26. 神獣と魔獣と私たち
「では、私たちは里に戻ります。……本当によろしいのですか?」
「大丈夫、大丈夫。ドライフルーツと果汁ももらったし。それよりも、そっちもまだ本調子じゃないんだから無理せんようにね」
「明け方には起動させるつもりじゃ。そのくらいに集まっておくようにの」
「わかりました。……では、私たちはこれで」
クルンディ、アグリンディア、ガルディミアが神獣と片山一家に一礼する。その後ろでハイエルフ達も一斉に頭を下げる。
神獣も会釈し、片山一家も笑顔で手を振りつつ会釈を返す。
ハイエルフ達全員が魔道具で里に戻るまで、ずっと手を振り続けた。
最後にクルンディがもう一度頭を下げ、魔道具を通り、両開きのドアを閉じる。
片山一家がやっと手を下ろして伸びをする。ふぅ、と体を休めると同時ぐらいに、魔道具に灯っていた明かりが消えた。
「魔力が切れたってことですか?」
「そうじゃの。明日、改めて魔力を補充すればよい」
「大丈夫ですわ。ちゃんとサーサリさんにお話をうかがいましたから、明日は任せてくださいですわ」
「ぷー子すごいねー。ありがと、明日はよろしくね」
「はいですわ!」
「しっかし、結構簡単に補充って出来るんですね。いいねー、これ。電気より簡単っぽいし手軽だし」
「いや、普通はなかなか大変じゃからの? ハイエルフがすごいだけじゃ。まぁ、ぷー子もハイエルフには及ばぬが、ヒューマンなどと比べればかなり上位の魔法量じゃからの。ひとまず繋ぐのであれば、問題なくやってくれるじゃろうて」
「なんかこう、としえさんといいぷー子といい、うちら結構えぐい能力持ちなんですね。あと、魔法ズルすぎると思います」
「いや、魔法能力が高い者ばかり見てるからそう思うだけじゃろうて。あと、体術を見せる機会もなかったしの。我も魔法は使うが、体術の方が得意じゃぞ?」
「ふみはね、おなかすいたー」
神獣と雅花があーだこーだ話しているところに、雅花の袖を引きつつ文葉がそう言った。
確かに、ということで、魔道具から少し離れたところ、ウィルのすぐ横辺りに魔法シートを張ってもらった。
ウィルも混ぜて円になるように、皆、腰を下ろし一段落とばかりに大きく息を吐く。
「あ、まさに、車座やね」
雅花の発言は無視された。
ハイエルフが里から一緒に持ってきてくれた木の大皿の上にドライフルーツを並べ、木のコップと神獣用の大皿に水や果汁などの飲み物を注ぐ。
「この器、良い物ねー。軽いししっかりしてるし、木目も綺麗だし、すごい滑らかだし」
「あ、確かに。何の木なんだろうねー?」
「明日、聞いてみるがよい。色々と教えてくれると思うぞ」
食事を取りながら、ウィリアムも混ぜて今日の出来事や些細な雑談などに花を咲かせる。
ちなみに、車のドアを開けておりエンジンは切った状態なのでウィリアムの声も届く。
登志枝と文葉があくびをしだした。幹都はまだ大丈夫そうだ。
「ん、そろそろ寝よっか」
「そうじゃの、明日は早いしの」
「……ポノサマ。最後に一つだけ」
「どうした?」
「……ちょっと迷ったのですが。聞くのなら、大人だけとかではなく、皆一緒の方が良いと思いましたので」
雅花が姿勢を正す。神獣が視線で続きを促す。
「……魔獣は、ハイエルフの知り合いですか? ハイエルフというか、ポノサマの知り合いでハイエルフも知っている人だったと思うのですが。あ、話したく無いなら適当に誤魔化してください」
「何の役にも立っておらぬ気遣いじゃの。 ……そうじゃの、その通りじゃ。奴は我の眷属での。補佐的なことをしてもらっておったから、ハイエルフ達とも顔見知りじゃ」
