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21. 続・聖母無双

キリがいいところまで行きたかったので、今日はちょっと長めです。

「あそこの木を大きく迂回するように右に回ってください。そのあとまっすぐ行って左に曲がる予定です。里まではもうすぐです」

「はい」

「さっきの治療、本当に感動しました! ホント、聖母様はすばらしいです!!」

「ありがと」


 クルンディが引き続き助手席でナビをしてる。現在、最初のメンバーでハイエルフの里を目指している。

 怪我人をあっさりと治療した後、ハイエルフ達の態度が変わった。

 アグリンディアも素直に頭を下げ、里のみんなを助けて欲しい、とお願いしてきた。里のみんなを守るための規則であり、規則を守るために助かるかもしれない者を犠牲にするのでは本末転倒である、と。

 今までの非礼をどうたら言ってきたので、それは後でいいからまずは怪我人のところに、と登志枝がさえぎった。

 元々、彼女の中でアグリンディアは好感度は悪くないので、気にする必要も無いのだ。

 アグリンディアと数名が先行して里に戻り、準備を進めることになった。直線距離で帰るのならば車より速く着くので。

 怪我人と付き添い人数名は、無理せず里に戻る。登志枝達は車で里に向かっている。

 残念ながら、クルンディ達蘇生組3人はまだ強化魔法を使えるほど回復していなかった。デスペナルティみたいなもんなんかな、と雅花は言っていた。


「あそこに見える少し細めの木のところで左に曲がってください。そのまま道なりに進めば里に着きます」

「はい」

「もうすぐですよ、本当に速いですね! ホント、聖母様はすばらしいです!!」

「ありがと」


 アーシェラがやたら浮かれているが、登志枝には突っ込む余裕が無い。幹都と文葉はニコニコと笑っている。母が褒められてうれしいようだ。仲良し親子である。

 しばらく進むと、道が明らかに平らになり進みやすくなってきた。そのまま道なりに進むと、門というかゲートのようなものが見えてきた。特に周囲に柵などは無い。ゲートもただの飾りというか、目印のようなもののようだ。


「そのまま門をくぐって里の中に入ってください。道なりにしばらく進んでくだされば、右側に大き目の建物が見えてきます。その前で止まってください」

「はい」


 門には、先ほど付き添いで来ていたハイエルフ達の1人が立っていた。車を確認すると、そのまま進むようにハンドサインを送ってくる。

 登志枝は一応スピードを少し緩め、安全運転で里の中を進む。建物は木造のような気がする。ハイエルフ達も何人か立っている気がする。残念ながら、周りの景色を楽しむ余裕は無い。子供達はきれーい、とかすごーい、とか言ってはしゃいでいる。

 しばらくすると、大き目の建物の前でアグリンディアと先ほどの娘、ヒュメネルと名乗った、が立っていた。その前でウィルを止め、一同は車の外に出る。


「お待ちしてました。こっちです。 ……アーシェラはミキトさんとフミハさんの側にいてあげておくれ。園の方は被害が無いから丁度いいんじゃないかな。サーサリは魔道具の準備の方を手伝ってくれないか。クルンディとヒュメネルは僕と一緒に」


 そう言ってアグリンディアは建物の中に登志枝を導く。アーシェラは一瞬強引に付いていきそうな雰囲気を出したが、ぐっと我慢する。


「ミキト様、フミハ様、この先は病人もいるし聖母様の邪魔になってもダメですから、あっちで少し休みましょう。何か飲みます?」

「はい。母、いってらっしゃい!」

「母ー、がんばってねー」

「母様、幹都とおふみは私がちゃんと見ておきますから、ご安心くださいですわ」


 と、子供二人とぷー子はアーシェラと一緒に違う方に向かっていった。


「オレは母様と一緒だぜ」


 いつのまにか登志枝の肩にぶら下がっていたぷースケが、ポンポンと登志枝の頬を撫でる。

 ありがと、とぷースケに笑顔を向けると、登志枝達は建物の奥に進んでいった。

 建物の中も木造だった。入ってすぐの扉を開けて中に入ると、広いスペースにベッドが並んでいた。奥には水場も見える。そこには、比較的軽傷のハイエルフが何人かいた。見た感じ、早急な治療は必要なさそうだった。


「こっちです」


 いつの間にか先頭に立っていたヒュメネルが、奥にあった扉の一つをあける。

 中に入るとちょっとしたスペースがあり、また扉があった。入ってきた扉を閉め、奥の扉を開ける。

 そこにはベッドが三台と、作業台のようなもの、あとは何かの器具みたいなものや棚などが並んでいた。

 ベッドの内2台には人が寝ていた。上からシーツをかぶっており、扉からは顔が見えないが、この2人がナルールウェとディーレントなのだろう。その間に、1人のハイエルフが座っていた。登志枝達が入ってきたのに気付くと、顔を扉の方に向ける。

 その顔は疲労が色濃く出ていた。今まで見てきたハイエルフにしては珍しく、肩で切りそろえた赤銅色の髪は少し乱れているように見える。目の下にはクマが出来ており、肌も少しくすんで見える。それでもまだ十分美しいのだから、ハイエルフは恐ろしい。


