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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章13  【未来のエース候補】

「やっぱり気になるもんなんですか?」


 急に声をかけられ、身体が飛び上がった。後ろを振り返ると、細見で坊主頭の少年が立っていた。


 俺の住むマンションから歩いて15分ほどの場所に、大きな公園があった。森林公園という名の通り、木々で覆われて、公園内にはランニングコースが整備されている。高低差も程よく、急な坂道もあるため、仙台に引っ越してきてから、毎朝走っている。今日もいつものように汗を流し、コンビニエンスストアで飲み物を買いに行ったところ、ふとスポーツ紙に目がいった。全紙が1面白石ということもあり、手に取り、再び公園のベンチでスポーツ新聞を読んでいたところ、少年に声をかけられた。


「あ、いきなり声かけてしまってすみません。オリオンズの広瀬さんですよね」


 そう照れくさそうにはにかむ少年は、一目見ただけで何かスポーツをしているなと思った。身長も180㌢以上は確実にある。身体も引き締まっていて、鍛えているのがTシャツ越しにでも分かった。


「同じチームの若手が活躍するとうれしいもんだよ。君も座る?」


 ベンチの隣を指すと少年は「いいんですか?」と目を丸くした。「もちろん」と答えると「ありがとうございます」と笑顔を見せた。


「広瀬さんは毎日ここで走ってるんですか?」


 少年が腰掛けながらこちらを見た。


「そうだね。遠征のとき以外はいつもだいたいこの時間。ここ中々良い場所だよね。緑も多くて走るのにちょうどいい」

「そうですよね。僕も野球始めたときから毎日走ってるんですけど、いつもはもっと早い時間なので。広瀬さんがいるなんて知らなかったです」

「ああ、野球やってるの。だと思ったよ。良い身体してるね」


 口にした瞬間、怪しげな発言をしてしまったかと後悔したが、少年は屈託もない顔で「ありがとうございます」と返事をしたので安心する。


「ポジションは?」

「ピッチャーやってます。今高3で、もうすぐ最後の大会です」

「そっかあ。もうそんな時期なのか」


 甲子園の予選まで残り2、3週間ほどだろうか。高校球児にとってはこれまでの野球人生を懸けた、必死の戦いが始まる。大会へ向けて、この少年も並々ならぬ努力をしてきているはずだ。


「せっかくこういう機会に恵まれたので、質問とかしていいですか?」

「技術的なことは教えられないけどね。それ以外なら」

 

 プロ野球選手が高校球児に指導することは禁止されている。こういった場ではあるが、誰が見ているか分からないので注意しなければならない。


「ありがとうございます。それでも全然大丈夫です」


 もともと好奇心や向上心が高い子なのだろう。プロ野球選手と話せたということで、目が輝いている。


「今年が最後の夏で今から緊張が止まらないんです。先週組み合わせが決まったんですけど、まあ簡単には行きそうになくて。エースの僕がこんなんじゃだめだと思うんですけどね。広瀬さんは高校時代どうやって最後の大会に臨んだんですか?」

「俺は自信しかなかったかな。世の中の球児は全員自分より下だって、冗談じゃなくて本気で思っていたよ」


 俺が高校生の時とは真逆の考えだった。何もかも自信を持っていた自分。そしてこの少年は自信がない。過信は必要ないが、「おれはやれるぞ」と思うことは大事だ。


「ほんとですか?」


 少年が笑った。嘲笑ではなく、こんな考えの人もいるんだという驚きの表情をしている。


「僕にはそこまで思えないです。なんでそんなに自信があったんですか?」

「練習とか練習試合とか、あとは大会とか、それまでいろんなところで投げてきて、そこでの手ごたえからかな。今まで大丈夫だったんだから、次も大丈夫だ。そんな気持ちを持ち続けてきたからかな」

「なるほど」

 

 少年は戸惑った表情を浮かべ、俯いた。自分が期待する答えが出なかったのだろう。落胆されたらまずいと思い、言葉を続ける。


「君はこれまで死ぬほど練習してきたんでしょ」

「それはもちろん。文字通り血を吐く練習をしてきました。おかげでこの1年で球速もグッと上がってきたんです」

「胸を張って練習してきたって言えるでしょ?」

「もちろんです」


 少年は顔を上げた。その目は真っ直ぐ前を見つめていた。練習してきたと断言した。本当に努力をしていなければ、そんな言葉は言えない。


「そう言えるなら大丈夫だよ。俺は正直高校時代はそんなに努力をしてこなかったんだ。それでも運良く勝てた。だから過信してたんだ。そんな考えでプロに入ったら、鼻をへし折られたよ。結果、この有様だよ」

「でも、オリオンズに来てからの広瀬さんは、努力をしたんですよね?だから1軍でもいいピッチングができてるじゃないですか」

「そうだけど、これまでの積み重ねかな。白石だって俺から見ても相当な努力をしているよ。だからプロでも結果を出せてる。君もいろいろ迷ったりするだろうけど、自分を信じて練習していけば大丈夫」

「はい」


 少年が元気よく返事をした。高校球児らしい、威勢よく短い返事。俺もこういう時期があったなと感慨深くなる。


「そういえば、君の1番の武器は?」

「真っ直ぐです。それだけは誰にも負けないと思います」

「なら、真っ直ぐでどんどん押し切ることだよ。変化球でかわす投球より、自信のある球を投げ続けた方がいいよ。これは俺の経験から言えることかな」


 プロに入って、変化球に頼る日々が長く続いた。去年の冬、日下部との対戦で昔を思い出し、直球主体に変えたことで本来の投球が戻りつつある。


 若いならなおさらだ。高校野球は金属バット。変化球を投げても当てられたら飛ぶ。ならば力で押し切った方がアウトを取る確率が上がる。


「そうします。今日はありがとうございました。もうすぐ練習に行かないといけないので、そろそろ帰ります。またお会いできたらお話してください」


 少年が立ち上がった。両肩をぐるぐる回し、背中をほぐしている。


「自己紹介してなかったですね。僕はおぎくぼけんじと言います。萩と似た字の荻に窪地の窪。賢治は宮沢賢治と一緒です。高校野球のニュースとかで見かけたら思い出してくださいね」


 少年がぺこっとお辞儀をして、走り去っていった。後ろ姿が見えなくなるまで見つめる。


 あの少年はどんな投球をするのだろう。もしかしたらこれから飛躍をして、プロの世界に足を踏み入れるのかもしれない。そのまま地元球団に入るのだろうか。その時自分はまだ現役でいられるのだろうか。俺ももう若くはない年になってきた。これからは白石や高宮、そして少年の時代になってくる。


 だからといって易々とその場を譲るつもりはない。必死に、無様な格好になってもしがみ続けてやる。


「さて、今日も1日もがいていきますか」


 俺も立ち上がり、地面を蹴った。


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