3. くまさんっぽいのにであったー
本日最後で三回目の投稿です。
声の聞こえる方に向かうのは割りと楽だった。
明らかに何かデカイの、まず間違いなくあの赤黒い獣が通った後が残っていたからだ。木とかも根こそぎバッタンバッタンいっている。
そして何人か寝てる人やパーツが落ちていたので、雅花は幹都の肩を組むように抱きしめ、そういう場所だけは胸に押し付け見えないように、幹都にも足元だけを見るように言いながら、ゆっくり抜けていった。
「……父、声が聞こえなくなってきた」
「え、マジか。どうする? こっちの方であってる?」
「うん、こっち。……声は聞こえないけど、なんかわかる」
「マジか、すげーな、幹都」
明るい声で軽口を叩きながら、雅花は幹都の頭をガシガシと撫でる。幹都はちょっとうれしそうに笑った。
そこからもう進し進んだところで。
さっきの赤黒い獣に比べると一回りは小さいが十分でかいクマっぽいものが地面に倒れているのを、二人は見つけた。そのクマの、元は金色だったであろう毛は血で染まり、左前足は無くなり左側の顔も大きく爪でえぐれていた。
体中に裂傷があり、右目はもう何も移していないように濁り切っていた。だが、体はまだかすかに上下していた。
「これは……さっきの黒いのの仲間かな? エルフと戦った? ……でも、どっちかというと神々しいか、こっちは」
「……多分、この子が呼んでたんだと思う」
「えっ?! 動物だよ、これ? 人じゃなくて?」
ちなみに雅花は幹都がこのクマっぽいのを見るのは気にしていない。
東南アジアの高速道路は場所によっては野生動物が結構通る。片山一家の住んでいる地域では、道端で動かなくなっていたり肉片になっている野生動物を見る機会は多かった。
正直、雅花はそこらへん麻痺していた。幹都も特に気にしていなかった。恐るべし、東南アジア。
と、幹都がクマっぽいものに駆け寄ろうとした。あわてて雅花が引き止める。
「ちょっ、危ない! まだ動くかも知れないから、やめときなさい」
「でも、助けないと。大丈夫、呼んだのはこの子だから、話を聞かせて、って」
「いやいや、それ何の保障も無いし! 話を聞いてアイツの仇だ、とかえさになれっ、かもしれないでしょ。そもそもどうやって助けんのっ?」
大丈夫、大丈夫だから、と繰り返す幹都に根負けし、顔から遠くの位置で、ちぎれた左前足側から背中だけ触る、という条件で近寄ることを許した。幹都曰く、触るだけで良いらしい。もちろん、雅花も後ろに控え、すぐに幹都を抱き上げて遠ざけることが出来るように身構える。
幹都がゆっくりとクマっぽいものの背中を撫でる。傷を刺激しないように、血がつくのも気にせず、毛並みを整えるようにやさしく撫でる。優しく、ゆっくりと。
弱かった呼吸が少し落ち着いてきたような気がした。
「おぉぉぉ……マジかぁ、さすがやなぁ」
幹都は昔から小動物の扱いが上手かった。動物園のふれあい広場に行くと、どんな動物も幹都のひざの上で大人しく据わる。そして幹都がその毛並みを撫で始めると、みんな気持ちよさそうに目を細め、すぐに眠るのだ。将来は獣医だな、と雅花は親バカなことを考えていた。
(いや、しかし、こんなデカイのにも効果あるんだ……ってあれ? でも別に傷を治しているわけじゃないよな? まぁ、魔法じゃあるまいしそりゃそうか。ということは、最後は安らかに眠れ的なヤツか?)
