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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章7  【ビッグエッグ】

「9番ピッチャー、広瀬。背番号51」


 スターティングメンバーの発表がされる。最後に俺の名前が呼ばれるとブーイングが巻き起こった。


「広瀬さんすごい人気ですね」


 隣でストレッチをしている高宮がスタンドを見渡した。オレンジ色のタオルを首にかけ、タイタンズのユニホームを身にまとっている。球場は完全アウェーだ。


「それは冷やかしてるのか?」


 俺は苦笑する。向こうのベンチにあいさつに行った際は観客がざわついていたし、今のアナウンスでもブーイングが起こった。普段とは雰囲気が全く違う。確かに勝った方が交流戦優勝という負けられない戦いではあるが、それだけではない。オリオンズでの1軍初登板が古巣の東京ドーム。騒がれないはずがない。


 先ほど1塁側のベンチに挨拶に行った。慣れ親しんでいたはずの場所であったが、なぜか違和感があった。2軍漬けの日々ではあったが、東京ドームのベンチには何度も座った。あのユニホームも毎日着ていた。 でもよそよそしい雰囲気があった。今は敵同士だからというのも前提にはあるが、別次元の存在、自分が全く知らないチームのようであった。


 そうか、俺はもうオリオンズの選手なんだ。改めて実感した。


 この大歓声を黙らせてやる。広瀬豪也というタイタンズでは必要とされなかった男が、だ。


 ストレッチを終えるとブルペンに向かった。昼過ぎにバスで球場入りし、キャッチボールや遠投をしてきた。肩の状態は良い。2軍で好成績を残してきたときと何も変わらない。やれる。今日はそう言い切れる。


「広瀬受けてやるよ。お前と初コンビだからな。試合前にお前のこと知らないとな」


 藤島がベンチで話しかけてきた。防具一式をすでに装着していて、頭にはヘルメットを被っている。試合まで1時間以上はある。準備万端という感じだ。


「お前の打撃練習は終わったのか?」


 野手は試合前に打撃練習やノックを受けて調整する。自分の球を受けてくれるのはありがたいが、藤島の調整の時間を削っていいのだろうか。


「コーチに言って先に打たせてもらったから大丈夫だ。同期なんだから気にすんな」


 そういえば、藤島も同期だったなと思い出した。俺と同じ高卒出身、同い年だ。これまで話す機会などほとんどなかったが、女房役としての力を遺憾なく発揮しているようで、難なくコミュニケーションを取れている。


「南雲さんから話は聞いているよ。とりあえず一巡目までは直球中心に。その時の調子でそれ以降の対策を練っていこう。まあそのまま直球で押し続けるか、変化球主体に切り替えるだけかだけどな」


 ベンチ裏の通路を並んで歩く。人工芝が敷かれているため、スパイクの刃が床を鳴らすわけではない。芝が擦れる音が響く。


「おおーおつかれちゃーん」


 ブルペンに入ると、南雲さんが暢気に入り口脇のパイプ椅子に座っていた。パイプ椅子が3脚、テーブルを挟んで長いすが置かれていた。壁には電話とテレビが立てかけられている。


「最近俺がスタメンマスク被っていたのによー。広瀬だからって藤島に代えるなよー。2軍では俺が専属だったんだぜ」


 南雲さんがテーブルに置かれたチョコレートの袋を1つ取り、袋から取り出すとそれを口に放り込んだ。


「最近身体の調子が悪かったですけど、正捕手は俺ですよ。もうバッチリです」

「先輩に向かってその口利きはないだろう。まあお前が紛れもなく優秀なのは認めるけどよ」


 そんな新旧捕手の軽口の叩き合いを尻目に、俺はボールを手に取り、マウンドに向かった。ブルペンに置かれたマウンドは2つ。奥に陣取った。


 十数球を軽く投げたところで藤島さんを座らせた。「まずは真っ直ぐで」と声をかけると、藤島さんが頷いた。


 振りかぶって投げる。パンっと風船が破裂したような音がブルペンに響いた。


「いい音だな」


 南雲さんがうんうんと首を縦に振った。ブルペンは構造上、音が響きやすくなっているのだが、それでも自分でもいい音だなと思った。球威はある。先ほどまで漠然とした自信が徐々に確固たるものへと変わりつつあった。


 そこから15分ほど投げ込みを続けた。ブルペン内の人数も増えてきた。投手コーチや、ブルペン捕手、高宮などの投手陣も集まってきた。その誰もが、淡々と投げる俺を見つめている。


「試合が始まったぞ」


 ブルペン担当の投手コーチが声を上げた。オリオンズはビジター試合であるので先攻だ。3つのアウトを取られるまでは俺の出番はない。「じゃあ後でな」と藤島がブルペンを後にしてベンチへと戻っていった。


 かすかにラッパの音が聞こえてきた。やはり1軍の試合だ。賑やかさは2軍と桁違いだ。およそ3年ぶりの1軍登板だ。


「あー。全く情けねえ。3者凡退かよ」


 投手コーチが眉を下げる。攻守交代。いよいよ出番だ。


「さあ、張り切っていきましょう!」


 高宮がパンパンと手を叩いた。張り切るのは俺だろ、と苦笑をするが、彼なりのエールだ。勝つことは最低条件。願わくば、完投をしてリリーフ陣を休ませてあげたい。


 先ほど藤島と並んで歩いた道を1人で歩く。突然東京ドームから追い出され、オリオンズに拾われて仙台へやってきた。振り返ればあっという間の5カ月だった。リーグが違うということもあり、こんなにも早くこの場所で投げられると思っていなかった。


 観客の歓声が大きくなっていく。グラウンドが近づいていく証拠だ。


 ベンチに戻ってきた。攻撃を終えた選手たちがグラブを手に取り、それぞれの守備位置に向かおうとしていた。


「頼んだぞ」


 ベンチの最もホームに近いところで壁に寄りかかる磯島監督が一言、声をかけた。


「はい」


 俺はそれしか返事をしなかった。集中力も高まってきた。やってやる。やってやるぞ。


「じゃあ打ち合わせ通りに」


 藤島が俺の尻を叩き、ホームに向かっていった。


「広瀬だ」

「懐かしいな」

「頑張れ」

「おかえり」


 三塁側のファンからの様々な声が飛んできた。期待をすべて背負い、マウンドへゆっくりと歩く。


 緑の人工芝とマウンドの土の境目で一度立ち止まった。帰ってきた。ここから俺の第2の野球人生が始まる。再びマウンドに立たせてくれてありがとう。野球の神様というものがいるのであれば、心から感謝したい。


 帽子を取り、マウンドに向かって深々と一礼をする。


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