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ブルペンから鐘が鳴る  作者: 宮瀬勝成
第2章  杜の都のニューカマー
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第2章6  【クモの糸】

「放送席、放送席ヒーローインタビューです」


 アナウンサーの興奮した声を上げる。


「今日のヒーローは、劇的サヨナラホームランを打った日下部選手と、9回から2イニングを無失点に抑えた高宮選手です!」


 堂々と両手を挙げる日下部に対し、高宮は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、会釈をした。俺はそれを2軍練習場のロッカールームに置かれたテレビの画面越しに見るしかできていない。


「高宮も白石も成長したよな。もう完全に戦力だ」


 南雲さんの言葉に唇を噛みしめた。10歳も若い若手に負けている。俺は何をしているのか。


 2軍で開幕を迎え、ここまで8試合を投げて6勝無敗。防御率は2.01。今日も先発をして7回1失点。順調な成績だ。しかし、これまで1軍からお呼びがかからない。もちろん1軍2軍の入れ替えはかなりの頻度で行われていて、投手陣でも何人も1軍に上がり、その度に誰かが落ちてくる。しかし俺には声がかかっていない。


「なんで俺はあの舞台で投げられないんですか」


 南雲さんに強い口調で言う。「そうだなー」と困惑した表情を浮かべる。


「確かに1回は上で試してみたいって思わせるような成績だよな。まああえてまだ投げさせてないってことはあえてそうしているんじゃないか」


 焦りしかない。30近い選手がいくら2軍で好投を続けようと、上で結果を出さなければ首を切られる。トレードで来たからって関係ない。戦力と見なされなければさようならだ。


「おー遅くまでご苦労さん」


 2軍監督がロッカールームに入ってきた。気づけば、俺と南雲さんしか室内にいなかった。他の若手は、室内練習場で身体を動かしているのだろう。俺は登板したため、マッサージを受けて帰宅する予定だった。


「南雲、明日からの北海道遠征に合流しろ」

「了解です」


 南雲さんが立ち上がり、背筋を伸ばした。


「藤島が少し足を痛めたみたいでな。抹消するほどではないみたいだが、数試合は様子を見たいらしい。捕手を3人体制で行きたいと磯島監督から電話があってな。よろしく頼むよ」


 南雲さんの1軍昇格を間近で見た。しかし、なぜ俺がいる前なのか。普通であれば呼び出し、個別に伝えるはずだ。俺はぎゅっと両手を握りながら見ることしかできない。


「広瀬、悔しいか」


 2軍監督がこちらを見た。当たり前だ。悔しいというものではすまない。


「腹立たしいほど悔しいです。自分なら上でもちゃんとやれます」


 語気を強める。上長に楯突くのは社会人としてふさわしくないが、今の成績で上で投げられないという不満を押し殺す方が難しい。


「だよなあ」


 2軍監督が笑った。笑い事ではない。


「それだけ強気なら大丈夫だろう。磯島監督からお前を煽るように言われてな。もし煽って怒り出したら、伝えておいてくれって伝言を頼まれたんだ。ちょうど1週間後の日曜、お前が先発だ。1軍登録は当日だからそれまで調整しとけ」


 まさにクモの糸だ。入団してから地べたを這いずり回り、仙台へやってきた。今までのどん底の野球生活から抜け出せるチャンスがやってきたのだ。


「なるほど、磯島監督も粋なことしますね」


 南雲さんが笑うと、「そうだよな」と2軍監督も相づちを打つ。


「交流戦の最終戦。1軍は優勝がかかっているという場面だ。相手も優勝争いの一角。勝った方が交流戦優勝というのも十分ありえる。ペナントを取るために勢いづけたい一戦だ」

 

 確かにプレッシャーのかかる登板ではあるが、南雲さんや2軍監督がにやけるほどのことなのだろうか。


「お前まだ気づかないのか?」


 南雲さんが目を丸くする。


「どういうことですか」


 2軍監督がやれやれとため息をつき、発した言葉に全身の毛が逆立った。


「来週の土曜、お前のオリオンズデビュー戦は東京ドームのタイタンズ戦。お前の古巣。敵地での登板になるぞ」


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