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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章11  【若き力】

「すげえ」


 ハイライト映像を見て思わず声が出た。これほどの投手が同じチームにいたのか。小さい頃に見た広瀬豪也が画面越しにいた。


「こりゃあとんでもないのが出てきたなあ」


 寮長が読んでいたスポーツ紙をラックに戻した。リモコンに手を伸ばすと、テレビの音量をポチポチと上げた。


「なあ白石。こんなの見せられたらたまらないよな」


 寮長が自分の向かいに座った。


「ハードル上がりますよねえ」


 皿に盛られたフルーツの中からリンゴをフォークで刺し、口に運ぶ。噛んだ瞬間、甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。


 食堂には自分と寮長を含めて6人いた。食事の時間は選手によってまちまちだった。自分は3日後の1軍の試合に先発する予定で、寮に併設されている室内練習場で調整をしていた。明々後日がナイターゲームということもあり、身体のリズムを合わせるため、試合の日と同じタイムスケジュールで練習をしていた。昼頃からウォーミングアップを行い、試合開始の6時から強めの投球練習やノックで汗を流した。その後風呂に入り、夕食を取るために食堂に入ったのは8時50分ごろ。料理をお盆に載せて、テレビに1番近い席に座ったときには、試合が終了していた。


 「今日は広瀬さんだったな」と頭に浮かんだところでちょうどハイライト映像が流れた。


 まさに圧巻のピッチングだった。終盤こそ息切れした印象はあったが、それまでの投球は見ていて、身体の震えが止まらなかった。150㌔を超える直球。速さだけではない、ボールが浮き上がるような、ボールが加速するような球は、プロでもそうそう見かけない。自分の理想的な球を投げる投手が同じチームにいたのかと目を丸くした。


 そして自分も曲がりなりにもプロ野球選手だ。プロとしてのプライドはないわけではない。あの投手に追いつく、追い越す。もっと練習をしないと、と今一度気持ちを引き締める。


 チームは今日で交流戦が終わり、2日間の休養日を挟んで、仙台で通常のシーズンが再開する。その1試合目を託された期待に応えるため、いつも以上に気合いが入っていたが、自分の前に広瀬さんがこれほどのピッチングをされたら、だらしない投球はなおさらできない。「怪物広瀬豪也」の復活でチームが盛り上がらない訳がない。次の試合も勝って勢いづけたいところだ。


 オリオンズは今、1位と6.5ゲーム差の3位。首位の福岡が頭1つ抜けかかっているが追いつけない差ではない。波に乗れば尻尾を掴める。


「気合い入ってきたじゃないか。さっきまでと目が違うぞ」


 寮長がにやにやとこちらを見た。寮長もオリオンズの投手だった。広瀬さんの投球を見て力が入る投手心理をよく理解している。寮長ももし現役の投手だったら、自分と同じようになっていたのかもしれない


「ばれちゃいましたか」

「力が入るのはいいが、力むなよ。6月の半ばでシーズンはまだまだこれから。お前はもう6勝もしてるんだし、いつも通りにやれば次も大丈夫だ」


 目を細める寮長を見る。50近い年齢の割にはしわが多く白髪も目立つ。寮長の経歴は、プロ野球選手として誇れるものではなかった。大卒で名古屋に入団後4年で戦力外通告。埼玉と契約をするも2年でトレード。その後もチームを転々とし続け、最後はオリオンズで引退をした。在籍した球団は5球団。ジプシーピッチャーと呼ばれ、目立った成績も残せずにいたが、長くプロの世界にいれたのも、寮長として若手の父親代わりになっているのも、人柄の良さが大きい。現役時代は自己管理能力が高く、他選手の模範的存在だったらしい。人一倍練習をし、野球にすべてを捧げ続けた。それでも活躍できなかったのは、皮肉な結果だ。プロ野球という世界はそれほど厳しいということだ。


 自身の経験から出されるそんな寮長の言葉は重みがある。この人が言うことだから正しいんだ、と納得できる。寮長の前にスカウトをやっていたこともあり、選手を見る目に長けている。寮で暮らす選手たちは寮長に野球面でも相談することも多い。


 そんな寮長が「お前は大丈夫だ」と言ったことで、自信になる。かといって過度に期待をされても怖いのだが。


「まあお前が目指すべきなのは、広瀬みたいなタイプかもな。直球で押して押して力でねじ伏せる。まだ決め球が弱い広瀬とは違って、お前にはもうすでに天下一品のフォークがあるしな。まっすぐの質では劣っていても、フォークをうまく組み合わせれば、エースになれるぞ。そこあたりはキャッチャー陣も理解してるだろうから、味方を信じて思いっきりやってみろや。3日後のピッチングをこれでじっくりと見てるよ」


 寮長は笑顔でテレビを指さした。



* * * * * * * * * * * * * * * * *



「オリオンズの先発ピッチャーは、背番号13、白石大和!」


 スタジアムDJの渋い声が響く。選手紹介に合わせて拍手と白石コールが始まる。


「よっしゃ」

 

 胸をポンポンと叩いて気合いを入れる。集中モードに意識を切り替える。


 足を高く上げ、背中を少し丸める。そのまま膝をグッと曲げ、左腕を高く掲げる。上から振り下ろすように右腕を振り抜き、ボールを投げる。


 いわゆるまさかり投法と呼ばれるものだ。投げ方がまさかりで木を割るように見えることから、そう呼ばれるらしい。往年の名投手がその投げ方で勝ち星を積み重ねた。自分も高校時代にその投げ方を動画で見て、マネをしたところ、球速や球の切れが格段に変わった。以来、ずっとこの投げ方で戦っている。


「球来てるぞ」


 南雲さんがミットを叩き、返球した。正捕手の藤島さんは今日はベンチで休養。代わりにベテランの南雲さんがスタメンマスクを被った。「藤島じゃなくて悪かったな。今日は俺で我慢しろ」と南雲さんは試合前に軽口を叩いていたが、南雲さんはこれまでに培った経験を生かしたリードに定評がある。自分もこんな攻め方があるのかと投げながら勉強になる捕手だ。寮長の言葉通り、今日は南雲さんを信じて投げれば大丈夫だ。


 投球練習が終わる。南雲さんからのサインを確認する。初球は直球で来いという指示に頷く。


 大きく振りかぶる。広瀬さんのように、そしてそれ以上の投手に。負ける訳にはいかない。


 この試合を見ているすべての人に。「オリオンズには白石もいるんだ。忘れるな」とこの1球で思い出させる。


 全身の力を込めてボールを送り出す。しゅるしゅると音を立て、南雲さんのミットへとボールが向かっていく。


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