19. もしかして、良い事言っちゃいました?
神獣、雅花、ギルロントの1匹と2人は森の中を歩いていた。
広場に到着する前に力尽きたハイエルフは9人。その内7人はすでに広場に連れてくることが出来ていた。
最後の2人を連れて来るため、1匹と2人は移動中だった。生きている方のハイエルフの残り3人は広場に残り、出来るだけ体を綺麗にしてやっているところである。
「ポノサマ、ギムラント、朝から考えると相当歩いてますけど、二人とも体調は大丈夫ですか?」
「大分ゆっくり歩いておる。大丈夫じゃ」
「……平気です。力も使っておりませんので、これぐらいでならば動けます」
「そっか、よかった」
「あと、そやつの名前はギルロントじゃぞ」
「ごめんなさい」
雅花が足を止めてギルロントに深く頭を下げる。
ギルロントは笑って気にしないでください、と答える。
実は雅花、間違えたのはこれが初めてではない。何回も聞いているのだが、どうも間違えてしまうのだ。元々人の名前を覚えるのはあまり得意な方ではなかったりする。営業ならアウトであるが、エンジニアなのでセーフ。いや、エンジニアでもアウトである。
「……マッサナ様がそう呼ぶ方が楽なのでしたら、改名しましょう」
「すいません、次は絶対覚えますので勘弁してください」
目を瞑り、ギルロント、ギルロント、と小声で繰り返す。
「目を瞑りながら歩くと転ぶぞ」
「あ、いっそ、写真に残しとくのも手か。ギルモントさん、写真とってもいいですか?」
「……写真、ですか? かまいませんよ」
「では、さっそく」
「ちなみに、そなた、さっそく間違えておったぞ、ギルロントの名前を」
「アウチ…… 重ね重ねごめんなさい。つーか、ギルロントもすぐに修正してね?」
「……私たちも、聖母様やマッサナ様の事を正しく呼べていませんので」
「いや、正しく呼べないのと間違えるのとでは全然違うと思うんだけどー」
まぁ、いいや、とスマホを取り出しギルロントの写真を撮る。そしてギルロントの名前で登録しておく。これで後で見直せる。他の人も後で撮らせて貰おう、と雅花は思っていた。
「また、面白い魔道具じゃの。大分小さいが、今ので撮れたのかの?」
「見ます?」
雅花が今撮った写真を表示させ神獣に見せる。ギルロントも興味があるらしく、移動して神獣と一緒に画面をじっと見つめる。
「ほー、これはなかなか面白いのお。この小ささでここまで見えれば十分かの」
「あ、そういえば写真あるんすね。こっちではどういう風に見るんですか? 紙ですか? なんか水晶玉みたいなの使ったりですか?」
「紙は使わんのお。水晶などの鉱物や、あとは鏡辺りが一般的かの」
「鏡? 鏡は不思議な感じですね」
「そもそも撮り方からして違うの。魔法を使い、術者が景色を覚えるのじゃ。それを、水晶や鏡に投影する、と言えばわかりやすいかの」
「おぉ、なるほど。そうか、撮る物と映す物が違うんですねー」
テクテクとそんな世間話をしながら奥に進んでいく。
進みは平和だが、周りはまだ戦いの後が色濃く残っており、あまり平和な感じではない。と、神獣がそろそろかの、と呟いた。
「もうそろそろですか?」
「……はい、ここら辺りのはずです」
「じゃ、まずは1人頑張りますか」
「いや、2人まとめてのはずじゃ。そう遠く離れておらんはずじゃ」
「それはよかった! じゃ、頑張りますか」
少し気を引き締めて、1匹と2人は辺りを探索し始めた。
*****
無事2人の探索も終え、1匹と2人は帰路についていた。
1人は雅花が負ぶっている。もう1人は神獣の上に背中に横たえ、ギルロントが支えている。
ギルロントは最初神獣の背に乗ることを遠慮した。雅花が乗るか、遺体だけ乗せて歩くと言い張った。だが、正直、誰かが横に乗って支えていないとダメな状態だったのだ。
残念ながら、最初の2人は『浄化』が行えていなかった。なので、死の気配を追ってすぐに見つけることが出来たのは不幸中の幸いだった。そして最悪の事態になる前に、神獣の『浄化』が間に合った。が、ちょっと遺体がひどい感じになっていた。特に、この2人は最初に魔獣の奇襲で命を散らしていた。雅花は具体的にどうやったのかまでは聞いていないが、確かに抵抗した後はなさそうな遺体だった、素人目にもわかるほど。そのため、遺体は普通ではなかった。
神獣の背に乗せて運んでいる遺体は、縦に3枚に下ろされたようになっていた。いや、腕もあわせたら5枚か。そのため、支えていないと落ちそうになるのである。雅花、申し訳ないがさすがにそれは無理、と辞退した。そのため、ギルロントが神獣の背中で落ちないように抑えているのである。
代わりに、雅花は比較的綺麗な2人目の遺体をおんぶしていた。ただし、この遺体には首がなかった。残骸は見つかったので、それも一緒に神獣の背中に乗せている。
