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79. 嵐の前の

 その体躯の大きさと声の大きさ、そしてどこから見てもドラゴンという見た目のわかりやすい脅威。

 さすがの片山一家も思わず身を寄せ合った。


「あまり雨が強いと貴様らの声が届かぬかも知れぬからな。弱くしてやったぞ」


 ぎょろりと眼だけ動かし、片山一家を見下ろしてくる。

 その声と動きに怯えた文葉がぎゅっと雅花のズボンを握り、そのまま背後に隠れる。

 確かに、雨はいつの間にか弱くなっていた。とは言え、ウィリアムの周りには雨は降り注いで来ないので、言われるまでまったく気付いていなかったが。

 文葉の動きを見てか、ドラゴンがその目を細める。口角が上がり、その隙間から牙が覗いた。

 思った以上に白く綺麗な牙だった。


(もっと象牙っぽい感じかと思った。 ……しかし、こう冷静だよな。『頑固親父』のおかげかねー)


 スキル『頑固親父』は精神的な影響を無効化する。恐怖なども打ち消すのであろう。


(しっかしでけーな…… ○ンハンでこんなん狩るのかー。……うん、無理。まぁ、あの夫婦はもっとちっさいか。それでも無理やろうけど)


 場違いなことを考えつつ、文葉が怯えているのは良くないな、とも雅花は考えていた。

 他の家族は放心しているし、ハイエルブズも特に動きは無い上に雅花の位置からでは前にいるハイエルブズの表情は見えないので、とりあえず雅花自分から動いてみることにした。


「えーっと、初めまして。ところで、うちの子供になんか用でしょうか?」


 弱まったとはいえ、一応雨音に負けないようにそこそこに大きい声で聞き返す。

 双子がちらりと雅花の方を振り返った。その目は少し驚いているようであった。

 そして、ドラゴンの細められたままの目も少し表情を変えた。

 先ほどまでは悦に浸っていたようであったが、今はどこか面白くなさそうな雰囲気だ。

 同じ細めた目なのにわかるもんだなー、と雅花はこれまた冷静に観察していた。

 ドラゴンがゆっくりと鎌首をもたげる。雅花を睨むように見詰めながら、大きく息を吸い込む。


「あ、ちょっと待った、今の無し、やり直させて! そもそもあたし客人というか訪問者というか、威厳見せた方がいいのかな、と思っただけでよく考えたらあたしの地元の立場をここで見せる必要ないしポレノーの神獣の立場もあるわけだから、とりあえずほら、まずはお互いの自己紹介から始めようというか、あたしたち仲良くなれないかな? ううん、きっと仲良くやれると思うんだけど」

「急にどうした?! 今までの前振りはなんやったんっ?」


 今までの雰囲気作りはなんだったのか。急に威厳も無く若干下手に出ながらべらべらと話し出した竜の態度に、思わず雅花が突っ込んだ。

 声音もさっきまでとは打って変わって、若々しい女性っぽいものになっていた。


「ほら、サービス精神というか、そういうの求められてるかなーと思っただけで。あたしもそれほどヒューマンに会ったことないんだけど、こういうのがお約束かな、ってお爺様とかから昔話で聞いててさ。お婆様もね、女性だとばれるとなめられたり卵狙われたりすることがあるんだって、なんでかわかんないけどヒューマンは馬鹿だからそういうもんだと思いなさいって。だから言われた通りまずは男っぽい声でいこうかな、って。結構練習したんだけどどうだった? あ、で、どういうことかと言うとね、でも、お爺様やお婆様からこっちの地方の話を聞いたこと無かったし、こっちの作法は違うのかもしれないな、って気付いたわけなの。あたし一応知的で温厚だからさ、最初は相手に合わせるのも大事かなって。ね、ほら、ヒューマンごときにも気遣い出来る優しいドラゴンでしょ?」

「知的で温厚かどうかはわからんけど、すごく焦ってるな、とは思う」

「何よっ、そもそもあんたたちヒューマンごときがあたしと対等、そう、対等。初めての出会いだからまずは対等に話さないとね。敵対意識とかまったくないよ、あったら姿現さないよ、ね、そうでしょ、そう思うでしょ? あ、ハイエルフもいるじゃない、キヅカナカッター。どおりでなんか威厳が違うなって思ったのよ。あ、ヒューマンごときと勘違いしてゴメンネ、ほら、あたしのサイズだと細かな違いに気付き辛くて。あまりヒューマンに会った事ないしってこれはさっきも言ったっけ? いや、雰囲気や威厳でわかってたのよ、でもあたしこっちに来たこと無かったし、噂に名高いポレノーの場所だから、ヒューマンも普通とは違うのかな、って。そうだよね、所詮はヒューマンだしね。ということは、そちらのヒューマンっぽい人たちもハイエルフゆかりの方なの?」

