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18. 里に近づいてきました

「あそこの木を迂回するように右に回ってください。そのまままっすぐ行ってもらえれば、もうすぐ着きます」

「はい」

「すっごい速いですね。ホント、聖母様はすばらしいです!」

「ありがと」


 クルンディが助手席でナビをしてる。少々遠回りでも広い道の方が速度が出るということで、そのように道案内をした。

 結果、予想より大分速い2時間半程度で着くことが出来そうだった。

 アーシェラは文葉を膝に乗せて興奮していた。キラッキラした目で登志枝を見つめている。

 ウィリアムがサポートしてくれているとはいえ、運転に集中している登志枝に返事を返す余裕は無い。結果、かなりおざなりな返事になった。元々あまり運転は得意な方ではないため、かなり神経をすり減らしているのだ。

 サーサリはじっと外を見つめていた。懐かしんでいるわけではなく、どうやらスピードに興奮しているようだ。よく見知っているはずの道が、違う景色に見えるのが楽しいようだ。

 幹都と文葉は最初は景色に見とれていたが、割とあっさり眠りに就いていた。さっきまで眠っていたはずなのに。寝る子は育てば良いのだが。


「トシエさん、進行方向に人が何人か潜んでいます。あまり好意的では無いように思えます」

「えっ? どうする? 止まる?」

「聖母様、止まって貰えますか? 里のものかと思います。私たちの常識ではウィル様は異質すぎまして、新手の魔獣と思われているのかもしれません」


 ちなみにウィルとはウィリアムのことで、雅花がハイエルフ達に改めて紹介した時に、愛称として告げたものだ。それでもハイエルフ達は最初ウィリアム様と呼ぼうとしていたのだが、普段はウィルと呼んでくれ、と雅花が変なこだわりを見せた。なら、ウィルという名前にすればいいじゃない、といわれたのだが、それは違うウィリアムでウィルと呼ぶのが大事だ、と言う。

 良くわからないが、どうでもいいのでみんな従うことにした。ちなみにウィリアムの意思はそこに無かった。ウィリアムも名付け親の雅花がそう主張するので、従うことにしたのだ。

 登志枝がブレーキを踏み車を停車させる。ちょっと急ブレーキ気味になり、体が締め付けられる。真ん中の席に居たアーシェラがちょっと慌てた。文葉はシートベルトを着けず、抱かれていただけなので。とりあえず、どこもぶつけることなく無事なようだ。まだ寝たままだし。

 シートベルトを外し、クルンディが外に出た。サーサリも外に出る。アーシェラは文葉を抱いているので車内に残り、外を警戒する。もしかしたら、ハイエルフ以外の可能性もあるので。


「クルンディとサーサリだ。中にはアーシェラもいる。魔獣は始末してきた! 神獣様も無事だ! この乗り物と中にいるお方は、私達と神獣様を救ってくれた恩人だ!」


 クルンディが大きな声を上げた。叫んだというほどではないのだが、森の奥までよく通る声だった。

 車を止めて一息ついた登志枝は、特に何の反応も無いなー、と思っていた。


「うわっ、すっごい速い」

「えっ? ミキト様、見えてるんですか?」


 アーシェラの問いに、いつの間にか起きていた幹都は、見えてはいないよ、と首を振った。

 登志枝が何のことか聞こうと振り返ろうとした時、車の正面に3名ほどのハイエルフが降り立つのが見えた。皆、弓を構えていた。

 真ん中にいるハイエルフがじっとクルンディを見つめた後、弓を下ろした。他の2人もそれに続き、さらに左右から1人ずつ新たなハイエルフが現れた。


「クルンディ、よく無事で戻ったね。本当に良かった。サーサリも無事で…… いや、2人とも結構消耗はしているか。さすがにそれは仕方ないか」


 真ん中にいたハイエルフがクルンディの左肩を正面からポン、とねぎらうように叩き、サーサリにも目を向ける。

 他の4人もうれしそうに近づいてくる。だが、4人は同時にちらちらと車の方にも視線をやっている。弓は下ろしているが矢は番えたままなので、警戒しているのだろう。よく見ると、この4人は微妙に若いような気がするな、と登志枝は思った。


