4. 父親ですから
雅花と神獣は少し話をしたが、結局たいしたことはわからなかった。
ちなみに話せるのは神獣だからだそうで、一般的に神遣語というのに分類されている言葉らしい。
やはり、他にも地方や種族によって言語があるそうだ。
話していて気付いた。普通に理解できるので意識していなかったが雅花や幹都も神獣と話す時は神遣語を使っていた。
あまりにも自然に話していたので、気付いていなかったのだ。日本語で話していた時に、外人の同僚に英語で話しかけられたのでそのまま英語での会話に切り替えたような、標準語で話してたら地元の友達にあってお国言葉に切り替わったような、そんな自然さだったので、まったく気付いていなかったというか意識出来ていなかった。
雅花は試しに幹都に英語で話しかけてみた。あっさりと英語で返してきた。もちろん、片言ではなく流暢だった。
異世界チートきたーっ!! と雅花は心の中で乱舞していた。
「……ふむ、確かに今の言語は我には意味がわからなかったのう」
「なるほど。で、なんか心当たりあります?」
「……すまん、我に心当たりは無い。神界に戻れば、誰かはわかるかもしれんのじゃが……」
「えーっと…… 大分楽になっているようですが、体の傷とかが治ってる気配まったくありませんけど、大丈夫なんですか?」
「あやつの呪いの影響じゃろう。とはいえ、ミキトのおかげで徐々にだが回復してきておる。時間はかかるかもしれんが、力を戻し回復魔法を唱えることも可能になるかもしれん」
ちなみにお互いに自己紹介は済んでいる。神獣と明かされた時に幹都が自己紹介したのだ。雅花は自分をチチと紹介していた。神獣は特に何もツッコまなかった。
ちなみに神獣の名前は無いというか、この世界では発音出来ないらしい。なんでも名前を呼ぶだけで力を使うとかなんとか。なので、一般には神獣様とか、ポレノー大森林の神獣とか主とか呼ばれているらしい。
「ちなみに、とりあえずあとどれくらいを想定してます?」
「力が戻るのがか? とりあえず、3日もあれば動くことも可能になるかもしれん」
「すんません、ツレも待たせてるんで、うちらもう行きます。あとはなんとか頑張れますよね?」
「待て、何を見捨てようとしておる。そもそもミキトが居らねばまたゆっくりと死にゆくだけじゃ!」
「幹都が倒れるわ! つーか、もうちょっと早く、例えば他の神様呼ぶとか、その神界に行くとか出来ないんですか?」
「そこまで回復するのはもっとかかる。正直、もう神としての力はほとんど残っておらぬのじゃ。いや、残っておらぬというか阻害されておるというか」
「どっちにしろ、ツレやハイエルフの事も気になるので一旦戻ります。 ……そういえば、ハイエルフ連れてきたら何か好転したりします?」
「……意識が戻っており、我の怪我を治せそうならば」
「やっぱり神獣様がハイエルフの傷を治すのは無理ですか。自分は無理でもハイエルフなら大丈夫、とかないかなー、と思ったのですが」
「何を言うておる。神獣もハイエルフもそこらの動物も癒すのに使う力は変わらぬに決まっておろう。まぁ、確かに大きさや癒す種類にもよるから、我よりハイエルフ、ハイエルフよりそこらのウサギなどを癒す方が楽ではあるが。どちらにしろ、今の我にはまったく力が残っておらぬ。 ……あまり何度も言わすな。一応恥じてはおるのじゃ……」
「あっ、すいません、そういうつもりではありませんでしたが、すいません。今のは私の失言です、すいません」
予想以上に落ち込んだ神獣の声音に、雅花が慌てて頭を下げる。
正直、神獣と言われる前からそんな感じのものだろうと思っていたし、少なくとも今までも悪い雰囲気は無かった。
それでも雅花はまだこのクマっぽいものの事を警戒していた。
何と言っても異世界っぽいこの世界、言葉巧みに騙くらかす存在やそういう警戒心を消す魔法のようなものの存在を疑っているのだ。そういう感じのやつを小説で読んだことがあったので。何と言っても雅花は父親である。家族を守らねばならない。守るためには、石橋を叩き壊すまで、疑い・考え・慎重に行こうと思っていた。
それでも、今の一連の発言は申し訳なかったと思った。なので、素直に頭を下げ反省した。
