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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章9  【成果】

 まさかとは思った。まさかこれほどまでだとは。


 9回裏のマウンドに俺は立っている。試合前にできれば1人で投げきることのがベストだと考えてはいたが、その理想が現実になった。


 だからと言って、最高の結果と言われれば、そうでもない。


 初回は完ぺきだった。いや、4回までは1人もランナーを出さずに終えた。しかし、初回から飛ばしすぎたのか、疲れが見え始め、徐々にボールを捉えられるようになった。結果、8回まで7安打3失点。四球は2つと、上出来と言えば上出来であるが、序盤と比較すると物足りない。


 球威も落ちてきて、球速もここ2回は最速146㌔と落ちてきている。本来であれば降板を告げられてもおかしくはないのだが、7―3でリードしていること、これまでのリリーフ陣のフル回転ぶりを鑑みると、行けるところまで行かせたいというのがチーム事情なのだろう。


「スタミナだな」


 いくら短いイニングがよくても、長く投げるのが先発投手。後半でバテてしまっては勝てる試合も勝てない。また、そのしわ寄せが他の投手陣に回ってしまう。


 額の汗を拭う。右手の握力が弱まっているのが分かる。肩も張ってきた。あと1回だけ。もう少しだけ耐えてくれと自分の身体に語りかける。


 幸い最終回は6番から始まる。下位打線。油断は禁物だが、上位に比べると少し安堵する。先頭打者の初球、藤島はスライダーのサインを出した。それに頷き、振りかぶる。


「あっ」


 投げた瞬間、まずいと思った。藤島は右打者の外角低めに構えていたが、コースも高さも甘くなり、真ん中へとボールが抜けていった。打者はそれを見逃さず、思い切り引っ張った。


 完ぺきに捉えられたが不幸中の幸い。弾道はそれほど高くなく、打球はフェンスに直撃した。無死二塁となった。


「打たれるのはしゃーない。切り替えていけ」


 日下部がマウンドに寄り、一声かけると、すぐにサードのポジションへ戻っていった。


 そうだ、日下部の言う通りだ。自分を落ち着かせる。甘い球にならないよう、それに注意していけばいい。打たせて、あとはバックの守備陣に任せよう。


 藤島がベースの前に立ち、身体のあちこちを触る仕草した。守備シフトのサインだ。外野前進の指示。比較的非力な打者なため、外野手は浅めに守り、打球が内野を抜けても1点を防ごうという意図だ。


 藤島は腰を下ろし、股の間で再びサインを出した。今度は投手の俺に対する指示。直球だった。


 セットポジションで構える。2塁ランナーを一瞥してから、素早く足を上げて投げる。右打者の内角低めに決まった。


 2球目はスライダー。先ほど投げ損ねたコースであったが、次はしっかりと決まり、空振り。2ストライク、追い込んだ。疲労が溜まってきているため、遊び球を投げる余裕はない。藤島もそれを理解しているようで、再び同じところにスライダーを要求した。


 ふーっと息を吐き、投げる。バットに当てられたが芯は外れた。力のない打球が一塁ファールゾーンへ飛んだ。モーリスがのそのそと追い、両手で掴んだ。


「ワンダウンネ、ファイトヨ、ベストピッチャー」


 モーリスが俺を指さし、ボールを返した。なぜベストピッチャーと呼ばれたのが分からないが、ボールを受け取り、右手の人差し指を立てた。


 肩が重い。投げるベストコンディションとはいかないが、あともう少しだ。


 しかし、そこからストライクがなかなか入らない。続く8番打者。2球続けてボールとなった。3球目のカーブは甘く入ってしまったが、なんとかファール。2ボール1ストライクとなった。


 藤島が右打者の外角低めに構えた。そこに直球を放る。藤島が構えたミットにドンピシャで収まったが、ボールの判定だった。その判定に一瞬表情を曇らせる。


「ドンマイ、気にすんな。今のところに投げ続ければオッケー」


 またしても日下部が駆け寄り、一声かけると回れ右をしてすぐに立ち去った。投手に常に声をかけ、落ちつかせる。精神的支柱でもあるのだろう。


 再び外角低めに直球を投げる。しかし、先ほどよりもボールは外れた。フォアボールだ。1死一、二塁。1発打たれれば1点差。試合が分からなくなったしまう。


「タイム」


 藤島が右手を挙げるとマウンドに寄ってきた。それを見た内野陣もマウンドに集まる。


「今日はここまでってところかな。しばらくぶりの1軍マウンドにしては十分すぎる結果だ。胸張っていけよ」


 藤島が背中をポンと叩いた。ベンチに目をやると、佐々木投手コーチが審判からボールを受け取り、マウンドへ向かって歩いてきた。磯島監督もベンチを出て、審判に交代を告げた。


