40. あたらしい生命
アーシェラとスーヴェラが慌てて靴を脱ぎ実の側に駆け寄ってきた。果物はテーブルの上に少し乱暴に置かれた。
「えっ、これ、ちょっと、もうこんな大きさになってたの?」
「わかんない、もうちょっと先だって聞いてたけど!」
「一昨日はここまでじゃなかったわよね!?」
2人の剣幕に少し呆然としていた雅花だが、我に返り慌てて頭を下げた。
「すいませんでした! ごめんなさい! 離れようとするとピカピカとこう明滅して、それが連れてけ、と言ってるようで、持って返らないといけないと思って!」
「「明滅っ!?」」
アーシェラとスーヴェラの2人が叫びながら雅花の方を見た。
その声に驚き雅花は頭を上げたが、慌てて再度頭を下げた。
「すいませんでした!」
「――えっ、あっ、いや、いいんです、マッサナ様。それより、明滅ってやばいヤツじゃなかったっけ?!」
「ごめん、僕は良く知らない。ちょっとハエルミアかガルディミア呼んでくる!」
「お願い!」
スーヴェラが慌てて靴を履き飛び出していった。いつの間にか幹都と文葉も起きてきて、ドアから覗いていた。
登志枝は騒動に付いていけず、オロオロとしている。雅花は深く頭を下げていた。
「……あっ、すいません! マッサナ様、違います、頭を上げてください、大丈夫です。この大きさですから、持って来たのは大丈夫だと思うんです、多分。ただ、あまりにも時期が早かったから……」
我に返ったアーシェラが慌てて雅花に駆け寄り、肩に手を添えて頭を上げようとする。
「早い?」
「はい、確か、あと600か700日ぐらいは先のことだと思ってたのですが……」
「えーっと、何の話?」
登志枝が恐る恐ると言った感じで声をかける。
「あ、これ、というか、この子が、こう、本当はまだもうちょっと小さいはずでした。一昨日はまだもうちょっと小さかかったと思うんです。あー、私ももっとしっかり見ておけばよかった……」
「本当はこの大きさになるのが、あと600日以上先の話だった、ってこと?」
「はい。なんでこんな急に成長しちゃったんだろう? ……あっ、そうだ、お湯、お湯沸かしといた方がいいんだったかな?」
「お湯ですか? 私が沸かしておきますわ? どのくらいの量ですか?」
「えー、いっぱい? 少なくともこの子が入るぐらいの」
ぷー子が文葉と一緒に出てきて、土間の隅にあったバケツに水を張り、湯を作る。
「え? 煮るの、これ?」
「……もしかして、なんかやばいヤツだった?」
登志枝があわてて浄化を家に張ろうとした、というか張った。
と同時に、部屋のドアが開いてハエルミアが走りこんできた。
「ごめんなさい、失礼するわ! これ? ホント、急にこんな!」
珍しく慌てた様子でハエルミアが駆け寄り、椰子の実もどきに触れた。
「あ、良かった。これなら大丈夫そう……」
そういってハエルミアはほっと息を吐くと、雅花に向き直った。
「マッサナ様、この子を何時連れてきました? もいだのはどのくらい前?」
「すいません、たった今です。 その後まっすぐ家に帰ってきたので、10分は経ってないかと」
「わかりました、あと、スーヴェラが明滅してた、って言ってましたけど?」
「はい、広場に近寄ったら、こうほのかに光ってて。で、近寄ってみて離れようとすると激しく明滅して、触ると光が治まるので、持って帰って欲しいのかな、と…… すいませんでした」
「いえ、マッサナ様、ありがとうございます。連れて帰ってくれて正解ですわ。もしそのまま放置して木から落ちてたらと思うと、本当にぞっとします……」
ハエルミアが優しく椰子の実もどきを撫でた。触れたところは特に光ったりはしなかった。
「……本当にすいませんでした。勝手なことをしてしまって」
「マッサナ様、トッシェ様、頭を上げてください。私たちが悪いのです。まさかこんな容体が急変するなんて思っても見なくて。この子を救っていただき、ありがとうございます」
雅花が再度頭を下げ登志枝も頭を下げた。それを止めて、ハエルミアも頭を下げる。
「……ごめんなさい、良くわかってないのですけど、結局『このこ』はどういったものなのでしょうか?」
「あら? アーシェラ説明してなかったの? すいません、これはハイエルフの赤ちゃんです」
「「ふぁっ!?」」
「もうすぐ出産ですね。大分早いので、ちょっと未熟児かもしれませんが…… でも、その割には十分な大きさですから、どうなんでしょうね?」
「えっ? 出産って、もしかしてハイエルフって、エルフの木説の方? いや、それはハーフリングだっけ?」
雅花がTRPGの知識を思い出そうとして混乱する。
その時、誰かが駆けつけてくる音とドアのノック音が聞こえたと思うと、返事も待たずにドアが開かれガルディミアが入ってきた。その後ろにはギルロントとメルディルもいた。