「よくしゃべる奴だねぇ」


 ガルディミアの声が聞こえた。

 いつの間にか、雅花達から見て左手側、竜の右手側割と近くにガルディミアが姿を現していた。右手にぶら下げている剣が青く輝いている。

 よく見ると、雅花達から見て右手側にはピローテスが姿を現していた。こちらは白く輝く剣を握っている。多分、残りの2人もドラゴンの後ろ側にいるのだろう、雅花達からは姿は見えなかったが。


「エー、ソウカナー? あたしの生まれの方では普通だよ、普通、うん、普通。別に怪しくないよ、あたし良いドラゴンだよ。ほら、悪いドラゴンは自分から悪いドラゴンとは言わないけど、良いドラゴンは自分から良いドラゴンっていうでしょ? 言うよね、逆だからね、悪いドラゴンがすることの反対のことするよね、良いドラゴンだから。あたしなんて良いドラゴン過ぎて優しすぎるってお父様に注意されるぐらいだから、ちょっと直さないといけないかなーって思ってるのよ。ほら、与えすぎるのも良くないからね。樹木も水をやりすぎると根腐れしちゃうからね。バランスってむずかしいよね、あたし天才だっていわれるんだけど、そこらへんの経験がまだ足りないからまだまだ頑張らなきゃいけないかなって。えーっと、なんだっけ? あ、そうそう、水やりすぎちゃ悪いから雨も一旦止めるね。大丈夫、こんだけ濡れてたら当分の間あたしは元気だから。あ、ちがうっけ? えーっと、そうそう、まずはゆっくりお話しない? ね、ほら、良いドラゴンだよー、怖くないよー」


 話しながらゆっくりと姿勢を低くし、足を曲げ頭も地面に届くぐらい低くして視線をそれなりに合わせようとしてくる。

 雨に濡れたその体から雫が流れているが、汗に見えなくも無い。


『必死だな、とか言いたくて仕方ないけど、ややこしくなるから話進めようか。ほら、おふみもあまり怖がってるとあのドラゴンが怖がっちゃうからね。周りのみんなに脅されて』

『そうね、おふみ、かわいそうだからちょっと挨拶するか手を振ってあげて?』

『……こんにちは』

『文葉、日本語だとわからないと思うよ』

「こんにちは、ふみはです」

「こんにちは、幹都です」

「こんにちは、こんにちは! フミハとミキトね。ちっちゃいね、あたしの卵の時よりちっちゃいね。そんなちっちゃい奴を傷つけたりしないよ、卵は大事にしないとダメだからね、はーい、大丈夫、もう大丈夫! ね、大丈夫でしょ、大丈夫!!」

「……えーっと、おふみや幹都も大丈夫そうだし、一旦話し合おうか。ちょっと気の毒になってきたし」


 相変わらず雅花は魔力の流れとかはまったくわからない。わからないのだが、まぁハイエルブズ達が何かしてるだろうなー、というのは目の前の竜の態度でわかった。鎌首をもたげた時、ちらっとハイエルブズ達の様子を見たが雰囲気が違っていたので。温厚なところしか見たこと無いスーヴェラですら、なんか怖かった。さっきまではそうでもなかったのだが。

 多分、あのままこの竜が吠え声でもあげようものなら、一斉に攻撃魔法が飛んだりしたんだろうなー、と考えた。竜のおびえっぷりからしても間違いないだろう。そして、竜が怯えるぐらいの威力なんだろうな、とも思った。


(ハイエルブズ、どんだけ強いんだ。そして20人ぐらいのハイエルブズ+ポノサマで戦っても敵わなかった魔獣はどんだけだったんだ……)


「……まさはなくん、私たち、いきなりラスボス戦に放り込まれてたんだね」


 登志枝も雅花と同じことを考えていたようだ。


「ねー、クソゲーだねぇ」


 とりあえず、嵐は静けさを見せる間も無く収束したようだった。

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