「ナイスピッチングだ。向こうも代打を使ってくるだろうし、1番から左打者が続く。あとは若い活きのいいやつに任せろ」

 

輪に加わった佐々木コーチが手を叩いた。


「コノ、ピッチング、ツギモ、タノンダゼ」


 モーリスが佐々木コーチの仕草を真似た。思わず笑みがこぼれる。外国人選手が内野の守備についても、マウンドに集まらないという選手は多い。集まったところで、通訳がいるわけでもないため、何を話し合っているか分からないからだ。しかし、モーリスは、日本語が理解できなくても、ちゃんと輪に入る。それだけでもすごいことなのだが、こうして発破をかけるあたり、人柄がかなり良いのだろう。俺たちを仲間と認識し、勝つために鼓舞する。実力だけではなく、人間的にも素晴らしい選手だ。


 悔しいが、体力不足。1人で試合を投げきる体力がなければ、信頼される投手にはなれない。


 ベンチに目をやる。オリオンズの期待の若手、高宮が勢いよく飛び出してきた。



* * * * * * * * * * * * * * * * *



「よーし、行ってこい」


 ブルペンにいた先輩方の励ましに気合いが入り、ベンチ裏を走る。広瀬さんのピッチングには味方ながら痺れた。


 特に初回。あんな球を投げる投手など日本にはあまりいない。間違いなく、エース級の球だ。僕自身、全盛期の広瀬さんの球、全盛期といっては失礼かもしれないが、高校時代の投球を見たことがなかった。当時小学生の僕は、甲子園など脇目にも振らず、目の前の野球に没頭していたからだ。


 今日、初めて本気の広瀬さんを見たが、なぜ怪物と呼ばれていたのか分かる気がする。あの直球、あの威圧感。並の打者では打ち崩せない。


 そんな広瀬さんに刺激され、ブルペンでのアップはいつも以上に力が入った。今日は出番がないなと8割方思ってはいたが、最後の最後に出番が来た。全身がうずうずとこそばゆい。投げないと気が済まない感じがしていたので、すごくうれしい。


 ブルペンを出たときは駆け足程度だったが、気づけばほぼダッシュに近いスピードで走っていた。ベンチからグラウンドまでは3段ほどの段差があるが、それを勢いそのままぴょんと飛び越え、マウンドに向かった。


 マウンドに集まる先輩たちが目を丸くしている。


「何をそんなに急いでるんだ」

 藤島さんが苦笑しながらボールを渡してきた。


「なんとなく。ノリです」


 内野手陣が声を上げて笑った。状況的にピンチであるが、余裕のある証拠。僕がちゃんと投げれば勝てると確信した。


「高宮、あとはよろしくな」


 広瀬さんに背中を叩かれる。そのままマウンドを降りていった。さっきテレビで見た魔物。その後のマウンドを引き継ぐ。打たれる訳にはいかない。広瀬さんになんとしてでも「勝利投手」をプレゼントしたい。


 さあやることは1つ。火消しだ。


 投球練習を終え、代打が打席に入る。数年前まではタイタンズ打線の中軸をバリバリ担っていた人だ。近年は代打に回ることが多くなってきたが、打撃タイトルを複数持った実績と勝負強さは健在だ。余談だが、僕がプロ野球を見始めたときからのスターであるため、グラウンドで対峙できたという高揚感もある。


 初球、真ん中から外角へ逃げるスライダー。見逃しでストライクを取れた。1球投げたことで、憧れの選手に対するミーハー的発想も飛んでいった。今はただ、敵だ。


 2球目は内角の直球。相手は曲がってくると予測したらしく、ぼてぼての打球が目の前に転がる。マウンドを駆け下り、それを捕球する。


 そのまま身体を時計回りに反転させる。回転した勢いを利用して二塁へ送球する。


 ショートの浪川さんがそれを受ける。スライディングしてきた走者をかわして投げた。ファーストのモーリスが左手を伸ばし、捕球をした。


 一塁塁審が右手を小さく地面に叩きつけるような仕草をした。アウト。ダブルプレーで試合終了だ。


「よっしゃ」


 僕は左手を突き出し、ガッツポーズを取った。交流戦優勝のはずだが、そんなことは後回しだ。広瀬さんの復活の勝利だ。


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