35. そろそろ温かいものが恋しい
夕……方……だと……?
朝、雅花が目を覚ました時、登志枝と文葉はまだ寝たままだった。
昨晩、文葉は登志枝と寝ると言ったのでベッドを2台並べて3人で寝ることにした。さすがに幹都は1人で寝ている。
いつもは登志枝が大分早く目を覚ます。昨日飲んだのが効いたのかな、と雅花は思った。
(まぁ、飲んだっていうか、口に含んだぐらいなはずなんだけどなー。相変わらず弱いなぁ)
雅花はむくりと体を起こす。まだ部屋が暗いので顔色は良くわからないが、登志枝の額にはしわが刻まれたままになっている。まだ苦しいのだろうか? 文葉はなかなか大胆な寝相になっている。体の向きが90度真横になっており手足は大きく放り出され、足が雅花の上に、頭が登志枝のお腹の上になっている。もしかしたら、登志枝は重みで苦しんでいるだけかもしれない。
よいしょ、と雅花がお姫様だっこで文葉の姿勢を正す。2人とも起きなかったので、そのまま部屋を出た。
幹都の部屋を覗いてみたが、こちらもまだ寝たままだった。
外を見てみたが、まだ暗い。いや、ほのかに明るくなりつつあるか? かなり早い時間のようだ。
(ふむ……)
普通なら迷わず二度寝する状況である。が、何故か異常に寝起きが良かった。
たまーにこういうことがある。昨日は宴会とはいえ、割と早い時間から始まった。
なんだかんだで色々あったせいか、大分早めの時間から眠くなったため、昨晩は大分早い時間に寝ている。
久々にお酒を口に入れたからかもしれない。雅花は付き合い程度には飲むが、家ではもっぱらジュースやお茶派である。
元々はそこそこ飲むほうだったのだが、登志枝が飲めないのと1人酒はあまり好みではなかったためである。
まー、せっかく旅先というかもっと珍しい場所にいるわけだし、ということで散歩に行くことにした。
本当は登志枝も誘いたかったのだが、あんな苦悶の表情で寝ているので、これはもうちょっと寝かしておいてあげた方が良いだろう、との判断である。
木靴のつっかけを履いて外に出る。
(そういえば今日は靴を作りに行くのもいいなー)
「あら? 父様おはようございますですわ」
「ん? はやいじゃん、おはよー父様」
「おっ、おはよー。そうか、外にいたのか」
運転席の窓が下がり、ぷー子とぷースケが顔を出す。ウィリアムのところで何かやっていたようだ。
「丁度いい、父様、これ聞いてくれよ」
「おはようございます、マスター」
ぷースケがスマホを掲げると、そこからウィリアムの声がした。……ちょっと小さい気はした。
「おぉっ! とうとう使えるようになったのか!」
「はい、ただ、まだちょっとボリューム調整が上手く行きません。距離もあまり離れられませんし。もうちょっと練習したいと思います」
「まぁ、元々あんまり距離は出ないしね、ブルートゥース。でも、もうちょっとやねー」
「はい。ところで、マスターはどこかへ出かけられるのですか?」
「ちょっと散歩にでも行こうかと」
「では、私もお供いたしますですわ」
「おっ、ありがとう! でも、1人でも大丈夫だと思うよ?」
「いえ、どうせぷースケとウィルは調整作業ですから。少々退屈していたのですわ」
そういうとぷー子は、えいっ、とジャンプしてそのまま空を飛び雅花の右肩に止まる。
なるほど、と雅花は笑うと、いってきまーす、と2人に声をかけ歩き出した。
*****
雅花とぷー子が家に帰って来た時、他の家族はまだ寝ているらしかった。
土間の洗い場ではアーシェラが果物を洗っており、スーヴェラがダイニングテーブルを拭きながら食器を並べていた。
「2人ともおはよー。まだみんなは寝てるの?」
「おはようございます、マッサナ様。聖母様はまだ寝ているみたいです」
「おはようございます、マッサナ様。ずいぶん早起きなんですね」
雅花が小声で話しかけると、二人とも小声で返してくれた。ぷー子も小声で2人に挨拶をしている。
「そっか、じゃそろそろ起こそうかな?」
「え、まだ大丈夫ですよ、ゆっくりしていてくださって構いません!」
「まーそれもいいんだけど、そこでピローテスに会ってね。ポノサマが午前のうちに会いたいんだって。で、朝ごはん食べてちょっとしてからぐらいでいいかな、と話した」
神獣様がですか、とアーシェラが呟いた。さすがに神獣を待たせるのは、と葛藤しているようだ。
「あっ、そうだ。2人とも、準備ありがとうね。それが済んだら、3人を呼びに行こうか」
「わかりました。もうすぐ洗い終わります」
「こっちも拭き終わりました。ピッチャーに果汁と水を注いでおきますね」
ちなみにピッチャーも木製で、筒状の本体に取っ手と、注ぎ口に溝が出来ている。
今朝のフルーツは、リンゴとブドウ、大き目のブルーベリーのようなものと、青リンゴ、いやクドンドンだろうか? しかし……
(いいかげん、果物飽きたなー。というか、ジャムとかコンポートとかでパン食べるとか無いのかなー? ……そういえば、火を使った料理を見た記憶が無い。昨日も無かった気がする)
昨日の後夜祭には、フレッシュフルーツとドライフルーツがあっただけだった気がする。いや、コンポートっぽいのはあったような?
「そういえば、パンとかクラッカーとかって食べないの? あとはロティとか、こう小麦とかとうもろこしを粉にして焼く的な」
「果物があれば必要なくないですか? 採れたてですよ?」
「パンですか、昔は作ってた人もいましたが、今は誰も食べないし作ってないですね」
「ほうほう。そういえば、キノコとか食べないの? あとスープとか」
「キノコなんて食べたらお腹壊しますよ?」
「そういえば神獣様が食べられるキノコもあるっていってましたね。でも、甘くないそうですよ? 食感を楽しむだけだそうですし」
「あと、暖かいものはホットワインとかぐらいです。煮込むぐらいなら冷やして飲むほうがおいしくないですか?」
ここに来て、ハイエルフとの食文化とこだわりの違いを思い知った。そこらへんの食べるものが大量にあると、こういうものなのかもしれない。いや、この姉弟だけという可能性は? 他の人は工夫している可能性もある、と雅花は自分を誤魔化した。最悪、片山一家だけで川に行って魚でも食べよう、と考えていた。
「まぁ、とりあえず起こしますかー」
*****
あのあと皆を起こしてアーシェラとスーヴェラも一緒に朝食をいただいたが、子供たちの食いつきがちょっと悪かった気がする。
寝起き+そろそろ飽きてきたのかもしれない。
手伝うといったが、ゆっくりしてくださいと言い張るアーシェラとスーヴェラが後片付けを終え、ゆっくりとおしゃべりしつつ今日のスケジュールを話し合った。
とりあえず、もうしばらくしたら神獣に会う、その後お昼を食べて靴を見学に行く。夕方はピローテスと約束があるので、この家で夕飯となっている。夕飯は、アーシェラとスーヴェラも誘った。まぁ、果物を持ってきてくれるのはこの2人なのだが。
ということで、まずは神獣に会うことにした。長老の木で待ち合わせしている。
長老の木に行くと、神獣は幹に手を当て、何やら話をしている風情だった。少し離れた場所にピローテスが居た。
ウィリアムから下り、片山一家+アーシェラとスーヴェラで神獣に近づく。
「ポノサマー、お待たせしました」
「うむ、大丈夫じゃ。早速じゃが、我は午後すぐにでも、一度巣に戻ろうと思っておるのじゃ」




