表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
17/61

第2章10  【ウイニングボール】

 モーリスが送球を捕った瞬間、ベンチにいる皆が立ち上がった。俺は周りから握手を求められ、それに応えながらベンチを出る。


 ベンチにいた全員が1列に並び、ナインを出迎えた。勝利時は全員でハイタッチをする。このチームの習慣だ。


「おめでとう」

「ナイスピッチング」

「今日は最高だったな」


 ハイタッチをしながら様々な言葉をかけられる。俺は笑顔で受け取った。久しぶりの1軍での勝ち投手。課題は残ったが、今日は素直に喜んでいいだろう。それくらいは許してもらいたい。


 藤島とハイタッチをすると、最後は高宮とモーリスだった。


「ベストピッチャーニ、プレゼントネ」


 モーリスがボールを差し出した。ウイニングボールだ。オリオンズにとって初の交流戦優勝の記念球でもある。本来であれば、球団に渡るはずなのだろうが、モーリスは俺に贈ろうとしていた。確かに俺にとっても大切な1勝ではあるが、もらっていいものだろうか。


「広瀬、遠慮せずに受け取れよ」


 俺の後ろでナインを迎えていた南雲さんが背中を突いた。ならば、と右手を出す。

「ツギモ、タノムネ」


 モーリスが俺の頭をポンポンと叩いた。カメラのフラッシュが一斉にたかれ、目の前が一瞬眩む。


「広瀬さんおめでとうございます」


 モーリスの後ろに控えていた高宮が右手を顔の前に掲げた。


「お前のおかげだよ。火消しありがとう」


 素直に思ったことを伝える。ランナーを溜め、ピンチを迎えたところで高宮にマウンドを譲ってしまった。先輩としては情けないが、あのまま投げ続けていたらどうなっていたことか。それを簡単に切り抜けた高宮は高卒3年目とは思えないほどの安定感だ。日下部といい、モーリスといい、高宮といい、信頼できる選手が多い。このチームならペナントレースでも優勝できるのではないかと思った。


「そんなそんな。自分の役割を果たしたまでですよ」


 高宮が照れ笑いを浮かべながら、通り過ぎていった。俺は身体を反転させ、高宮に続いてハイタッチをしていく。1番後ろで出迎えているのは磯島監督だ。


「復活と言い切っていいな。計算できる先発が1枚増えてくれて心強いよ」

「ありがとうございます」

「この場で言うのもあれだが、しばらくは先発で投げてもらいたいと思う。次はちょうど1週間後だ。調整しっかり頼むよ」


 磯島監督が握手を求め、それに応える。再びカメラのフラッシュがたかれる。


「広瀬さんよろしいですか」


 声に反応し、振り返ると岡部さんが立っていた。ベンチへ戻り、道具をまとめて引き上げようとしていたときだった。球団広報の岡部さんと会うのは入団会見のとき以来だった。見た瞬間、誰だと思いはしたが、頭がうまく回転してくれたおかげで、思い出すことができた。


「今日のヒーローインタビューお願いします」


「もちろん」


 岡部さんの言葉を快く受け入れた。敵地の試合ではあるが、勝ったらベンチ前でインタビューがある。プロに入り、ヒーローインタビューをするのは、初勝利を挙げたときのみだったので、これで人生2回目だ。何を話せばいいのか。そもそもちゃんと話せるのだろうか。


「今日はお前か。緊張して言葉に詰まったり、うれしすぎて泣いたりするなよ」


 日下部が野球道具一式を手に引き上げていった。日下部にとっては数え切れないほどのヒーローインタビューを受けてきているだろう。場慣れしているのがうらやましい。


 一旦ベンチ裏へ行く。トレーナーに右肩や肘を冷やしてもらうためだ。マウンドを降りてすぐ試合が終了したため、アイシングをする時間がなかった。


「お疲れ様でした。痺れましたよ」


 トレーナーがそう微笑みながら、手慣れた手つきで氷嚢を当ててきた。冷たすぎる気もするが、投げた後に冷やすのは大切なことだ。


「広瀬さんは覚えてないでしょうけど、自分も広瀬さんと対戦したことがあるんです」


 この人もか、と思う。確かに高校時代は多くの打者と対戦してきたが、こう何人もポコポコと出てくるものなのだろうか。世間は狭い。


 トレーナーが自身の出身高校の名を口にすると、納得した。俺の高校と同地区、西東京の名門校だった。この2つの学校が西東京の「2強」と呼ばれ、だいたいはどちらかの学校が予選を勝ち抜き、甲子園に出る。それは俺が高校生になる前から、そして今もその傾向にある。


「高3の西東京の予選の決勝で当たったの覚えてます?自分はその時の3番でした」

「もちろん覚えてます」


 ライバル校ということで、当時の俺やチーム全体がその学校を強く意識していた。あそこには絶対負けてはいけないという謎のスローガンが、口にせずともあった。


「だからプロ入りしたときから広瀬さんのことは見てました。自分もプロに入って、次は打つぞって意気込んでましたよ」


 トレーナーは懐かしむように目を細めた。彼が今トレーナーという立場でここに立っているということは、俺と再戦をするという夢が叶わなかった証拠だ。気安く慰めることも、笑い飛ばすこともできずただ、アイシングをする彼の手を眺めることしかできなかった。


「自分は大学でケガして野球を続けられなくなったんです。でも大学の監督さんが専門学校とか、就職先とか斡旋してくださって、トレーナーとして野球に携われてるんです。もう自分みたいにケガで野球を断念する人は見たくないので。広瀬さんだってものすごく心配したんですからね。勝手にですけど。だからアイシングもきちんとしてくださいね」


 プロ野球という世界は憧れの場所でもある。幼いころから大好きな野球に打ち込み続け、それを生業にするのだから、これ以上の喜びはない。しかし、一方で、そこにたどり着くまでに夢破れる人も数え切れないほどいる。単純に実力が足りなかった者、実力があっても諦めざるを得なかった者。トレーナーはおそらく後者なのだろう。それなのに別の道で、野球の仕事を選択した彼の精神力は強い。普通であれば、無理矢理に野球から離されたら、目を背け、それから遠ざかる仕事をするはずだ。しかし、彼は現実をしっかり見た上で、向き合った。


「できましたよ。ヒーローインタビューがんばです」


 トレーナーに一声かけられると、お礼を言って部屋を出た。「自分がオリオンズにいる以上、広瀬さんにケガはさせません」と笑顔で語ったトレーナーの顔が浮かぶ。本当に俺は恵まれているなと思う。ケガをしてもクビにはならず、運良くマウンドに舞い戻れた。多くの人の支えがあったからであり、これからも多くの人に支えられていくのだろう。それに応えるには結果を出すしかない。今日のような投球を続ける。その先にあるのは優勝だ。


 再びグラウンドに向かって歩を進める。今日が第2の野球人生の第一歩だ。これから先、誰にも負ける訳にはいかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