さっきまでの軽口も止まり、一匹と2人と2体は黙々と帰路を進んでいた。
「……マッサナ様は、何故私たちの手助けをしてくださるのでしょうか?」
「ん? あー、力仕事ぐらいしか手伝えないし。それに、ハイエルフは軽いから気にしないで大丈夫よ」
「……いえ、今だけではなく。そもそも、何故私たちの遺体を集めてくれていたのでしょうか?」
「えーっと、ごめん、よく意味がわからない。なんか変?」
「そうじゃな。アレだけ我のことを疑っていたのにも関わらず、何故ハイエルフ達の遺体を集めてまとめておったのじゃ? しかも、クルンディとピローテスはまだ息があったとかで、一応治療しようとはしておったのじゃろう?」
「えー、まぁ、目が覚めたら大惨事でしたから。とりあえず、幹都と文葉にあの状態の遺体は見せたくなかったので」
「遺体など無視して場所を変えれば良かったではないか。ウィルは動いたのであろう?」
「それは、私達が遺体を見捨てることが出来ない、正義と慈愛の心に満ちているからですね」
「……マッサナ様。あ、ありがとう、ございます……」
「なるほどの。それを、我にももう少し向けて欲しかったのお…… 我を知らなかったというし、やはり人型では無いから、ということかの」
ギルロントが涙ぐみ、神獣が少しさびしげな雰囲気をまといだした。
雅花はあせった。いや、つっこむところだろ! と心の中で叫んだが周りの空気は変わらない。
いっそ、このまま押し切るか? いや、このままはさすがに無理。ということで、すぐに謝ることにした。
「すいません、真っ赤な嘘です。つーか、台詞が白々しすぎると思うのですが。というか、ポノサマはこんなホイホイ騙されて大丈夫なんですか? 神様が簡単に騙されるのはちょっとどうかと……」
「神たる我を謀ろうとするのはそなたぐらいじゃ! というか、普通なら我の気に押され緊張するものぞ? もう神気は戻ってきておるはずなのじゃが、そなたはどんだけ嘘をつくことに気合を入れておるのじゃ!」
「いや、さっきの嘘はかなりレベル低い嘘だと思うのですが…… あと、ポノサマからはコレと言って何も感じないのですが」
「どんだけ鈍感なんじゃ、そなたは!」
「いや、でもポノサマももうちょっと警戒した方がいいと思いますよ? あ、私たちを信頼しすぎてしまいましたか、それでは仕方ないですね。愛を囁いてもいいんですよ?」
「そなたの言うことは、今後一切信用せんようにする。 ……しかし、言い訳のようで嫌なんじゃが、我はある程度心の変化も読めるぞ。なので、嘘などつかれてもすぐにわかる。わかるはずなのじゃが…… やはりまだ本調子じゃないのかのー?」
「そうかもしれませんね。では、体調が戻ったかわかるように、ちょこちょこ騙くらかすことにしますね」
「いらぬわ! そもそも、我をもうちょっと敬え、といったはずなんじゃがの!」
「敬った上での、愛の鞭です」
「本当に天罰を落とすぞ」
あはは、と笑いながら雅花がテクテクと進む。聞こえるように大きなため息を一つ吐き、神獣ものっしのっしと森を進む。足取りが、若干元に戻ったような気がする。
「……マッサナ様。では、結局何故助けてくれたのでしょうか?」
ギルロントが話を戻してきた。このハイエルフも結構マイペースである。
「んー、じゃ、今度はまじめに。なんというか、ごめんやけど、特に考えての行動じゃないのよ。正直、最初は状況がわからなかった。魔獣に襲われたのか、それとも魔獣を狩ろうとして返り討ちにあったのか。でも、仏さん、遺体のことをうちらの方の宗教、宗教? まぁいいか、とにかくそういうんだけど、仏さんになったら罪とか関係ないからね。あと、まー、やっぱり子供もいるし、とりあえずひとまず綺麗にしてからかな、と思った。それだけ。だから、ハイエルフの後は、魔獣もなんとかするつもりだったのよ。その前に、生き残りがいることに気付いて、幹都がポノサマに気付いて、なんかうやむやになっちゃったけど。だから、やっぱりなんとなくというか、考えての行動じゃないんだ。だから上手く説明出来ない、ごめんね」
雅花が考えながらゆっくり話す。今度は真剣に。
「……ありがとうございます」
「うーん、お礼を言われるのもなんかこしょばゆいけど。あ、でも俺の清い生き様がポロっと出てしまった結果かもしれないし、俺自身に感謝してもらうのはアリなのかな?」
「……そうかも知れぬの」
「どなたか、突っ込みをください! つーか、ポノサマは本当にちょろすぎると思います、気をつけてください!」
とうとう神獣がへそを曲げたので、雅花は相当謝り倒すことになった。ギルロントからの助けは無かった。