もともと雅花は素直で本能に従い動くタイプなのだ、良くも悪くも。
「……謝罪を受け入れよう。なに、事実は事実じゃし、そなたは何も知らぬのじゃ。説明せんかった我にも責任はあるじゃろう。じゃから、もう気にせんで良い」
雅花は頭を上げ、一つ大きく息をする。ちょっと血の臭いで気持ち悪くなった。
「では、行ってきます。出来るだけ早く戻ってきますので。幹都、行くぞ」
「ちょっと待て。ミキトは置いていってくれぬのか?」
「置いていくわけないでしょう。ちょっとなんですから我慢してくださいよ」
「いや、少しなら逆に置いて行ってくれても構わぬじゃろう。大丈夫じゃ、ミキトや我を襲うような輩はこの辺りにはおらん」
「いやいや、目の前にいるじゃないですか」
「そなたはまだ我を疑っておるのかっ!? さっきの謝罪はなんじゃったんじゃ!? 神獣と言うたであろうがっ!」
「え? 普通に言い過ぎたかな、と。それとこれとは別じゃないですか? 神獣と言うのも自己申告だけですし、神と言えども獣は獣ですし、神への供物じゃーとか言われて喰われる可能性もありますし」
「いい加減我も泣くぞ! 大分神気も戻ってきておろうに、これでもまだ信じぬのか? 我は生贄を求めたことはないし、恩を仇で返すような恥知らずでもないわっ!」
「……父っ。大丈夫だから。僕ここに残ってて大丈夫だから2人を連れてきて」
「ダメ。父はね、家族みんなを守るためにいるからね。確かにこの神獣様から悪い感じはしないよ。幹都が助けてるし、死なせたくは無いよ。でもね、それでも何があるかわからない。こんなクマさんがしゃべってるんだよ、ここは普通のところじゃない。そんな普通じゃ無いところに幹都一人残せない。本当はすぐにでも母とおふみともみんな一緒に居たいの。だから、まずは戻ろう。そのあとでまた来ればいいでしょ」
神獣の前からゆっくり移動し幹都のところに行くと頭をやさしく撫でる。
「……我を疑っているからだけではないのか」
「父親ですから。私の感情とか置いといて、子供を第一に守ることを考えますから」
「……親、か。神獣の我に対しても、親として守るというのか……」
何か雰囲気がおかしいことに雅花は気付いた。あれ? またなんか地雷踏んだかな? と思ったが、とりあえず黙っていることにした。
「……どうすれば信用してくれるのじゃ?」
「……」
「我の爪を剥ぎ、牙を折れば我にミキトを襲う術は無いと納得してくれぬか?」
「はい?」
「いっそ、右手と両足ももげばよいか? そこらに我の左腕が転がっているはずじゃ。その爪を使えば、そなたでも我の体を切り裂くことは出来ると思う。じゃから、ミキトを残していってはくれぬか? 我の手足がなくなろうとも、頭が残っておれば力は使えるしそなたらに情報を伝えることは出来る。それで信用してはくれぬじゃろうか」
(えー? 何それー? 俺、超極悪人じゃーん)
さすがに雅花もひいた。あと、もしかして俺が追い詰めちゃった? とちょっと申し訳なく思った。
ふと見ると、幹都が泣きそうな顔で雅花を見上げていた。
雅花は完全にやりすぎたことを悟った。
「神獣様、申し訳ありませんでした。神獣様にそこまでの覚悟をさせるまで追い詰めてしまったこと、どうかお許しください」
雅花はまた神獣の前まで移動すると、ひざを付き深く頭を下げた。
神獣から驚いた気配がする。
「また、改めて謝罪させていただきます。はじめに、魔獣との関係を疑いましたこと、まことに申し訳ございませんでした」
再度深く頭を下げる。
「幹都は置いていきますので、よろしくお願いいたします。出来るだけ早く戻ります」
「……謝罪を受け入れよう。しかし、いったいどうしたのじゃ? そなたの言い分ならば、我の先ほどの言葉も口だけやも知れぬのではないのか?」
「子を守るのも親の役目ですが、子の意思を尊重したり笑顔にするのも親の役目なので。ちょっと私は片一方に傾き過ぎてたようで、反省しました。あ、一応、腱だけは切っておきますね」
「うむ、わかった。それくらい安いものじゃ。そなたの気の済むようにやってくれ」
「……いえ、冗談なんですけど」
「……」
微妙な空気になった。