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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章14  【再来】

「あ、広瀬さんおはようございます」


 室内練習場に入ると、白石がいた。選手ではいつも白石が最初に球場入りをしている。2番目は高宮でその次に俺が続くのだが、珍しく姿が見えなかった。


「お前は一体何してるんだ」


 目の前の白石に行動に苦笑する。投手であるはずの白石が、バットを手に取り、裏方さんに投げてもらって打撃練習をしていた。我がチームはパリーグに所属しているため、DH制が導入されている。セリーグ所属球団の本拠地で試合をするときしか投手が打席に立つことはない。交流戦はすでに終わっているし、日本シリーズもまだまだ先だ。


「ちょっと気分転換で。たまにやると気持ちがいいもんですよ」


 白石がそう微笑みながらバットを振る。乾いた打撃音が室内練習場に響き、鋭い打球が飛んでいく。


「なかなかいいじゃないか」

「高校時代は3番打ってたんですよ。高校通算30本塁打ですよ。元々バッティングは得意なんです」


 また快音が響く。確かに白石は交流戦で3度打席に入り1安打。しかもタイムリーヒットを放ち打点まで上げていた。


「もしかしたら二刀流できたんじゃないか?」

 あくまで打撃練習の様子からでしか判断できないが、そこらへんの野手よりも打球を飛ばしている。二刀流とはいかなくても、もし投手が打席に立つセリーグにいたらかなり話題になっていたかもしれない。


「いや、二刀流はさすがに。不器用なんで両方極めることなんかできません」


 白石が打撃投手にお礼を言い、こちらに向かってきた。額に流れる汗を右袖で拭っている。


「たまに打つとスカッとします。もともと打撃大好き人間なので」

「打席に入るときは自援護期待してるよ。それと俺が投げてるときは代打で出てきてホームラン打ってもいいんだけど」

「またまたご冗談を。さすがにそこまでは無理です」


 白石がバットを置き、グラブに手を伸ばしながら笑った。ボールが数十球入ったケースを持ち始めた白石を横目に、ランニングを始める。


 白石はネットに向かって投げ始め、俺は室内練習場をぐるぐると回っている。10分ほど経ったころだろうか。高宮が姿を現した。


「おはようございまーす」

「高宮にしては今日は遅かったんじゃないですか?」


 走りながら高宮に声をかける。


「テレビ観てたら、家出る時間遅れちゃって」

「そんな子供みたいな理由あるのか。お前と同い年の自分でもそんな理由は言わないぞ」


 白石が声を立てて笑う。笑いながら足を上げてボールを放る。


「え、2人ともニュース観てないんですか。ビックニュースですよ」


 高宮が両手の手のひらを空へ向けた。「なんてことだ」と洋画の登場人物が呆れるような仕草だ。


「浦和さんの日本球界復帰が決まったらしいです。しかもオリオンズに」


「はあ」


 俺と白石は同時に同じ言葉を発した。まさか。全く頭にない、突然の出来事だ。蒼天の霹靂とはまさにこのことだ。


 浦和憲大うらわ・のりひろは、アメリカのメジャーリーグで活躍している投手だった。高卒後オリオンズ入団し、1年目から退団までずっと2桁勝利を重ねていった。オリオンズでの8年間のうち2回20勝を達成。球界投手の最高賞である沢村賞も2度受賞していた。


 もはや日本では敵無しになり、メジャーに挑戦したが、そこでも勝ち星を積み重ねていった。2桁勝利はして当たり前とアメリカでも見られるようになり、そこでもエースの座に上りつめた。しかし、メジャー生活も10年ほど経つと、さすがに衰えに逆らえなくなってしまった。全盛期のような直球で相手をねじ伏せるのではなく、たくさんの球種の中から打者を打たせてアウトを取る投球スタイルに変化していった。それでも、まずまずの成績を残していたので、アメリカで引退するものだと思っていた。


 今はシーズン中である。確かに今年は調子が悪いような気がしていたが、これまで活躍していた実績がある。それを無視してシーズン途中に解雇されるなど思ってもいなかった。


 加えて、浦和さんがメジャーにこだわらなかったのも意外だった。解雇されても、他球団からのオファーを待てば必ず来るはずだ。しかしそれをせず、あっさりと日本へ戻ってくるのだから、何かしらの考えはあるのだろう。ぜひ話を聞きたい存在である。


 俺にとっても、また白石や高宮にとっても、いい刺激になるだろう。海外で培った経験は貴重すぎる。俺たちも吸収して、少しでも多く自分の物にしたい。


「それにしてもやばくないですか?浦和さん来てたら投手陣もポジション争いがさらにきつくなりそうですね。浦和さんここ最近は中継ぎやってたし、こっちだと先発とリリーフどちらになるんですかね」

「思い切ってストッパーとか?」


 ボールを投げるのを中断した白石の言葉に「あーあるかも」と納得する。


 オリオンズには今、試合を締める絶対的守護神がいない。主に外国人の助っ人頼りだったのだが、昨年まで長く務めていたアメリカ人の抑えが引退。今年新たに守護神候補を獲得したのだが、今ひとつであった。それまで8回を主に担っていた逢隈さんが現状、9回を投げているのだが、その分中継ぎ手薄になってしまった。代わりに高宮がフル回転をしているのだが、投げさせすぎは身体に負担がかかる。高宮が故障をしたらチームも下降線をたどるしかなくなる。


「確かに浦和さんが9回を務めるメリットはありますね。プレッシャーがかかる役割ですけど、そこは百戦錬磨の大投手。体力的にも長いイニングを投げるのが厳しいだろうと首脳陣が考えれば、あり得ますね。まあ僕がストッパーやりたいところなんですけど」


「おお、言うようになったな」


 白石が高宮を茶化す。「うるさい」と高宮が声を張る。


「自分的には広瀬さんとか自分とか抑えやっても面白いと思いますけどね。いい直球持ってますし。でも自分は200勝狙ってるのでやりたくはないですけど」


「おお、言うようになったな」


 高宮が白石の言葉を繰り返す。幾分、トゲがあるような言い方だったが、白石は気にしない。普段からお互いをいじり合っているのだろう。


「でも広瀬さんならマジでありそうな話ですよね。ほらおじさんで体力にも不安あるだろうし」


「おお、言うようになったな」


 俺も意図せず同じ言葉を発してしまった。高宮が手を叩き笑ったが、当の白石は「浦和さんのシュートとかツーシーム教わりてえな。あれえげつなすぎ」と聞こえていないふりをして、そのままネットスローを再開した。


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