「ありがとう、アグリンディア。ただ、無事ではないんだ。無事でないどころか、正直私たちは一度全滅してるんだ」


 クルンディの言葉にアグリンディアが顔をしかめ、他の4人も驚きうろたえる。何人かは弓を構えなおしている。


「……だが、君も、サーサリもアンデッドではない。どういうことなんだい」

「そっちじゃない。蘇生してもらったんだ、そこにいる聖母様に」

「聖母? あぁ、あとそれはなんなんだい? 乗り物と言っていたが、魔獣の類ではないんだね?」

「魔獣ではない、私たちの味方で恩人だ。みんな、弓を下ろしてくれ。この方々には我ら7人もの命を救ってもらった」

「……7人? 残り13人は?」


 アグリンディアの問いに、クルンディが目を伏せて頭を振る。そうか、とアグリンディアは一度空を見上げた。背後のハイエルフのうち1人は弓が目に見えて震えるほど動揺しており、2人が青い顔を浮かべ、1人は今にも涙がこぼれそうになっている。

 登志枝は申し訳ない気持ちになった。だが、今の彼女ではここまでが精一杯だったのも確かだ。さすがに半身や顔の復元は彼女でも出来ない。神でも、極一部、しかも制限付きでないと出来ないのだ。


「聖母様、私たちは感謝しています。7人も助けていただいたことを……」


 アーシェラが真剣なまなざしでそう告げてきた。すこし瞳が潤んでいた。

 登志枝は無言で首を振り、ハンカチで目元を押さえた。


「今晩、見送りを行う。場所はここから我らが全力で駆けて3時間程。だが、この乗り物ならば同じく3時間程度でつける。今からすぐ準備をして引き返せば、転送の魔道具を使い皆が参加出来るはずだ」

「……なるほど。だけどその前に、聖母という方にお礼がしたい。出てもらうことは可能かな?」


 クルンディの顔が一瞬引きつったが、登志枝たちからは見えなかった。ただし、アグリンディアはちゃんと気付いていた。


「……立ち話が長くなってしまった。出来るだけ急ぎたい、里で皆と一緒の方が良くないか?」

「クルンディ、わかっているだろう? 許可無き者が里に入ることは出来ない。それが恩人でもだ。だが、許可を取れば入れる。恩人なら、すぐに取る事も出来るだろう?」

「……聖母様、すいません、出てきていただいてよろしいでしょうか?」


 クルンディが振り返り、登志枝たちに向かい頭を下げる。そのまま車の隣にまで来て、ドアを開ける。

 慌てて登志枝はシートベルトを外し、車から出てこんにちは、と頭を下げる。

 幹都も車の外に出た。その横にいつの間にかサーサリが立っていた。アーシェラも幹都と反対側のドアから車の外に出る。文葉を抱いたまま。まだ寝ているので。文葉のズボンの中にはぷー子がいた。


「……やはり、ヒューマンか」


 アグリンディアの声に、クルンディが登志枝をかばうように前に出た。それを手で静止、アグリンディアは登志枝を一瞬見つめると膝立ちになり、右手を左肩に添え左手は地面に付いた姿勢で頭を下げてきた。


「クルンディ、サーサリ、アーシェラ、その他4人もの同胞を救っていただいたそうで。ありがとうございました」


 あ、ハイ、気にしないでください、と登志枝が両手を振る。ハイエルフ達は、皆呆然とアグリンディアを見つめていた。


(……ヒューマン、嫌いなのかな? でも、礼儀正しい人だな)


 周りの反応から、登志枝はそう判断していた。クルンディが、小さな声でアグリンディアの名を呟いていた。

 その数瞬後、4人のハイエルフも同じ姿勢で頭を下げてきた。


「あ、もう皆さん頭を上げてください。向こうでもお礼は言ってもらってますし、こちらも助けていただいてますので。あの、なんだか落ち着かないので」


 アグリンディアがゆっくり頭を上げる。後ろの4人もそれに合わせて頭を上げていた。


「改めまして、ありがとうございました。この恩には、必ず報いると誓いましょう。……ただ、申し訳無いが、里に入れる訳にはいきません」


 あ、やっぱりね、と登志枝は思っていた。

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