第2章5 【セットアッパー見習い】
電話の着信が鳴る。ブルペン担当の投手コーチが出ると「大丈夫です」と一言答え、受話器を戻した。
「高宮、出番だぞ」
「はい」
最後に一球投げ込む。調子はいい。開幕から3連投とは予想外だったが、それだけ信頼されているということだ。
「8回の裏2死一、二塁。打者は左が3人続くところだ。6点リードだし、最後まで投げるつもりでいけよ」
逢隈さんが紙コップとタオルを差し出してきた。オリオンズのセットアッパー、中継ぎエースだ。僅差で勝っている8回には必ずこの人が出てくる。チームの絶対的な信頼を得ている。この人ならば抑えると誰もが信じている。
そんな偉大な投手ではあるが、6点も点差が離れていれば、今日はお休みだ。先発と違い、毎日投げる可能性があるリリーフ陣はいかに選手を温存するか、または選手をつぎ込むか、ベンチワークがシーズンを戦う肝だ。
「同期があれだけ頑張ったんだ。お前も応えるんだぞ」
スポーツドリンクをグイッと飲み干す。投手コーチが背中を叩いた。
ブルペンにはテレビが置いてあり、試合の状況を逐次チェックしている。4回あたりで一度肩を作り、戦況を見守っていた。その時は3―0でリードしていた。7回裏あたりで投手コーチに準備を命じられてから、テレビを見ていなかった。
遠目に見えるテレビを見る。マウンド上で選手が集まっている。みな明るい表情をしていた。右下には6―0と表示されている。白石が無失点で投げていたのだ。自分も負けるわけにはいかない。
「よしいってこい」
ブルペン担当コーチが発破をかけ、ブルペンにいる皆が拍手で送り出してくれた。中継ぎ投手が登板するときはいつもこうやってエールを送る。チームの一体感を感じる。
廊下を駆け足で抜ける。車に乗せられて登場する球場もあるが、我が本拠地はベンチの裏にブルペンがある。そのため、ベンチから選手が登場する。
徐々に歓声が大きくなってきた。グラウンドに近づいてきた証拠だ。バクバクと心臓が大きく、速く脈を打つ。このベンチまでの瞬間が1番緊張する。勝っていても負けていても、点差が開いていても僅差でも、この胸の高鳴りは常に変わらない。
勢いよくベンチを飛び出す。さっきまでいたブルペンとは違い、グラウンドがとてつもなく広い気がする。
「高宮あとは頼むよ」
マウンドに残っていた白石からボールを受け取る。
「まかしとけ」
身長が25センチも違うため、白石を見上げる。こんなにでかくてうらやましいと改めて思う。白石のように剛速球もストンと落ちるフォークボールもない。白石が本格派なら自分は技巧派だ。球の出所が見づらいフォームで相手打者のタイミングを外すことに重きを置く。「後はお願いします」と白石は先輩たちに声をかけ、小走りで去っていった。
「ランナーは貯まってはいるが、1点2点ぐらいはくれてやるぐらいの気持ちでいけば大丈夫だ。いつも通り打たせていけよ」
円陣が解け、佐々木投手コーチがマウンド後方で見守る中、投球練習をする。1球投げると、「よしいいぞ」と藤島さんが頷いた。
白石はエースになる、自分はセットアッパーになる。開幕前2人で約束した。「俺が試合を作って、高宮が締めるって最高じゃないか」と笑っていた白石の顔が浮かぶ。点差があるが、チームとしては自分で試合を終わらせるのが理想だろう。この打者をきちんと打ち取り、最終回もマウンドに上げてもらいたい。
投球練習が終わり、プレイが再開した。ピンチとはいえ、相手打者は6番。代打も出なかった。落ち着いて投げればきっと大丈夫だ。
一塁側の左足がギリギリプレートに触れるところに立つ。左打者にとっては背中側からボールが来ることになる。背が高くなくても工夫をすれば抑えられる。
相手打者にとって、ここはなんとしても打ちたいところだろう。今日勝たなくてもいい。が、高卒3年目に簡単に捻られてしまえば、プロとしてのプライドが許さない。素振りから打つ気持ちがひしひしと伝わってくる。ということは。初球投げるのは、カーブだ。
藤島さんも考えていることは一緒だ。迷うことなくカーブのサインを出した。だよなあと首を縦に振り、構える。
一塁でリードを取る走者を見る。2死なのでファーストのモーリスはベースについていない。
足を上げると同時に体重移動を開始する。素早く右足を地面につけ、投げる。走者を走りにくくさせるためのクイックモーションだ。
どろん、とゆっくり、放物線を描き、ホームベースまで向かう。球速は110㌔程度しかない。
タイミングを外された打者は身体が前に突っ込んだ。しかし、体勢を崩されたら、バットの動きを止めるのは至難の業だ。
鈍い打球音が一塁方向へ飛んだ。ベースカバーに入るため、一塁へ走る。モーリスが右へと動き、捕球する。
モーリスが下手で優しくトスをした。それをがっちりつかんで、ベースを踏む。
「ナイスピッチングネ」
モーリスとハイタッチをしながらベンチへ戻る。1球で打ち取れた。球数をいかに少なくしてアウトを取るかにこだわっているので、自分にとっては最高の結果だ。
「さすがだな」
白石がベンチ前に出て、右手を差し出してきた。グラブでタッチをする。
「高宮次も行けるな」
磯島監督に元気よく「はい」と返事をする。




