29. 続・サービス回。描写は無いよ
「はぁぁー……」
登志枝から惚けきった声が漏れる。
「お湯加減いかがですか? 熱くないですか?」
アーシェラが聞いてくるが、どちらかというと温めだった。だが、熱いお湯が苦手な登志枝には、丁度良い温度だった。
「ううん、すっごい気持ち良い」
笑顔でアーシェラに返すと、アーシェラも笑顔で、よかったです、と返してきた。
文葉は少し離れたところで、静かにお湯の中を泳いで遊んでいた。その頭に濡れたぷー子が乗っている。体が重くて飛ぶのはしんどいんだそうだ。
「……でも、みんなで入れなかったのはちょっと残念です」
アーシェラがぶすくれた感じでそうつぶやいた。登志枝は苦笑を返す。
入り口での騒動の後、男性二人とぷースケは川の方で水浴びをすることになった。水着どうしようか、と登志枝は聞いたが、水着も通じなかった。水浴びも、裸でするそうだ。
水が温かいとお風呂、水が冷たいと水浴びで、それ以外はほぼ同じとのことだ。水浴びをする場所にも、脱衣所と塀があるそうだ。 ハイエルフの里の文化なのだろうから、本来は混浴で入ってあげた方が良いのかもしれないが、ちょっと登志枝には無理だった。申し訳ないが、男女別々で押し通した。
ハイエルフ達は紳士っぽいので、一緒に入っても嫌な感じにはならないのかもしれないが、それでも無理にしようとは思えなかった。あと、雅花は喜んでデレデレしそうなので、それにも若干ムカついた。
ということで、女性は雅花とも絶対一緒に入らないように強くお願いしておいた。スーヴェラはあっさり了承し、里の皆にもきちんと伝えておくと約束してくれた。アーシェラはそれでも、雅花を含めた片山一家全員一緒なら、ハイエルフ達も一緒に入っちゃダメですか? と聞いてきた。やはり良くわかっていないようだった。とにかく押し通し、他のハイエルフにも押し通してもらえるようお願いした。
その頃、混浴の機会が失われたことも知らず、雅花はのんきに車を運転していた。
「……もしかしてハイエルフって性欲無いの?」
湯船の気持ちよさもあり、若干ボーっとしてた登志枝がなんとなく質問した。長寿だし、少数精鋭みたいだし、あまり増やす必要がないのかなー、と思って。場合によってはセクハラ案件であるが、幸いにもそれに気付く人は今この場には誰もいなかった。
「性欲ですか? そうですね、里も大分人が減りましたし、子供は作らないといけないですね。でも、みんなが土に還ってからですね……」
「あ、ごめんなさい……」
「えっ? いえ、構いません。みんな、土に還ってまた戻ってきますから」
アーシェラはそういってニコッと笑った。登志枝は失言だった、と深く反省した。
「聖母様、本当に気にしないでください。あっ、そろそろ体洗いましょうか。これを使ってください」
そういって湯船から出たアーシェラは、ヘチマタワシをタオルにしたらこんな感じかな? という物体を持って来た。
ハイエルフのお風呂の入り方は、登志枝達にはなかなか新鮮だった。
まず、かけ湯をしてからそのまま湯船に入った。事前に体は洗わないそうだ。曰く、すぐ洗うより、お湯に使ってからの方が汚れが落ちますよ、だそうだ。
川から水を引っ張り途中で魔道具を使用してお湯にしてからお風呂に流しているとのことで、お風呂には水の流れがあった。なので、垢とか汚れも流れていくものかもしれない。とりあえず、いいというので従うことにした。ちなみに、ハイエルフの里は上下水道完備だそうだ。
そして今、先ほど渡してもらったヘチマタオルで体をこすっていた。思ったより痛くは無かった。
その後、アーシェラが油を髪に塗ってマッサージしてくれた。花の種からとった油を使っているとのことだ。ブドウからとった油を使うこともあるそうだが、アーシェラは花の種の方が好きなのだそうだ。丁寧に髪に塗り、ヘッドマッサージをしてくれるその手腕はなかなかのものだった。だが、相手が悪かった。
