72. 進まないなー
「ということで、今後は神獣様のことはポノサマ、と呼んでください」
雅花がそう締めくくった。
あの後、とりあえず子供たちに触らすのは良いだろう、ということになった。
が、子グリフォンをいきなり触らすのも心配ということで、母親がまずは試しで、と近寄ったところ、やっと正気に戻った父親が家族を守るのが私の役目だ、と割り込んできた。
ということで、幹都と文葉が父グリフォンの前足や頭、たてがみなどの撫で心地を堪能していた。
雅花が小声でアグリンディアに確認したところOKが出たので、折角なのでと雅花がざっくりと説明をしだした。
魔獣をいつの間にか倒していたこと、ポノサマとハイエルフを登志枝が治療したこと、ちなみに蘇生については触れなかった、他の世界からの来訪者でありポノサマが呼んだ客人であること、今後神獣はポノサマという名前を名乗ること。
話が終わる頃には、いつの間にか子供達は子グリフォンを撫でていた。子グリフォンも子供達にすりよりじゃれている。あと、登志枝とアーシェラもいつのまにか母グリフォンを撫でていた。
「あ、ソレ、良いです」
「うん、そう、撫でる時、ただ触るんじゃなくて、指の先まで力を抜く感じで、ぴっとりと密着させるようにね?」
「はい、勉強になります」
どうも女性陣は撫でてるというよりはマッサージの方に行っているようではあるが。
「魔獣のことは我らも聞いていた。神じゅ――」
「ポノサマ」
「……ポノサマやハイエルフの方々が苦戦する程。あなたたちが来ていなければ、この森は危なかったのだな」
「実感まったくないけどね。やったとしても、多分ウィルがなんかしてくれたんだろうし」
「私も特に実感ありませんね」
雅花の腰のポケットに入れていたスマホからウィルの声が響いた。少しくぐもっている。
父グリフォンが驚いた顔をしたので、スマホを出してウィリアムを指差し、ここまで声を飛ばせるの、と説明になっていない説明をした。
「マッサナ様、皆ゆっくりしてるようだし、お昼もここで済ましていくかい?」
「あー、そうね、湖までは行きづらいね。でも、せめて当初の予定通り沢ぐらいは行きたいかな。魚食べたい」
「そういうところはヒューマンなのだな」
「今回も、ハイエルフでは食べてないものを買いにヒューマンの村に行くのが目的だからね」
「む、ヒューマンの村か。大丈夫なのか?」
「そういえばさっきグリフォン語? でしゃべってる時もそれっぽかったけど、なんでヒューマンはそんな嫌われてるの?」
嫌われてるなー、ぐらいの軽い気持ちで雅花は聞いた。聞いた相手はガルディミアと父グリフォン。
後で知ったのだが、グリフォンの卵や雛はヒューマンにさらわれる事がちょくちょくあるらしい。
返り討ちにすることもあれば、気付かないうちにさらわれたり、親を殺されることもあるそうだ。それ以外にも、森に入ってきて不届きな事をするヒューマンも多いらしい。
ということで、雅花はそれから長い間一人と一匹からヒューマンが如何に姑息で傲慢か、それなのに悪いのは一部だけでヒューマンという種全てを憎むべきでないというポノサマの寛大さと甘さについての愚痴などをたっぷりと聞かされるのであった。
*****
「さらにだ、さらにだよ! 奴らは何も考えずに木を切るだけなんだよ。間隔だけではなく、木肌や枝ぶりを見ればどれを切った方が森のためになるのかなんて一目瞭然だろうに」
「あー、うん、俺はちょっとわからないけど、本職ならそういう知識もそりゃいるかなー」
「狩りの仕方もなってない。森の端の方でこそこそしてる分には分相応だとあざけることも出来る。こちらの縄張りにも踏み込むのなら、それ相応の覚悟と作法を心得よ」
「あー、覚悟はともかく、作法は大事だね。でも、教えてもらえてないので、うちらも今はわからないなー」
「2人とも、そろそろいいかな?」
「というか、何してるの?」
やっと助けがきた! と雅花はアグリンディアとその隣の女性ハイエルフに目を向けた。
なんどか助けを求める視線を送ったが、皆苦笑を返すか頑張れ、という視線を送るだけだったので。
「って、あれ? えーっと、ごめんなさい、何回かお会いしてますよね」
「ルィンルルーです。こちらにいるとうかがったので、ご挨拶と報告に」
森の見回りに出ていた12人のうちの一人だそうだ。
グリフォンが現れた後でそこそこ近くにいるのがわかったので、長くなりそうだから、とアグリンディアが呼びつけたらしい。
後ろにはさらにメルディルと、ソールッドというハイエルフの男性が立っていた。2人とも、雅花が気づいたのがわかったようで笑顔で手を振ってきた。
「あぁ、報告かい?」
「もう終わりました。そろそろ昼食にしようかと声をかけました。マンゴーとマンゴスチンを採って来たので」
「え? この森ってそういう南国風のフルーツもあるの?」
「南国風? まぁ、環境がちょっと変わるところがありまして、そこの地域の見張りに行ってたのでついでに採って来ました」
「あぁ、そうか、南国っておかしいね。いや、大分ここらへんと環境変わってるってこと? その手の植物ってかなり高温多湿じゃないの?」
「はい、まさにそういう環境です。かなり昔にその一帯だけおかしくなりまして」
「へー、出来れば見に行きたいけど、その響きだと危険なのかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ウィリアム様で行くのは厳しいかと思います」
「ハイエルフからしたら大したこと無いのかも知れぬが、我らはあそこには近寄らぬ」
思わずと言った様子で父グリフォンが口を挟んできた。そちらに目をやると、鷹の顔なのに心底嫌そうな表情が読み取れた。
ポノサマといい、この森の動物達は表情豊かでわかりやすい。
「とりあえず、食事にしようか」
アグリンディアがそう締めくくった。
子供達はもう食べ始めているようだ。子グリフォンたちも一緒に啄ばんでいる。
「マンゴーにマンゴスチンかー、久々な気がするなー。ってか、もうお昼なんね、大分遅くなっちゃったなー」
結局、お昼までリンゴのところで休憩していたことになる。
村に着くのを少しでも遅くしようとしてないよな、と雅花は少しだけ不安になった。