「そうですか。では、色々と複雑ですよね。今後、ハイエルフの皆の前とかで魔獣の話はしない方がいいですよね?」
「まぁ、そうじゃの。皆複雑とは思うの……」
「と、言うことで、明日からはさっきの大きな黒い獣のこととかはお話しない、ということを覚えておいてね。幹都、文葉、気をつけてね。まぁ、他の楽しいこといっぱいしようね」
「うん、わかった」
「はい! ふみは、おっきなクマさんのことは、はなしません」
「よし、えらーい! じゃ、みんな今日はもう寝ましょう! ごめん、ウィル、うちらの荷物出して」
雅花が立ち上がり、トランクを開ける。そこには、スーツケースが二つ転がっていた。
「……詳しくは聞かんのじゃのお?」
「知っちゃったら、それだけ口から出ちゃうかもしれませんからね。今後話題に出す気が無いのなら、知らないのが一番です」
「まぁ、気にならないって言うと嘘ですけどね」
「そりゃまーねー。俺も気にはなってるよ、もちろん」
登志枝の呟きに雅花も笑いながら返す。
「うん、まさはなくんが正しいと思うので、私もいいんです」
と、登志枝は神獣に笑顔を返す。
「そうか。 ……すまぬの」
「何を言ってるんですか。あっ、どうしてもしゃべりたくなったら、その時は聞いてあげるので遠慮なく言ってください」
「そなた以外に頼むとするわ」
「えー、頼ってくださいよー。意外に頼りがいがあったりしたでしょー?」
「まさはなくん、自分で言ったらダメだと思う」
「えー、だって、自分で言わないと誰も言ってくれないやーん」
そういって笑いながらトランクを取り出し、中身を開け全員分の歯ブラシを取りだす。
ホテル備え付けの歯ブラシはヘッドが大きすぎたり毛が抜けやすいものがあったりするので、片山一家は歯ブラシはしっかりと自分の使っているものを持っていくことにしている。今回は、本当に持ってきておいて良かった、と雅花も登志枝も思っていた。
「じゃ、歯磨こうね。あと、昨日はそのまま寝ちゃったけど、今日は着替えようね」
「どうやって着替えようか?」
「んー、ウィルの中で着替える? あー、でも俺はもう外で着替えちゃっていいかなー、と思うんだけど。どうせ誰も見てないだろうし」
「いや、ポノサマいるじゃない。さすがにポノサマの前で着替えるのは失礼じゃない?」
「ん? そなた達が気にせんのなら、我のことを気にする必要は無いぞ」
「では、遠慮なく。ハイ、みんな、着替えとってー。着替えるよー」
とはいえ、一応神獣からは見えづらいように場所を変える。
神獣もウィルの方に背を向け、森の方に視線をやる。
子供達と雅花はさっさと脱いで着替えだした。登志枝も少し悩んだが、いい加減ブラジャーを着けっぱなしなのも限界だったので着替えることにした。ちゃっちゃと皆ジャージやTシャツ短パンという姿に着替え、ほっと一息つく。
ジャージはともかく、Tシャツ短パンは森の夜には寒そうだが、魔法シートのおかげで問題無い。
「お待たせしましたー」
雅花が振り返ったとき、神獣は森をじっと見つめていた。いや、微妙に森じゃないことに雅花は気がついた。あれは多分地面。魔獣を葬った場所であった。
雅花が、皆に手招きすると、耳元でささやいた。
「ぎゅってしてあげよっか。お疲れだろうから、そのままマッサージも」
そういうと、せーの、で片山一家は軽く駆けて神獣に抱きつく。ぎゅーーっと力をこめて抱きつくと、次はそれぞれ神獣のマッサージを始めた。
神獣は最初じーっと同じ場所を見つめたままであったが、ふと笑ったかと思うと、だらっと体をうつ伏せの状態で伸ばし、気持ち良さそうにマッサージの施術を本格的に受けだした。
そのまま、神獣をベッドや枕にするような感じで、皆眠りについた。




