラに抜かれて笑いのネタにされるもんな」

「心遣いありがとうございます」


 南雲さんに頭を下げる。次も投げるチャンスはもらっている。ならば、シンプルに相手を攻めるべきだ。投手が全身全霊で投げ、後は味方に任せた。そういう気概でいるぐらいがちょうど良いのかもしれない。


「それじゃお前も戻って水分捕ったぐらいには2アウトになってんだろ。序盤で大量点を取った打線は淡泊になるからな。終盤はあっけないもんだぜ」


 そう肩を叩かれ、ベンチに戻るとすでに1死取られていて、水を飲んだときには内野ゴロで2死となっていた。グラブを手に取り、ベンチ前に出る。南雲さんが俺に続き、キャッチボールを始める。


「南雲さんってエスパーなんですか?」

「何言ってるんだ。俺は人間だ。ちょっとした年の功から来るベテランの知恵だよ」

「俺らにとっては貴重ですよ」

「なら、もう1つ俺からのアドバイスというか、命令なんだけどな、聞いてくれ」

「なんですか?」

「次の回、藤島のサインに絶対首を振るな。あ、首を振れというサインには従えよ。俺が言ってるのは、藤島の組み立て通りに投げろということだ」


 聞いた瞬間その意味がよく分からなかった。もちろん日本語的な意味ではない。俺は普段から捕手のサインに首を振ることはほとんどない。それをわざわざ要求する必要性を感じない。


「とは言いつつ、俺滅多に首なんか振らないですよ」

「その滅多が次の回だ。藤島の奴、絶対面白いことするぞ」


 南雲さんがミットに口を当てて笑う。まるで誰かがイタズラをするのを遠目で見守っているようなだ。これからどうなるかという好奇心が滲み出ている。何かを企んでいるのは間違いない。


「それも年の功ですか?」

「いや、藤島は俺と同じ頭の作りをしているからな。あいつはずっと俺を手本にしてきたってのが、プレーで分かる。その状況で俺だったらこうすると考えたことをやるからな」

「同じチームに南雲さんが2人いると考えるとなんか嫌ですね」

「ましてや、若くてフィールリングとリードは互角にしても、現時点の打撃ではオリジナルより上だぞ」


 南雲さんがケタケタ声を上げる。


 確かに身体能力の衰えが否めない南雲さんではあるが、藤島は今まさに選手として脂が乗った時期だろう。それは藤島と同い年の俺と日下部にも言えることなのだが、藤島には加えて野球脳が優れている。球界で1番「頭が良い」のは南雲さんで間違いはないのだが、そのトップが認める捕手だ。


 そんな双璧が同じチームにいるのだから、オリオンズの守備力は昨年に比べ格段に上がったようだ。藤島自身もそれまで他球団ということもあって、南雲さんから直接教えを請うことが難しかった。独学で南雲流を磨いていたが、南雲さんの移籍により、遠慮なく指南を受けることができるようになった。そのため、打者を打ち取るリードがよりよくなり、チーム防御率が下がることに繋がった。


 6割ほどの力を入れてのキャッチボールを続けていると、まもなく攻守が交代した。「俺の命令ちゃんと聞けよ」と南雲さんの声を背中で受けながら、マウンドへ向かう。


「南雲さんに喝入れられて、いい顔になったな」


 日下部が横に並んで歩き、冷やかす。


「やかましいわ。同情するなら、好守備でアウトをプレゼントしてくれよ」

「お安いご用だとも。今年はゴールデングラブを狙ってるんでね」


 日下部はそう笑って自分の守備位置へ戻った。打撃のタイトルを一通り獲得した日下部だが、守備でも表彰を狙っているとは。言葉が出ない。


 投球練習が終わり、審判から「プレイ」がかかる。よし、くよくよ考えるのは止めだ。開き直って、シンプルにボールを投げればいい。


 藤島が直球のサインを出し、ど真ん中に構えた。振りかぶり、18・44㍍先にある藤島の黒いミット目がけて、精一杯ボールを投げる。


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