「あんたが聖母様かい? アタシはガルディミア。この里の医者みたいなもんをやってるよ」


 今までのハイエルフには無い口調だったので、登志枝は少々驚いた。


「でも、すまないね。力及ばずで、アンタにも迷惑かけちまった。ちょっと魔法を使いすぎちまってね、今のアタシにはこの2人はお手上げさ。みるかい?」


 そういって登志枝をベッドの方に誘い、二人にかけていたシーツをめくる。

 1人の体には左頬から右下腹部まで袈裟切りにされたような裂傷が3本あった。深くてひどい、正直生きているのが不思議なくらいの傷だが、血は止まっている。もう1人は右肩がえぐれ喰いちぎられたようになっている。左肩と右脚は、何かに切られたか貫かれたかのようだがある程度治療されているようにも見える。2人とも、傷の周りがどす黒く変色しており、顔色も青白い。まるでみんなを蘇生した時のような顔色だった。


「傷もひどいが、呪いがやっかいでね…… 今のアタシじゃここまでが精一杯さ。他の皆の面倒も見ないといけなかったしね」


 そこまでいい、ガルディミアが大きく息を吐き出す。

 登志枝は少し青い顔で、じっと2人を見つめていた。


「どうだい、なんとかなりそうかい? 手伝えることがあったらなんでもするから言っておくれ」

「……汚れてもいい大きめの器か袋みたいなのは無いでしょうか?」

「バケツでいいかい? 中は空でいいのかい? 水を入れた方が良いかい?」

「空でお願いします」


 ガルディミアがすかさず木で出来た器を渡してくる。側面に指を通す穴があり、そこを持ち手にするようだ。

 直径30cmで高さ20cmぐらいだろうか。思ったより軽くて手触りもいい。


「もっと大きいほうがいいかい?」

「いえ、これで十分です」


 登志枝がバケツを構え、二人から少し離れ後ろを向く。


「……ぅおぇっ、ぇっえろえろ――」



   *** しばらくお待ちください ***



 クルンディとぷースケに背中をさすってもらい、登志枝はようやく落ち着いた。

 ガルディミアは怪我人2人の様子を見つつ、薬を塗っているようだ。登志枝が少しおぼつかない足で、「すいません」といいつつ近づいた。


「……ここはいいから、無理せず休んでるといいよ。ちょっと刺激が強すぎたかね?」


 ガルディミアの顔にはさっきよりも色濃く疲労の後が見えた。期待していた分、落胆も大きかったようだ。

 あの(・・)アグリンディアが里に招き入れる程の者なのだ。しかもヒューマンだという。昨日からの疲労で大分参っていた。ガルディミアもヒューマンは好きではないが、アグリンディアが認めたという事実に、ついつい期待していたようだ。


(ヒューマンなんて信じるに値しないってわかってたのにね)


 弱気になっていたのだろう。だが、この2人がもう持たないのも事実だし、ガルディミアの魔力はほぼ底をついていた。あとは薬を塗ったりポーションを使うぐらいしか出来ないが、ポーションもほぼ底を付いていた。残ったポーションではこの傷には焼け石に水だ。なら他の人に使ったほうがいい。ガルディミアは覚悟を決めた。

 登志枝がガルディミアの横に立ち、肩のえぐれている方、ディーレントの方に触ろうとした。


「いいから、向こうにいってな!」


 下手に触られてはたまらないと、ガルディミアは登志枝を強く押しやろうとした。若干加減が出来なくなっていた。

 が、登志枝に触れる前にヒュメネルがその腕にしがみついて止めていた。その間に登志枝がディーレントに触れる。


「……肩を再生します。ちょっと痛むと思いますので、ガルディミアさんは痛みの緩和をお願いします。ヒュメネルさんは2人に呼びかけてください。意識が無いと正確に再生出来なくなるので」


 顔はまだ青いままだが、さっきまで戻していたとは思えないほどしっかりとした声が出ていた。そして、信じられない量の魔力が目の前のヒューマンからあふれ出てくるのをガルディミアは感じた。一瞬呆然としていたが、ディーレントの呻く声を聞き、慌てて魔法で痛みを和らげる。このくらいなら、残った魔力と経験で何とかなる。

 ヒュメネルが、必死の形相でディーレントの名前を呼んでいた。


「もうちょっとだから頑張って」


 登志枝から淡く輝く光がディーレントの肩口に広がり包み込んでいく。気付くと肩が再生していた。


「次はこちらの方」


 すかさずナルールウェに向き直り、魔力を満たしていく。ヒュメネルが今度はナルールウェの名を叫び、ガルディミアが慌てて同じように痛みを和らげる。光が満たされた後、傷は治っていた。少し跡は残ってしまっているが。


「次に呪いを散らして、傷跡を消します」


 そのまま登志枝がナルールウェの体を揉み解すように呪いを散らしていく。ガルディミアとアグリンディア、クルンディはナルールウェから呪いが霧散していくのを感じ取っていた。それと同時に、登志枝が撫でたところから傷跡が消えていくのもその目で見ていた。

 ディーレントの方に移り、同じように呪いと傷跡を消していく。


「……ふぅ」


 大きく息を吐き、登志枝がゆっくりと手を離し後ろに下がる。ヒュメネルは2人の手を自分の頬に押し当てて、むせび泣いていた。

 ナルールウェとディーレントの顔から死線が消え、穏やかな呼吸をしていることを確認すると、ガルディミアはそのまま床に倒れこんだ。

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