5. 両手ですくえる水はうんたらかんたら
本日二話目です。明日も二話掲載予定です。
「うわ、なんだこれ、くっせ。なんか一気に臭い来たなー。魔獣からか?」
雅花は一人神獣の下を離れ、登志枝や文葉がいる最初の広場に戻ってきていた。
近づくにつれなんか臭うなー、と思っていたが、広場が見えてきた時には決定的になっていた。
とにかく臭いのだ。多分魔獣の血の酸化でも始まったのだろう。先ほどまでそれほどでもなかったと言うことは、魔獣が死んでからそれほど時間がたっていなかったということだろうか? それとも別の理由だろうか?
雅花は口元をハンカチで覆いながら魔獣の体を駆け上り車のドアを開け運転席に滑り込む。
「お帰りなさい、まさはなくん。幹都は?」
「うん、ちょっとこの先でクマさんに出会ってね。幹都は今、看病してる」
「え? 何それ、大丈夫なの?」
「幹都が大丈夫って言うし、一応それなりに問答したから。それよりもとしえさん、この臭い大丈夫?」
「ううん、正直もう勘弁してって感じ。ちょっと気持ち悪い」
「ふみはもくさい、きらい」
登志枝の顔は大分青かった。彼女は割りと鼻が良いし匂いに敏感なのだ。文葉も顔をしかめているが、こちらはそれほど辛そうではなかった。
「あと、なんか暑くない? クーラーつけといてよかったのに」
「だって、まさはなくん鍵持ってっちゃったし。ドア開けてたんだけど臭くなってくるし」
「あ、そうか、ごめん」
雅花は右ポケットをまさぐり、確かに車のキーを持ってったままだったのに気付いた。
「……待って。俺、いつ車のエンジン止めた?」
「……え? そういえば何時だろ? 気付いた時には止まってたけど?」
「……だよね。エアバッグが作動するとエンジンが止まるタイプなのかな? って! そういえばエアバッグは?!」
エアバッグはいつの間にかなくなっていた。それどころか、ハンドルを見ても助手席を見てもエアバッグが差動した痕跡が一切無かった。
「勝手に仕舞うタイプとかじゃないの?」
「そんなん聞いたことないけどなー? つーか、一度差動したエアバッグ使うとか微妙じゃない? 一回目で傷ついてたらどうするの、とか。おふみ、ここにあった風船みたいな白いヤツ、どうなったかしらない?」
「ううん、ふみはしらない。あのね、ずっときれいだったよ」
「……一回俺が帰ってきた時はどうだったっけ?」
「えー? どうだったかなー? それより、急いだ方がよくない?」
雅花は何か気にしているようだが、登志枝は特に何も感じていないようだ。
まぁ勝手に直ってたとしても別にいいか、と雅花も気持ちを切り替え、車のエンジンを掛ける。車は問題なく動いた。
「窓開けるけど我慢してねー」
雅花が窓を開け、大きく体を乗り出し後ろを見る。ゆっくりと車をバックさせ、後ろ足を渡って下がっていく。
尻尾が少しこするかなー? と思ったが、特に問題なかったようだ。着地の時に何かにぶつかる音やこすったような音がした気はするが、思ったよりスムーズに車は地面に降り立った。
「多少は仕方ないか。それに、あの魔獣にぶつかった時にへこんだりはしてるだろうし。走れるならいいや」
軽くため息をつきながら雅花がそう独り言ちる。
車の向きを変えると、そのまま神獣の下へ向かおうとしたが、車を止めた。
「そういえば、ハイエルフの2人はどうなったん?」
「エルフじゃないの? 灰エルフ? 声は特に上がってないし、様子も見に行ってない」
ちょっと待ってね、と雅花がハイエルフ2人の下に車を近づけ、車から降りて様子を見る。
発見してからそこそこ時間がたったように感じるが、幸い2人はまだ生きているようだ。
ただし、顔色は大分悪くなっている、気がする。もともと白い綺麗な感じの肌なので、雅花には良くわからなかった。
(うーん、この臭いのところに置いてったら体調悪くしそうだなー? あと、なんか悪い影響出そうだし、アンデッドとかになられてもいやだなー。あ、それは向こうの方か。どちらにしろ、どうするか。連れて行くにしろ、このまま置くとシートが血で汚れるよなー。トランクも荷物がいっぱいだし…)
雅花はちょっとだけ悩んだ。
近くに倒れている木に駆け寄ると、枝を2,3本叩き折り香りを嗅ぐ。そして枝を2人の顔の近くに置くと手を合わせて頭を下げた。
(少しでもマシでありますように。あと、まぁ頑張ってください)
とりあえず、連れてってもどうしようもないし。ということで、雅花は置いていくことにした。
「……もうダメだった?」
車に乗り込むと、登志枝がそう声をかけてきた。少し目が潤んでいた。
「ん? あー、ごめん、死んでない死んでない。臭い楽になるかなーって思って。うちらで出来る事ないし、連れてけないしね。今は普通の状況じゃないから、うちらに出来る事を確実にやっていこう。まずは、幹都と合流して家族全員集合。それが第一。あ、あとクマだけど神獣だって。しゃべるよ。ファンタジーの世界だねー」
「クマさん、しゃべるの?」
「うん、しゃべってるよー。……あ、そうだ。『2人とも、父がしゃべってる言葉わかる? わかったらクマさん大好きって言ってみて』」
『クマさんだいすきー』
『え? クマさん大好き。……あれ? 何この言葉?』
すげー、みんなしゃべれるんだなー、と雅花は感動していた。
感動しながら、車を走らせ神獣の下に向かった。神獣から聞いた話を説明しながら。