雅花は幹都と一匹の光景を見て、静かに涙を流した。あ、としえさんにも見せよう、とスマホを構え写真を撮る。
と、クマっぽいものの右目に光が戻った。そしてかすかにうなり声を上げた。
雅花はスマホをポケットにしまい、すかさず幹都を抱き上げると半回転して幹都を置いた。その勢いのままもう半回転して幹都を背中にかばいながらクマっぽいのをにらみつける。
にらみながら、幹都と一緒にゆっくりと後ろに下がろうとするが、とっさのことに幹都の思考がついて来ていなかった。
幹都に当たって動きが止まるが、そのまま雅花は幹都を押しやって後ろに下がろうとする。
「……あやつを、倒した、のは、そなたら、か?」
「……あやつとは何のことでしょう? 私達は通りす「あの黒い獣のこと? 僕達が倒したのかはわからないけど、車の下敷きになって死んでました」……」
うおーしゃべったー! と思いつつ、雅花が対応していたら、幹都が正直に答えていた。
ちょっと叩こうかと思った。
「そう、か。クルマ、が、何かは、わから、ぬが、そなたらが、関係、して、おるのは、間違い、ない、よう、じゃ、の……」
幹都が駆け寄ろうとするのを雅花が体で止める。
「父っ?!」
と幹都が声を上げるが、雅花は幹都を先に進ませない。
「……関係していたらなんでしょうか? 仇を討つとか言われます?」
「我とっ! あやつを! 仲間の、ように! 言うでない!」
わー、これが殺気って言うやつなのかー、棒読みで感想を抱きつつ、目に見えない何かを受けて、雅花は腰を抜かして失禁しそうになった。が、息子の前で父親が醜態をさらすわけにはいかない。雅花は耐えた。世のお父さん方は頑張っている。
しかし、さすがに一瞬動きが止まった。その間に幹都が雅花を避けてクマっぽいののもとに駆けつけ、また背中を撫でだした。
クマっぽいのの殺気が収まっていく。
「……助かる。不思議、じゃ、体が、心が、落ち着く。あやつの、呪いも、弱まっていくようじゃ…」
「……失言したようです。ですが、まだ謝りません。一人で納得していないで、私達にも説明してください。説明してくれないと誤解するのも仕方が無いこともあります」
「……わかった。その前に教えてくれ。ハイエルフ達が、どうなったか知らぬか?」
「二人ほど、まだ息があります。ただ、意識は残っていませんし大怪我をしています。残念ながら、私たちでは助ける方法がわかりません」
うぉーっ! ハイエルフだったのかーっ! っと雅花は心の中で興奮していた。
幹都は黙々とクマっぽいのを撫で続けていた。そういえば、いつの間にか発言が割りとしっかりしてきている。
「……我もまだ力が戻っておらぬ。楽にはなったが、動くことすらまだ無理じゃ。なので、その間に説明しよう。とは言っても、たいした話ではない。我とハイエルフ達は共にあやつ、魔獣と化したあやつを討伐しようとした。そして返り討ちにあい、死に掛けておる。そなたらがあやつを片付けてくれて、本当に助かった、ありがとう」
雅花と幹都はしばし見つめあう。そして雅花が口を開いた。
「いや、お礼を言われても本当に心当たりが無くて。いつの間にか下敷きになっていただけですから。もしかしたら、そのハイエルフの人たちが最後に相打ちに持っていっただけかもしれませんよ?」
なんとなく否定してみる。というか、どう話を持っていくべきか雅花は悩んでいた。
とりあえず助けたら恩を売れるかな、でも動物ってそんな恩を感じてくれるのかなー? などとちょっと黒いことを考える。
「……そなたは、まだ我を疑っておるのか? そなたらに仇なす存在と思っておるのか? 正直、ここまで疑われたことは初めてじゃ」
「疑うも何も、だから説明していただかないとわけがわからない、と」
「説明はしたではないか」
「いや、例えばあなたは何物なのですかー、とか魔獣ってなんですかー、とかなんでしゃっべているんですかー、とか」
「はぁっ? そなたら、我を知らぬのかっ?!」
「え? 有名なんですか? つーか、そもそもここがどういったところなのかもわからないんですが」
「どういうことじゃ?」
「いや、だからそこがわからないんですが」
しばし静寂が訪れる。
「……すまぬ、こっちに来てくれぬか? すまぬがまだ力が戻っておらぬ。そなたらの気も読めん」
「はぁ」
幹都をさらす気は無いが自分ならいいか、と雅花は少し離れた位置をぐるっと回ってクマっぽいのの正面側に立つ。
クマっぽいのの目が少し驚いている気がする。意外に表情が読める。
「……そなた、なんじゃその格好は。いや、そもそもそなたは何者じゃ? ヒューマンで間違いないとは思うが。どこの国から来た?」
ちなみに雅花はボーダーのTシャツ、ベージュの長ズボンとスニーカーにスポーツタイプのウェストポーチをつけている。ハイエルフ達の服装と比べると、明らかに文明が違う。
「ヒューマンが私の知ってるヒューマンと一緒なら、そのヒューマンです。エルフではないですね、この耳ですから。耳の短いエルフがいるならわかりませんが。で、えーっと一応日本という国から来ました。ジャパンとかジュパンのがわかります?あぁ、来た直前の国なら、マレーシアです」
「……もう一度いってくれんか?」
「日本、ジャパン、ジュパン、マレーシア、マラウ、マレイ」
「……まったく聞いたことが無い。どっちの方角から来た? 西の山脈を越えてきたのか? 南の海を渡ってきたのか? いや、しかし他の大陸の神からもそのような国の名前は聞いたことが無い」
「ん? 神ですか?」
「あぁ、我を知らないんじゃったな。我は神獣。このポレノー大森林の守護者たる神獣じゃよ」
神獣来たーっ!雅花は心の中で叫んでいた。
日本でも、場所によっては転がってるところもあるそうですね、肉片。