「ごめん、邪魔するよ! ハエルミア、その子かい?」
「えぇ、状態はかなり良いわ。もいでから10分ぐらいだそうよ。一応急いだ方がいいと思うわ」
「わかった、湯を頼む!」
「ここにありますわ」
ぷー子とアーシェラがバケツの熱湯を見せる。
「あ、ありがとよ。でも、ごめん、赤ん坊を入れるお湯だから、ちょっと熱すぎるね。あと、一応綺麗な器じゃないと、感染症とか、ね」
ギルロントとメルディルが持って来た木の器を家の上に上げて、お湯の準備をしだす。
ぷー子とアーシェラがしょんぼりとする。
「あー、すまないね。アーシェラも直接立ち会ったのは初めてだもんね。 ……もうちょっと近くなったらもっと見廻って、説明もしとく予定だったんだが……」
ガルディミアが2人を慰める。
と、ドアが再度ノックされ、返事も聞かずにクルンディとスーヴェラがなだれ込んでくる。
どちらも大量の布を抱きかかえていた。
「すいません! ど、どこに? 早すぎる!?」
「そこだよっ! 大丈夫、見た感じは悪くない。マッサナ様に感謝するんだね」
クルンディが椰子の実に駆け寄りぎゅっと触れる。その後、マッサナにも駆け寄り、両手を握り頭を下げる。
「マッサナ様! 本当にありがとうございます。私も私の子も救っていただき、本当にどう感謝すれば良いのやら……」
「あ、いや、ホント、こちらこそ、勝手なことをしてすいませんでした。もいだ感じ、すぐに落ちるということは無かったと思うので、皆さんでも十分間に合ったと…… ん? 私の子?」
「え? その赤ちゃん、クルンディさんの?」
「ハイ。私とケレヴィアの子供です」
ケレヴィア? どっかで聞いた気がする、と雅花と登志枝が記憶を必死に探る。
「よし、準備できたよ!」
と、ガルディミアが皆に聞かせるように声を上げた。
「マッサナ様、トッシェ様、では始めさせていただきますね」
「えっ、何を? あっ、出産? え、ここで大丈夫? いえ、もちろん、どうぞどうぞ」
登志枝が混乱後、あわててどうぞ、と進める。雅花も思考が追いつき、どうぞどうぞ、と進める。
「えっ? この『浄化』はトッシェ様が張ってくださったのですよね? アーシェラ、もしかして説明してない―― あぁ、そういえばこの子が赤ちゃんだっていうのも伝えて無かったわね」
説明が前後になってすいません、とハエルミアが頭を下げる。
「大丈夫大丈夫! そもそも持って来たの俺だし! それよりも、ここで本当にいいの? それこそ感染症とか」
「そこを気にして、トッシェ様が『浄化』を張っていただいたのかと思ってました。騒がしくなりますし、場所を移っても構いませんが……」
「ううん、使って! 私たちは外に出てた方が良い?」
「いえ、出来ればここに居ていただいた方が。折角ですから、私達の新しい家族を見ていただければ」
「はい、是非お願いします」
クルンディがまた頭を下げる。
「よし、始めようか。男衆は下がって。アーシェラと、聖母様とフミハ様も一度こっちに来てもらっていいかい? プー子様とぷースケ様は…… まぁ、一応ぷー子様だけ」
それぞれがぞろぞろと移動する。
「じゃ、女衆はこの子の下の方、そう、そこらへんをノックする感じで。で、撫でてやっておくれ」
女性陣が立てた椰子の実モドキの下を撫でたりコンコンとノックする。ハエルミアは左手を頭頂部に置いて、何かに集中しているようだ。右手にはいつの間にかサバイバルナイフのような物を握っていた。
「……いいわ、いくわよ。トッシェ様、フミハ様、少し大きな音がします。すいません」
そう言ってナイフを振りかぶると、椰子の実モドキの頭頂部に叩き付けた。カンカン、と音をたてながら、連続でナイフを打ち付ける。
音に少し驚きながらも、登志枝は、椰子の実を割ってるみたいと思っていた。文葉は意外にも驚いた様子も無く、笑いながら何やら歌を歌って聞かせているようだった。
ほどなく、頭頂部に穴が開く。穴の中は液体で満たされており、底の方に肌色が見えた。さらに穴の大きさを広げていく。
クルンディが呼ばれ駆け寄った。手桶に満たされた熱めのお湯で、クルンディとハエルミアが手を洗う。
女性陣が手を離し、クルンディとハエルミアで椰子の実モドキを、隣に置いていた木桶に移し傾ける。
中から、ココナッツウォーターかポカリスウェットのような、微かに乳白色な透明な液体があふれた。
ハエルミアが椰子の実モドキの中に手をいれ、中から赤子を取り出し、クルンディに手渡す。ガルディミアといつの間にか来ていたファーロドがぬるま湯を張った木桶を持ってきてテーブルに置く。
クルンディがそこに赤子を浸し赤子をぎこちなく洗う。ハエルミアも手伝う。と、赤子の手足が伸びをするように動いたかと思うと、小さくだが力強く泣き出した。
家の中からも外からも歓声が上がった。いつの間にやら、里のハイエルフたちが皆集まっていたようだ。