登志枝は一時期リフレクソロジーを習っていた。なんとなく優雅な響きに反し、超体育会系だった師匠に何故か気に入られ、みっちりと、それはもうみっちりと仕込まれたのだ。リフレクソロジーというと足裏マッサージを主にイメージするだろうが、実はボディやヘッドマッサージも行う。一時期は週に5人以上に施術を行い、レポートやチャートの提出を求められていた。もちろんまだ研修中の身なので、友人や親戚など、または適当な伝手を使ってお客としてではなく勉強として。勉強なのだからお金を取るなんてとんでもない、と。お店の手伝いもし、師匠のアシスタントとして見稽古やサポートもみっちりと仕込まれた。残念ながら、幹都の出産と共に辞めてしまったのだが。
ということで、久々に登志枝は燃えた。
遠慮するアーシェラを説き伏せ、アーシェラの髪を洗いヘッドから首、肩にかけて施術を行った。
この後、アーシェラはより一層、登志枝になつくことになった。
あ、この後は髪にタオルを巻いてまた湯船に浸かって、お風呂から出る時に魔法や魔道具を使用してしっかりと油を洗い流し、乾かすそうです。
*****
登志枝達がお風呂から上がって着替え、小屋の外に出ると、ちょうど幹都達が小屋に向かってきているところだった。
「すごーい、タイミングバッチリね」
「あ、私がスーヴェラに今出るから来てって送っといたんです」
風魔法を使って出来るらしい。やはり魔法は便利である。
「おつかれさまー。お風呂どうでしたか?」
「こっちはね、ちょっと冷たいけど楽しかったよ」
「オレも入ったぜ。乾かしてもらってふわふわだぜ」
スーヴェラ、幹都、ぷースケがそれぞれ手を振りながら発言する。
気持ちよかったよー、今度は交代しようねー、と登志枝達も返す。
「それと、家の準備が出来たそうですよ。終わったらまっすぐ来て欲しいそうです」
「はい。じゃ、行きましょう」
ということで、滞在予定の家に行くことになった。
お風呂から大館への道と90度右の方向へ歩く。途中数人のハイエルフとすれ違ったが、皆、登志枝達を見るとその場に立ち止まり、笑顔で会釈してくれた。
目的の家は、お風呂から割りと近い場所にあった。というか、道に沿って大館が見えるので、中心道から少しだけ横にそれた場所に建っているようだ。かなり良い立地に見える。
遠目に、ハイエルフが三人ほど玄関前を掃除しているのが見えた。その内の一人が登志枝達に気付いたようで手を振ってくる。残り2人もそれに習った。
良く見るとヒュメネルと、あとの2人は登志枝が大館で傷の再生と解呪をした2人のようだ。
登志枝も手を振り替えした。幹都と文葉もそれに習う。と、三人娘が駆けて来た。
「聖母様! お待ちしておりました、こちらです」
「聖母様、お荷物お持ちします。ミキト様とフミハ様も、お洋服をこちらに渡してください」
「聖母様、こちらです」
聖母様、大人気である。三人娘の1人、確かディーレントが三人の手から風呂敷と洋服をすばやく受け取り、というか引ったくり、家に駆け戻る。呆気にとられている内に、ナルールウェとヒュメネルの2人が登志枝の腕をそれぞれ取って、家の方に引っ張っていく。
「こらっ! 聖母様が困ってるわよ! 無理やり連れて行ったらダメでしょ!」
「アーシェラは今まで一緒だったんだから、もう帰っていいです」
「アーシェラは一緒にお風呂も入ったんだから、もう譲るべきです」
正気に戻ったアーシェラが文句を言うが、2人も負けていなかった。
いつの間にか文葉が追いついていて、登志枝の脚にくっつくこうとしていた。危ないのでやめてー、と登志枝は声を上げたが両手は未だに自由にはさせてもらえず、その間に文葉はなつかしの抱っこちゃん人形のように登志枝の左足に笑顔でしがみついていた。
幹都は呆気にとられていたままだったが、ふと視線を感じて目線をあげると、スーヴェラと目が合った。
「あっちは大変そうだから、僕たちはゆっくり行こうか」
「はい」
呆れたように言うスーヴェラに、幹都も苦笑を返した。




